王都の不穏
レイアール王国の王都アウドグラン。
その中心部とも言える王城の上空に異常な時空の裂け目の様な物が現れていた。
「まさか、あれは? ありえ、無い……」
レイアール王国の現王女であるヘルス・ハールーン・デール・ヘルゼウス=アウドグランは城内のテラスからその光景を見て絶句する。
その次元の裂け目というのが報告書に書かれていた突如アルグレに出現し街を壊滅させた物と全く同じ物だったからである。
「ヘルス様、此処は危険です‼︎ 早く遠くへ行きましょう‼︎」
彼女から最も信頼させている人物とも言えるエルド・ファダリアが彼女に語り掛ける。
「何を言う⁈ 王都を‼︎ この国の核たる王都を捨てるつもりか⁈」
「そうではありません‼︎ あの裂け目は丁度王城の真上に出現しております‼︎ ヘルス様の身の上を考えるとここに居られるのは余りにも危険です‼︎ 」
「そんなのわかっておる‼︎ 少し気を取られていただけだ、勿論直ぐにでも行く……それで王都内の兵力は如何なのじゃ?」
「詳しいことは宰相に聞かねばわかりませんが私の知る限りの即応兵力が歩兵7000、騎兵が200、重装歩兵が500、魔道士70程度です、冒険者ギルドに要請を出せば更なる兵力の増加が見込めるかと」
「付近の兵力を掻き集めれば幾らになる?」
「私もそこまではわかりませんが20000程度の軍勢になるかと」
20000と言えばレイアール王国軍の4分の1にあたる戦力でかなりの軍勢と言えるだろう、しかし相手は人口数万の都市を一夜で壊滅させたのに加え詳しい実力や脅威は未知数である、正直勝てるイメージがヘルスには湧かなかった。
「王都を……捨てるしか無いのか……」
ヘルスは絶望感に苛まれる、この数百年の間この王国内で最も繁栄を極めた王都が、我が一族が代々守り受け継いできた物が、自身の生まれ死にゆく筈の場所が、自身の要るべき場所がたったこれだけの事で今滅びを迎えるかも知れないのだ。
「いいえ、まだわかりません、これから我々が全力の限りで戦います」
「しかし王都まで堕ち、エルドまでが死んだら私は耐えられるぞ?」
「この私、いや俺は王国最強の騎士ですよ? そう易々と死にはしませんから」
ヘルスはその言葉を聞いて心のどこかで安堵する、と言うのも語弊はあるのだがあくまで彼が昔から何一つ変わっていないことに対してのものであり彼が死なないと言う確信を得たからでは無いのだ。
「確かに、王国の兵でエルドに単騎で勝てる者は
おらぬ、しかしお前がここに残る事は許さぬ」
「な……何をおっしゃいます‼︎ この私が残り、戦わなければ……」
「しかし私の警護は誰が承る? お前しか居なかろう? 正直お前以外の軍人で信頼できぬ者がいないのだ」
「確かに、そうですが……」
「なら、私について来い、決まりだ」
現在、レイアール王国の貴族内では親王派、反王派に分かれておりその主流は反王派である。
と言うのも先代の国王でヘルスの父親にあたるアバイト・ドルブレイン・デール・ヘルゼウス=アウドグランが優秀な人材は身分に問わず国の重要役職に雇用すると言う政策を取っていたのだ。
その政策のせいで国の重要役職についていた貴族達は次々と没落していくことになった。
これ以来、貴族派閥と王家はかなり仲が険悪であり常に対立し合っていた、しかしこの当時アバイトの私兵団は国内から武に優れた者を高い報酬で雇い集めた精強な軍勢で貴族の雇われ傭兵程度ではまともな太刀打ちができなかったのである、それ故、貴族の頭を無理やりにでも押さえつけることができたーーー。
三年前にヘルスが女王の地位に着くまでは。
三年前と少し、アバイトは神聖リユニオン帝国の特殊部隊により暗殺されたのだ。
と言うのもアバイトはかつて戦争で神聖帝国に割譲した鉱山地帯を租借期間が過ぎているとし勝手に領土に再編入したり、王国内に追いやられたモンスターを逆に追い返したり、或いは神聖帝国から突きつけられた要求を我が国は傀儡ではないと突き返したり理由らしい理由といえば言い出したらきりがないだろう。
アバイトの死に伴い、収入源を失った死兵団は解散、それと同時にヘルスが王位継承権最下位ながらも王女になる、それにより今まで頭を押さえつけられていた貴族との関係性が逆転、ほぼ国は貴族によって乗っ取られたも同然、公会議でもほぼヘルスの発言力は無く糾弾されるばかり、王国の六割を占めていた王家の直轄地は一割以下にまで減少、更には貴族に買収された軍関係者により命を狙われる始末、それに追い討ちを掛けるように貴族達の隠す気もないマッチポンプや難癖で領土を次々と奪われ、その他重度のストレスにより一時期は精神病を患ったこともある。
正直、未だ王都アウドグランが王家領である事が不思議なくらいだ、正直、目の前の王国最強と謳われるエルド・ファダリアが親王派の人間で無ければとうの昔に鬱病で自殺するにしろ他殺にしろヘルスは生きていなかっただろう。
「それで、何処へ退却する? 副都バルディアスか?」
副都バルディアスは第二の王都と呼ばれアウドグランに次ぐ規模の大都市である、王家の直轄地ではあるが公会議で貴族の難癖で役四割が諸貴族達に分割管理されて入るが、それでも直轄地には変わりは無い。
「しかし宰相はエルシングに行かれたそうですよ、あそこは世にも珍しい親王派の貴族、ランデル公爵の領地ですし、正直バルディアスに行かれるのは反対です、表向きには王家領ですが裏ではほぼ貴族領、そんな中ヘルス様がやって来たらいつ刺客に襲われるかもわかりませぬ、その分エルシングは敵対貴族どころかその関係者まで街中に入る事すら許されてません、安全面を考慮するならエルシングの方がいいかと」
「確かにそうじゃな、必ずバルディアスに行かなければと言う理由もない、私はお前に従おう」
「ならば早く行きましょう、時間はそう多く無いですから」
エルドは急かす様にヘルスにそう語りかける、ヘルスは深いため息を吐くと真上に浮かぶ邪悪で吐き気を催す裂け目を一瞥する。
「最低限の荷物と金品をまとめ次第直ぐ行こう、馬車の用意は?」
「既に済ましております」
「面子の方はどうじゃ?」
「先行に宰相含める従者57名、私の部下の騎士が120名、そして私とヘルス様、副騎士長とヘルス様直轄の従者が多数です」
「うむ、それなら裏切りそうな奴も居らんな……」
ヘルスは自室から着替え数枚と自衛用の短剣、部屋にあった壺や絵柄等、高値が付くものは粗方纏
て持ち出した。
「遅れて済まなかった、荷造りに手間取ってしもうてな、それでほかの者は?」
ヘルスは両手に皮製のケースを持ち、場内の下部にある馬車置き場にエルドに遅れやってくる。
「もうすでに馬車に乗り込んでおりますよ」
ヘルスの目の前には数台の馬車があり恐らくこれで行くことになるのだと察する。
馬車は装飾等が施されておりそこら辺を走る馬車に比べ比較的造りもしっかり作られていた、そしてヘルス乗るであろう馬車は一際豪勢で金や銀が惜しみなく加工に使われており、一流の彫刻師に彫らせた装飾がそれをより一層引き立てている。
馬車の両端には前には国鳥である鷹の純金の小さな像が二個、取り付けられており後方にも白銀の鷹が同様に二個取り付けられている。
この馬車は4、5年前にアバイトが造らせた3台の馬車の内の一台で、同時に最後の一台でもある、正直、今のヘルスにはこれだけの物を用意するのは不可能だろう、かつての権力を持っていた彼女の父親だから出来たのだ。
「つまり、これに私が乗れば出発と言うことじゃな?」
ヘルスは馬車の中へと入る、それに続く様にエルドも乗り込んでくる、馬車の中は赤を基調とした造りで一級品のフカフカのソファが対面する形で置かれている気温一定下の付与魔法が施されており常に快適な気温に保たれており乗り心地と言うより移住性がとことん追求されていた。
「にしても、私もこの馬車に入るのは初めてですが、すごいですね、まるで馬車の中とは思えません」
「当たり前じゃ、先代の全盛の時期に作られたのだ、このくらいは昔は造作も無かっただろうに」
ヘルスは馬車内を見渡しノスタリジックな気分に浸る、それと直ぐ様入れ替わる様に哀情な感情がそれを塗りつぶす様に湧いて出てくる。
それから暫くして馬車は動き出し、目的の地に向かい出した、馬車の低速で動く揺れは人にとって心地が良い物で動き出して30分もせずウトウトと眠気に襲われる。
ヘルスはそんな寝ぼけ眼で窓の外を眺める、あたりは王都市街地を少し外れたあたりで黄金の穂をつけた小麦畑が広がっている、遠目には王城と市街地が見え、そこの真上に異常な裂け目があると言う差異はあるがかつて幼い頃に見た光景と殆ど一致していた。
(そういえばまだ幼い時、このあたりに城を抜け出して遊びきたっけ、確かあの時はこっぴどく怒られたかの……本当に変わらんなここは)
自身の身の回りと言うと何事も変わってしまったがここだけは変わりが無いのだと心の何処か安心する、自分の記憶中にある物でも変わりが無い何かがあった事にホッとする。
「折角なら仮眠をお取りになられたどうでしょうか?」
エルドは眠そうにしているのを察してかそう一声掛ける。
「確かにそうじゃな……最近は忙しく余り眠れなかったからの」
ヘルスはたまにはいいかと思い、そっと目を瞑る、それから眠りに落ちるまで時間はそう掛からなかった。




