表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰かぶりの姉  作者: 吉野
12/52

いくつになってもヒーロー〜那月〜


「ユージ…いえ、鷺山さんのお孫さんだったんですね」


車の中で、やたら恐縮した様子でそう話しかけてくる警官に、私も綾香も頭の中が“?”で埋め尽くされた。



「えぇ、確かに祖父は悠二と言いますけど…あの、祖父のお知り合いですか?」


「知り合いと言いますか、昔お世話になりまして」


隣県なので、管轄とかは違う筈。

なのに昔お世話になったと言いつつ、どこかビビってるように見えるんだけど…。


おじいちゃん、一体何をしたの?



「鷺山さん、昔は“ハマのユージ”なんて呼ばれてたんですよ、ハハッ」



——ハマの…ユージ⁉️


ふと浮かんだのは、やたらサングラスの似合う2人組の刑事。

いつも仕事で見れなかったけど、母さんが大好きなドラマで再放送のたびにチェックしていたっけ。



「ハマのユージとか落としの〇〇とか、眠りの小五郎とか、本当にそんなあだ名つけられる人、居るんですね」


「最後、違うの混じってますけどね。

でもまぁ、昔はそんな人がいたんですよ」


なんて軽口が功を奏したのか、私も綾香もおじいちゃん家に着く頃にはだいぶ落ち着いていた。



「那月も綾香ちゃんもよく来たな。

伊澤といったか、君もご苦労さん。

遠山には話を通しておいた、あとは頼むぞ」


「はっ!」


一般人に敬礼する警察官、なんてなかなか見られるもんじゃない。



「可愛い孫達に手を出した事、後悔させてやる」



——おじいちゃん、それ悪役のセリフだから。


そう思いながらも、やはり気が張っていたのだろう。

絶対的に頼れる存在の庇護下に入った安心感からか、さっきまでは我慢できていた頭痛が再びぶり返してきた。



「那月も綾香ちゃんもいらっしゃい。

自分の家だと思ってゆっくりしてね」


「おばあちゃん…おじいちゃん、ごめんね、迷惑ばっかりかけて」


綾香の言葉におばあちゃんは首を振った。


「迷惑だなんて、そんな事全然ないのよ。

それにあなた達はいわば被害者、何も悪い事してないじゃない。

だから堂々としてなさい」


こういう時、学校の先生をしていたおばあちゃんの言葉は、とても重みと説得力がある気がする。



「…おばあちゃん、痛み止めある?」


そうこうしている間にも、痛みがひどくなってきたので、素直に薬を飲む事にする。



両親の死から色々あって、自宅ですら安らげる場所ではなくなってしまって。

あらゆる意味で気が張っていたのが、ここに来て一気に緩んでしまったのだろう。


薬を飲んでも、すぐには効かないのはわかっている。

けれど痛みが我慢できないくらい酷くなってきたので、治まるまで横になる事にした。


* * *


浅い眠りの中をたゆたう私の耳に、何かを刻む音が届いた。

トントントン、とリズミカルな音。



——あぁ、昔はよく泊まりに来ていたおばあちゃん家の音だ。



パン党だった我が家では、ベーコンエッグにコーヒー、サラダ、食パンという朝食だった。

けど、根っから和食党の#おばあちゃん家__ここ__#では、焼き魚にお味噌汁、漬物に海苔か納豆、炊きたてのご飯という旅館の朝食のようなメニューだったっけ。


鼻腔をくすぐるのは、お味噌汁のいい匂いと魚の焼けた匂い。



「お姉ちゃん起きてる?朝ごはんだよ」


パタパタとスリッパの音が近づいてきて、ドアの隙間から綾香がぴょこんと顔を出した。


「うそ!綾香の方が早く起きたの!」


「へへっ、今日はお姉ちゃんの方がお寝坊さんだね」



そういえば、昨夜は痛み止めを飲んで薬が効くまでと思い横になって…。

どうやらそのまま寝てしまったらしい。


手早く身支度を整え、祖父母のいる居間に向かう。



「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう」


「おはよう、昨夜は何も食べてないんだって?

お腹すいたでしょ、いっぱい食べてね」



——そういえば、そうだった。


昨夜は、何だかんだで晩ご飯を食べそびれたのだった。

そう思い出した瞬間、現金なものでお腹がグーっと鳴る。



どんなに嫌な思いをしても、悲しくても辛くても…お腹は空くんだな。

そして、美味しいものを食べると元気が出る。

たとえそれが、空元気でも…。

少なくとも、“もうダメ”じゃない。

“何とかしてやろう”、“何とかなる!”…そんな気分になってくる。


おばあちゃんの美味しいご飯を食べながら、つくづく思ったのはそんな事だった。



「そういえば、おじいちゃん。

ハマのユージって呼ばれてたんだって?」


目をキラキラ輝かせ興味津々の綾香の言葉に、おばあちゃんは可笑しそうに笑い…おじいちゃんは苦虫を10匹くらいまとめて噛み潰した顔になった。


「昔、そんなドラマあったよね?」


「そうそう、シリーズ化されてなかなかの人気だったわね」


「言っとくが、そう呼ばれていたのはドラマより先だからな。

こっちじゃなくあっちが真似したんだ!」


ますます渋面になるおじいちゃんを宥めるように、おばあちゃんがご飯のおかわりをよそって渡す。


「そんな昔の話よりこれからの話だ。

綾香ちゃんから聞いた話だが、那月来週からインターンに行くそうじゃないか」



そういえば…1週間後には、インターンが始まるんだった。


「そうなんだけど、今のこの状況で綾香を1人にする訳には…」


「那月の心配もわかるがな。

どのみちか弱い女が2人いた所で、男の力には到底かなわん。

それよりも問題を根本から解決しなくては」


おじいちゃんの言葉はもっともだけど。



「現状、被害を訴えられるのは器物損壊、暴行、不法侵入、あとは誘拐未遂だな。

綾香ちゃんの母親と誰が、何のためにこんな馬鹿な事をしているのか、しっかり突き止めてやめさせる。


今はただのジジイだけど、昔のツテもあるし使えるもんは全部使う。

そしてやられたらやり返す、3倍返しだ」



——だからおじいちゃん、それ某銀行員。


とはいえ、ニヤリと笑うおじいちゃんはヒーローのように頼もしく、任せておけば何とかなりそうだと思えるほど自信たっぷりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ