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第二十四話 くせ者ジャンヌ

 大陸歴528年3月20日、一ヶ月以上に及ぶ包囲網外交が終了した。

 後のラドニールの史書に『包囲網結成の日』として記されることになる今日だが、実はここに俺の知らない勢力の代表がもう一人、ラドニール王城の中で待ち受けていた。

 

「ご無事のご帰還、何よりです」


 お腹を両手でナデナデして、まるで夫の帰りを長い間待っていた妊婦が、子供は元気よとアピールするかのようなご挨拶である。

 

「ジャ、ジャンヌ……!」


 そこにジャンヌが来ていると知らなかった俺は、ピンク色の髪を三つ編みにした少女を見て顔が引きつる。隣にいる国王と第一王女アンジェリカも苦笑いの顔だ。


「勝手に招き入れてすまぬ。だが、王城の前で大司祭殿に居座られては、こちらも対処に困ってしまってな。ただし、一時停戦の他は何も決めておらぬぞ、ユーヤ」


 国王が状況を説明してくれた。


「ええ、それならいいのですが……」


 さーて、面倒なのが来たなあ。

 聖法国とはすでに和解に向けて交渉中で、包囲網外交の出発前に、三つの取り決めを交わしていた。


 金貨十万枚、麦袋九千袋、ガルバス将軍と俺の身柄の引き渡し。

 

 金貨はもう渡したし、麦袋の残り八千五百袋は春の収穫時に引き渡す予定だ。ガルバス将軍と俺の身柄については、引き延ばせるだけ引き延ばす予定ではあったが……状況も前に交渉した時とは少し変わったんだよな。

 

 こちらには包囲網の完成と、こちらに少しだけ協力的なブランカ王女の二つの切り札ができた。

 

 聖法国と狼牙(ローガ)王国が同盟関係にあり、現在は戦争中だとしてもだ。

 

 聖法国もそれほど本気でラドニール王国と戦いたいわけじゃないのは分かっている。

 

 では、その和平交渉の条件をどうするかなんだが……一番、厄介なタフネゴシエーターがやってきてしまった。

 

「うふっ♪ ご安心を勇者様。すべての交渉は白紙にします。金貨十万枚はこの場でお返ししますので」


 ジャンヌがにこやかに言う。


「いや、仕切り直しと言われても……」


 なんだろう、この徒労感……。


「そーよ! また無理難題をふっかけるなら、私だって黙っていないわよ」


 リリーシュがビシッとジャンヌを指さす。

 

「とんでもない。そのようなこと。聖法国はただいまをもって、ラドニール王国に降伏いたしますので」


「えっ、そう来たか……」


 かなり思い切った譲歩を向こうがやってきた。

 

「ええ。もともと、私たちはラドニール王国とは仲良くしたかっただけです。狼牙王国が強制してくるので、仕方なく従っていたまで」


「よく言いますわね。私と会ったときには、両国が手を取り合って末永く協力して行きましょうって言っていたのに」


 狼牙王国のブランカ王女が言うが、ジャンヌは動揺のそぶりすら見せない。

 それどころか笑顔で事実だと認めてきた。


「ええ、それも、両国の力関係があってこそ。しかし、見たところ、ずいぶんと情勢が変わったご様子」


「くっ、それは……その通りですわ!」


 落ちぶれた王女としてのプライドが刺激されたか、自虐的に言い放つブランカ。

 

「ですので、現実を見ての行動です。ブランカ殿下、悪く思わないで下さいね」


「ふん……」


「では、勇者様、まずはこれをお受け取り下さい」


 ジャンヌが懐から紫の布に包まれた物を取り出してきたが……。

 見覚えのある紫色の丸い石に、俺は驚く。


「あっ、封印石! ど、どうして君が」


 ミツリン商会から金を借りるための質の品、担保として彼らに預けたものだ。

 停戦交渉で大金を聖法国からふっかけられて必要だったからな。

 しかし、金は必ず期限までに返すから、売りには出さないでくれとミツリン商会とは約束していたはずなのに。

 

「お金ならご心配いりません、聖法国がラドニール王国の代わりに借金の返済をして、あちらに全額お支払いしておきました。これも友好の証、降伏の賠償金だと思っていただければと」


 いや、とにかくジャンヌの段取りの早さと情報網が怖すぎる。

 封印石を受け取ったら、もう贈り物に手を付けたのと同じ事になってしまいそうだ。


「うーん、とにかく、封印石は返して下さい。賠償金にかかわらず、これは最初からずっとラドニールの所有物です」


「ええ、もちろんですとも」


 手は付けたくないが、現物は受け取っておかないと後でどうなるか分からない。変な理屈を付けられて、返さないなんてことになったら目も当てられないからな。

 

「レム、本物かどうか、見てくれ」


「うん、本物だ」


「まあ……! そのようなこと、あるはずありませんのに、酷いです、勇者様」


 大げさに傷ついてみせるジャンヌだが、百パーセント演技だろう。

 

「白々しい事だ」


 エマも吐き捨てるように言うが、聖法国の取り扱いは気をつけないと、竜人族との関係を悪化させかねない。

 

「ああ、そうそう、エマさん、先日の贈り物はお気に召して頂けましたか?」


「んん? 先日だと? 何を言っている、ジャンヌ」


「うげ……」


 後ろでルルが変な声を上げたが、こいつがなんかやらかしたみたいだな。

 

「ルル! もしやお前、聖法国からなにか賄賂(ワイロ)を受け取ったのではあるまいな!」


「わ、賄賂!? い、いや、姉者、アタシはお金じゃなくて肉を……」


「チッ。そういうことか。金でも肉でも同じ事だ。あとで長老衆と頭領に厳しく叱って頂くから、そう思え」


「いや、長老衆は知ってるし!」


「なに? あのバカ共が……!」


「まあまあ、エマさん。いつぞやの失礼のお詫びに、個人的に土産物をお渡ししただけですし。何も聖法国からというわけでも」


 ジャンヌがなだめてくるが、完全に聖法国からの賄賂じゃん。

 受け取る竜人族の長老達も何だかなあ。今は仮にも戦争中の敵国なんだが。

 

「エマ、今すぐ頭領にこのことを報告して、今後の方針を相談してきてくれ。方向としては、ラドニールは聖法国の降伏を受け入れて、聖法国内でのこちらの軍の通行と補給くらいまでは認めると思う。ただし、拒否権は竜人族にあるからって」


「分かった。急ぎ父上と細かい条件も含めて詰めをやっておく」


「頼む」


「何でしたら、私が頭領の元へ直接ご相談しに伺いますけど」


 ジャンヌが笑顔で言う。


「お前は! 来なくていい!」


 エマが怒鳴って広間を出て行くが、フットワークの軽いセールスマンみたいで鬱陶しいな。

 

「あ、そうそう、ユーヤ様と皆さんにもお土産がありました」


 ジャンヌが言うと、聖法国の神官がさっと折りたたまれた服を掲げて出してくるし。


「上等な絹物で、金糸をあしらった洒落たデザインの実用的な軍服です。ぜひ、着てみて下さい」

  

 ある予感がして俺は受け取って広げてみたが、ラドニール王国カラーの青はちょっと入っているものの、地が白地で、聖法国の白い法衣っぽく見えてしまう感じの服だ。


「これ……全員が一度に着たら、うちが聖法国に降伏したみたいになるじゃない」


 リリーシュもその服を見て呆れ顔で言った。

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