いくつになってもヒーロー〜那月〜
「ユージ…いえ、鷺山さんのお孫さんだったんですね」
車の中で、やたら恐縮した様子でそう話しかけてくる警官に、私も綾香も頭の中が“?”で埋め尽くされた。
「えぇ、確かに祖父は悠二と言いますけど…あの、祖父のお知り合いですか?」
「知り合いと言いますか、昔お世話になりまして」
隣県なので、管轄とかは違う筈。
なのに昔お世話になったと言いつつ、どこかビビってるように見えるんだけど…。
おじいちゃん、一体何をしたの?
「鷺山さん、昔は“ハマのユージ”なんて呼ばれてたんですよ、ハハッ」
——ハマの…ユージ⁉️
ふと浮かんだのは、やたらサングラスの似合う2人組の刑事。
いつも仕事で見れなかったけど、母さんが大好きなドラマで再放送のたびにチェックしていたっけ。
「ハマのユージとか落としの〇〇とか、眠りの小五郎とか、本当にそんなあだ名つけられる人、居るんですね」
「最後、違うの混じってますけどね。
でもまぁ、昔はそんな人がいたんですよ」
なんて軽口が功を奏したのか、私も綾香もおじいちゃん家に着く頃にはだいぶ落ち着いていた。
「那月も綾香ちゃんもよく来たな。
伊澤といったか、君もご苦労さん。
遠山には話を通しておいた、あとは頼むぞ」
「はっ!」
一般人に敬礼する警察官、なんてなかなか見られるもんじゃない。
「可愛い孫達に手を出した事、後悔させてやる」
——おじいちゃん、それ悪役のセリフだから。
そう思いながらも、やはり気が張っていたのだろう。
絶対的に頼れる存在の庇護下に入った安心感からか、さっきまでは我慢できていた頭痛が再びぶり返してきた。
「那月も綾香ちゃんもいらっしゃい。
自分の家だと思ってゆっくりしてね」
「おばあちゃん…おじいちゃん、ごめんね、迷惑ばっかりかけて」
綾香の言葉におばあちゃんは首を振った。
「迷惑だなんて、そんな事全然ないのよ。
それにあなた達はいわば被害者、何も悪い事してないじゃない。
だから堂々としてなさい」
こういう時、学校の先生をしていたおばあちゃんの言葉は、とても重みと説得力がある気がする。
「…おばあちゃん、痛み止めある?」
そうこうしている間にも、痛みがひどくなってきたので、素直に薬を飲む事にする。
両親の死から色々あって、自宅ですら安らげる場所ではなくなってしまって。
あらゆる意味で気が張っていたのが、ここに来て一気に緩んでしまったのだろう。
薬を飲んでも、すぐには効かないのはわかっている。
けれど痛みが我慢できないくらい酷くなってきたので、治まるまで横になる事にした。
* * *
浅い眠りの中をたゆたう私の耳に、何かを刻む音が届いた。
トントントン、とリズミカルな音。
——あぁ、昔はよく泊まりに来ていたおばあちゃん家の音だ。
パン党だった我が家では、ベーコンエッグにコーヒー、サラダ、食パンという朝食だった。
けど、根っから和食党の#おばあちゃん家__ここ__#では、焼き魚にお味噌汁、漬物に海苔か納豆、炊きたてのご飯という旅館の朝食のようなメニューだったっけ。
鼻腔をくすぐるのは、お味噌汁のいい匂いと魚の焼けた匂い。
「お姉ちゃん起きてる?朝ごはんだよ」
パタパタとスリッパの音が近づいてきて、ドアの隙間から綾香がぴょこんと顔を出した。
「うそ!綾香の方が早く起きたの!」
「へへっ、今日はお姉ちゃんの方がお寝坊さんだね」
そういえば、昨夜は痛み止めを飲んで薬が効くまでと思い横になって…。
どうやらそのまま寝てしまったらしい。
手早く身支度を整え、祖父母のいる居間に向かう。
「おじいちゃん、おばあちゃん、おはよう」
「おはよう、昨夜は何も食べてないんだって?
お腹すいたでしょ、いっぱい食べてね」
——そういえば、そうだった。
昨夜は、何だかんだで晩ご飯を食べそびれたのだった。
そう思い出した瞬間、現金なものでお腹がグーっと鳴る。
どんなに嫌な思いをしても、悲しくても辛くても…お腹は空くんだな。
そして、美味しいものを食べると元気が出る。
たとえそれが、空元気でも…。
少なくとも、“もうダメ”じゃない。
“何とかしてやろう”、“何とかなる!”…そんな気分になってくる。
おばあちゃんの美味しいご飯を食べながら、つくづく思ったのはそんな事だった。
「そういえば、おじいちゃん。
ハマのユージって呼ばれてたんだって?」
目をキラキラ輝かせ興味津々の綾香の言葉に、おばあちゃんは可笑しそうに笑い…おじいちゃんは苦虫を10匹くらいまとめて噛み潰した顔になった。
「昔、そんなドラマあったよね?」
「そうそう、シリーズ化されてなかなかの人気だったわね」
「言っとくが、そう呼ばれていたのはドラマより先だからな。
こっちじゃなくあっちが真似したんだ!」
ますます渋面になるおじいちゃんを宥めるように、おばあちゃんがご飯のおかわりをよそって渡す。
「そんな昔の話よりこれからの話だ。
綾香ちゃんから聞いた話だが、那月来週からインターンに行くそうじゃないか」
そういえば…1週間後には、インターンが始まるんだった。
「そうなんだけど、今のこの状況で綾香を1人にする訳には…」
「那月の心配もわかるがな。
どのみちか弱い女が2人いた所で、男の力には到底かなわん。
それよりも問題を根本から解決しなくては」
おじいちゃんの言葉はもっともだけど。
「現状、被害を訴えられるのは器物損壊、暴行、不法侵入、あとは誘拐未遂だな。
綾香ちゃんの母親と誰が、何のためにこんな馬鹿な事をしているのか、しっかり突き止めてやめさせる。
今はただのジジイだけど、昔のツテもあるし使えるもんは全部使う。
そしてやられたらやり返す、3倍返しだ」
——だからおじいちゃん、それ某銀行員。
とはいえ、ニヤリと笑うおじいちゃんはヒーローのように頼もしく、任せておけば何とかなりそうだと思えるほど自信たっぷりだった。




