第二十六話 焦りの軍師
(視点がショーンに変わります)
狼牙王国の要にして中枢、王城ハールッツ。
ここを押さえれば、勝ったも同然。
そう思っていた。
しかし、現状はどうだ。
四天王の将軍共は、ことごとくこちらに従わず、権力を掌握したとはとても言えない。
こうでは無かった。
ロボウ王からはことあるごとに「ショーンよ、娘をよろしく頼むぞ」と言われ、子供など好きでも無いのに教育係まで押しつけられてしまい辟易したものだが、それでも形になっていた。ブランカ王女も生意気ではあったが、それなりにこちらの言うことは聞くし、リバーシで負けてやっていれば上機嫌だった。戦では軍師として皆を仕切り、国王の方針がコロッと変わろうとも臨機応変に対応してみせ、曲がりなりにも四天王の一人として重用されていた。
「それですべて上手く回っていたのに、私は、どうして欲をかいてしまったのだ……」
すべては、ロボウ陛下が敵の手に討たれてしまったのが原因だ。あれが良くなかった。
忠誠を誓い、真面目に忠実にやってきたのに、あれですべての計画が狂ってしまった。
やはり、ラドニール王国が敵である。それは間違いない。
だが、今、城の警備兵を増やしたのは、ラドニール軍を警戒してのことではない。
こちらの招集に応じず、一向に姿を見せようとしないハイネ将軍や、王女逃亡を手助けしたゲオルグが兵を集め決起するのを恐れてのことである。
ロボウ王の治世であれば、このような反乱、起こるはずも無かったことだ。
やはり、改めてロボウ王の存在の大きさを思い知らされる。
あのとき、本隊の守備兵をもっと残していれば……
ブランカ王女の後見にそのまま座っていれば……
「いや、今からでも、妾の噂が間違いだったとすれば……違う、駄目だ、どちらにせよ、ブランカ殿下が見つからなければ話にならぬ」
王女襲撃の計画を部下に話した時点で、覚悟を決めたではないか。
もう引き返せない道だ。賽は投げられたのだ。
「うっ」
吐き気を催し、ショーンは慌てて口を押さえた。
自分は図太い人間だと思っていたが、存外に神経が細かったようだ。
これは、良くない傾向だ。
何もかもが上手くいかない。運が逃げまくっている。
実際、考えても仕方ないことを考えては思考を浪費し、必要な解決策の手立てを何ら示せていないではないか。
何もしないというのは、幸運を捨てているのと同じだ。
だから、守っては駄目なのだ。
だいたい城の中に亀のごとく引きこもって玉座を守ったところで、得られるのはほんの小さな勝利だ。
狼牙族はその性質として攻撃や征服を何より好む。
攻めだ。
外に敵を作り、団結を促さねば。
「そうとも! 攻め入り、滅ぼし、動いてこそ、狼牙よ! 陛下の敵を討つ! ラドニールに攻め入るぞ!」
「はっ、すぐに通達し、準備します」
窮地で苦し紛れに思いついた策ではあったが、天啓とも言える明快なアイディアであった。
どうしてもっと早く思いつかなかったのか自分でも不思議なほどだ。
……だが、頭脳が疲れているときには、『つまらない作戦』や『駄目な作戦』でも『素晴らしい作戦』に思えてしまう事がある。
憔悴しきっていたショーンは、この策には穴があることを見落としていた。
部下も、謀反を恐れたショーンが無能なイエスマンばかりにしてしまっていたので、問題点を指摘できる者はここにいなかった。
今の問題点はショーンの統率力と、権力の正統性であり、そこから国民の目をいかにそらそうとも根本は何も変わらないということを。
そして攻めて負ければどうなるかということを――。
大陸歴528年4月1日。
後世の歴史家が『狼牙王国史上、最大の失策』とこき下ろし、敵方のユーヤを『戦略の勇者』として褒め称えることとなる大遠征が始まった。
侵略戦争にかけては熟練している狼牙族であるから、最低限の兵糧を買い付けて用意することも忘れていない。足りなくなれば略奪して現地調達がローガの伝統だ。
「申し上げますッ! 南方方面軍、トンネル崩壊により立ち往生! 現地将軍より『指示を請う』と伝令が入りました」
攻めると言いながら、王城ハールッツの玉座に居座って動かないショーンは兵からの報告を聞いていた。
キツツキ戦法の痛い失敗があるので、本隊は動けないのだ。
「ええい、山を崩すしか能が無いモグラドワーフ共が! 将軍に迂回路を探してラドニールになんとしても攻め入れと伝えろ」
「はっ」
「申し上げますッ! 北東方面軍、エルフの魔法で苦戦!」
「ちっ、援軍を送れ。本隊から二千の兵を割いて向かわせろ」
「はっ」
「申し上げますッ! 西のカルデア国境付近に、竜人兵が出現!」
「なにぃ? なぜ逆から来る? いや、奴ら、飛んで道を迂回したな? すぐに西の国境警備隊に敵を蹴散らすよう指示を送れ。援軍は……無しだ」
送りたくても部隊は移動中で、逆方向へ向かわせたばかりだ。
「ははっ」
「申し上げますッ! 北方方面軍、柵で前に進めないとのこと! あと、顔が変になって『助けて!』と現地将軍から緊急の伝令が」
「ええい、柵は壊せば良かろう! 顔など知ったことか!」
ショーンは怒鳴ったが、仮にも軍師を務める知恵者である。すぐに原因に思い至った。
「クロート王国、小人族の虫どもが協力している、か……」
それは分かったのだが、周囲の敵がすべて連携して対抗していることまではショーンも気づいていない。
エルフ族は国境封鎖のままであったが、姫ミレットはユーヤの策を読んで、それに呼応するかのように兵を動かしていた。
「申し上げますッ!」
「またか!」
伝令ラッシュにショーンが悲鳴のような声を上げる。
軍を動かせば伝令が慌ただしくなるのは当然だが、東を攻めれば西に敵が出てくるし、北を攻めれば南から敵が出てきて、こっそり砦を占領したりする。
「小賢しい奴らめ、まともにぶつかって勝敗を決しようとは思わんのか!」
ショーンはいらだったが、狼牙族の大軍とまともに正面からぶつかって勝てないからこそ、敵が陽動作戦を多用しているのだ。それはショーンとて理解している。
だから、いずれ、まぐれ当たりでも部隊を蹴散らせば、こちらが有利だ。
しかし、ショーンは知らなかったが、狼牙族の遠征軍は士気が低く、攻撃に本腰を入れていなかった。
勇猛で鳴らすゴーマン将軍や、おっぱいが武器のハイネ将軍が不在で、代わりに無名の新人将軍が率いていたためである。
部隊を分散させているのも徒となった。
いや、初めは全軍を南に向かわせていたのだが、狭いドーアハイド山脈の道で思うように侵攻できず、余って遊んでいる軍を引き返し、北に振り分けたのだ。
敵が西から出てきたりするので、そちらにも向かわせた。
ショーンの兵の運用は戦術レベルにおいてそれなりに的確で妥当であったが、戦略としてはユーヤが描いたとおりの『行動と時間の浪費』になっていた。
攻撃が有利な狼牙軍に、とにかくそれをさせない戦略を採っていたのだ。
そのためには竜人族とレムの『飛行伝令』や、フェアリーの近道ワープが必要であった。
何より、周辺国が協力して情報を『共有』し、正確に狼牙軍の動きを掴んでいなければ到底できないことである。
さらに内通者もいて狼牙軍の位置情報が筒抜けになっていることなど、軍師ショーンは知るよしも無かった。