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第二十八話 決戦の場

 ユニコーン族の伝令によって、狼牙軍の全軍が西の砂漠地帯に集結しつつあるという情報が入ってきた。

 竜人兵や小人族の斥候も戻り、同様の情報をもたらしている。


「よし、今回は打って出るぞ」


 俺は黒いローブをファサッとマントのようにはためかせ、レッドドラゴンに変身したレムの背中に騎乗する。

 黒ローブはこの日のためにあつらえたものだ。

 いかにも、まがまがしい闇の軍師という感じで非常に良い。

 間違ってもここで、白い鎧や青いマントで正義の勇者っぽく決めてはダメなのだ。


 なぜならば、聖法国オルバの予言があるからな。

 その予言では偽勇者が勇者に敗れる日が来るという。


 以来、俺は勇者と呼ぶことを皆に控えさせてきた。


「勇者! 私も連れて行って!」


 だから、勇者と呼ぶなとゆーに。

 不吉な。


 俺は嫌そうな顔で後ろのブランカを振り向く。

 だが、すでに彼女はレムの背中に乗り込んでいた。


「いいわよ、レム」


「よし、行くぞ、GHOoOOOO――!」


「仕方ないなあ。じゃあ、連れてってやるけど、ブランカ、向こうじゃ勝手な行動はしないでくれよ?」


「分かっていますわ。それでも、決戦というなら、ワタクシも見届けねば」


 真っ直ぐこちらを見据えて言うブランカは、王女の気概があった。

 まだあどけない顔つきであるが、風になびく白髪とその瞳は美しく気高い。


「決戦になるかどうかはまだ決まってないけどね」


 俺は後で話が違うと言われても困るので、ちゃんと言っておく。


「そうなったときに、ですわ」


「ああ」


 ラドニール城に竜の咆哮を響き渡らせ、派手に俺たちは出発した。

 すでにリリーシュやエマ達が率いる本隊は西の砂漠に向かっている。


 これでショーンの側の斥候もこちらを見つけ、決戦と意気込む事だろう。

 士気が落ちていようとも、数と強さで圧倒している狼牙軍は、こちらを囲めば勝利間違い無しだ。


 だがしかし――見晴らしの良いように見える砂漠も、砂丘によって凹凸があり、こちらも策があるからこそ、罠に応じてやるのだ。





「ユーヤー、着いたぞ」


 レムが教えてくれたので、俺は固く閉じていた眼をゆっくりと開く。

 決戦のために、瞑想していただけだ。

 高所恐怖症……というのはこの際、些細なことである。うん。

 ラドニール城からほんの三時間程度で目的地に到着した。


「来たわね! ユーヤ」


 ラドニール連合軍の本隊を率いるリリーシュ将軍が俺たちを笑顔で出迎えてくれた。

 砂漠で日光が照り返されているせいか、彼女の金髪と白く健康的な歯が一段と明るく輝いて見える。

 一応、危険なので総大将はベテランのガルバス将軍を俺は推したのだが、ワガママ無双王女リリーシュが駄々をこねて、順当な?総大将に収まっている。


「敵は?」


 俺は砂漠に降り立つと、真っ先にそれを聞いた。

 足がズサッと砂に沈み、これは歩きにくそうだ。


「あなた、レムに乗って来たのに、上から見てないの?」


「リリーシュ、俺が上空にいる間、下を見る勇気があると思うのか?」


「ああ……もう、いいわ。聞いた私が間抜けだったわね。敵はここから東に二キロの地点に集結中よ」


「二キロか、近いな……」


 ともすればここから敵軍の姿が見えるのではと思って、方位磁石を片手に東を見やったが、見えるのは幾重にも重なる砂丘だけだ。


「ま、ここで二キロだと進むのに軽く一時間はかかるから大丈夫よ。でも、敵の斥候をそのまま帰して、こちらの位置も狼牙軍に完全に把握されてるけど、本当に大丈夫なの?」


 リリーシュにも不安はあるのだろう。


「ああ。こちらが向こうの思惑通りに来たってことにしておかないと、予定が狂うし。最初はね」


 俺は不敵に笑う。

 敵が見えるということと、敵と接触するということは、似て非なるものである。


「しかし、ここはやっぱり暑いな。まだ春だっていうのに」


 砂漠をじりじりと照りつける太陽がやたら元気だ。


「そんな暑苦しい格好をしてるからでしょ」


 リリーシュが苦笑するが、確かにそれもあるな。とはいえ、レムが飛ばすと風が寒いもの。


「決戦だからってユーヤは張り切ってるの?」


「そうじゃない。レム――」


「待って!」


 リリーシュが俺のすぐ前に立つと、優しく微笑んで両手をこちらに伸ばしてきた。


 え?


「今は私だけを見ててね。全員、よしと言うまで目を閉じよ!」


 困惑した俺の顔をリリーシュが両手でがっちりと固定して――その間に後ろでレムが人間の姿になり、服を着たようだ。

 念の入ったことだな。幼女の着替えシーン、いつになったら拝めるのか。

 生着替えが目と鼻の先で行われていると言うのに、振り向けないこの悲しさよ。


「よし! もういいわよ」


「くそっ!」


「来たか、ユーヤ。相変わらず、油断も隙も無い」


 エマが空から羽ばたいてやってきた。

 彼女は今回、俺の護衛では無く、竜人族の部隊を率いて動いている。


「何のことだ。それより、そっちの状況は?」


「すべて順調だ。お前に頼まれた仕込み(・・・)も済ませたぞ。いつでも仕掛けられる」


「敵がまだ集まっていないのに、よく仕込めたな」


 あまりの仕事の速さに俺は感心した。


「敵の一部はもうすでに集まっているぞ。もしも、また移動されると仕掛け直さないといけないが、奴らは天幕も張っていたし、すぐには動かんだろう」


「分かった」


「ではまた後で」


 エマが飛んで立ち去った。


「勇者様~」


 聞き覚えのある声にそちらを見たが、笑顔で手を振ってこちらにやってくるピンク髪の少女だった。

 俺は少し驚く。


「うえ、ジャンヌ、君もこっちに来ていたのか」


「当然です。今やオルバはラドニール王国の一部ですもの」


 そう言うジャンヌは白い聖職者のローブを来たままだ。以前と何も変わっていない。


「いや、降伏は受け入れてないし。併合した覚えも無いぞ」


 大事なことなので俺はすぐさまジャンヌの言葉を訂正しておく。このまま乗っ取られそうなのでこちらも必死でノーサンキューだ。


「そーよ! 勝手で変なこと、言わないでちょうだい」


 リリーシュもジャンヌに対しては腕組みで厳しい態度である。


「では、そのお話はまたの機会に」


 にっこりと笑うジャンヌだが、もういいから。


「オルバも今回は軍を出しております。何なりとご命令下さいね」


 こちらの嫌気がさした顔に機敏に反応し、さっさと用向きを告げるジャンヌ。


「絶対、出してやんないわ」


 リリーシュは腕組みのまま、プイと横を向いてしまった。


「あらあら、それで勝てればいいのですけれど。ユーヤ様、この人が総大将で本当に大丈夫なんですか?」


「大丈夫、うちでは正真正銘、本物の将軍だから。むしろ、姫様役のほうがお飾りって言うかね」


 こちらで一年が経ったので、ラドニールの権力構造も俺はだいたい掴んでいる。


「そうそう!」


 リリーシュも納得の笑顔だ。


「まぁ、うふふ、さすがは『剣姫』といったところでしょうか。では、伝令があるまで、オルバ軍は待機します」


「一応、編成は聞いておくわ。どんな部隊を連れてきたの?」


 リリーシュも総大将として気になったようでそこは質問した。


「僧兵部隊、歩兵ですね。それを三千ほど。ただし、隊長クラスは回復魔法が使えるので強いですよ」


 武装してさらに回復魔法まで使える三千人の援軍か。

 確かに強力だ。


「それだけの部隊があるなら、狼牙族の言いなりにならなくても良かったでしょうに」


 リリーシュが何気なく言ってしまうが、狼族は三千の兵で太刀打ちは無理だろう。

 向こうはその十倍の兵数を抱えているのだ。


「今までは国の立て直しを優先させていましたから。オルバでは獣人族との革命戦争もあったのですよ」


 苦笑するジャンヌの瞳が少し悲しげだったが、八年前のオルバでの革命か。

 その戦で命を落とした者も多かったのだろう。


「そうでした。ごめん、気が回らなかったわ」


「いえ、お気になさらず。では、伝令、お待ちしていますね」


 居座るかと思ったが、こちらの作戦の話し合いを邪魔しても意味が無いと考えたのだろう。そこは極めて実務的なジャンヌである。


「あの子、私は苦手だわぁ」


 リリーシュが言うが、俺もちょっと苦手だな。


「ま、援軍に来てくれたのは間違いないだろう。ここで裏切ってもオルバは良いこと無いし」


 俺はそう計算して言う。

 聖法国(オルバ)は狼牙王国に従属させられているようなものだし、この場にはブランカ王女もいる。

 その場しのぎの嘘偽りを言えば、後々でオルバは困ることになるだろう。


「申し上げますッ! 南南西より、土煙!」


 斥候がやってきて緊迫した声で告げた。

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