第二十三話 孤立無援の王女
「な、なに?」
「ええっ!?」
「ええええええええ~?!」
「えっ!」
ブランカ王女の正体を知らなかったようで、セルゲイとルル、それにロネッタが驚きの声を上げる。
ブランカ自身も俺に気づかれているとは思っていなかったようで、甘いな。
「それって敵の大物じゃないか! さっさと倒さないと、うわ、何をする姉者、むぐむぐ!」
なかなか機敏に動いてくれたルルだが、今は黙っておいてもらわないとな。
エマやロークにはすでに王女の正体と俺の本当の企みを説明してある。
「それでも、あなたは手助けしないと?」
「ぬう……そうだ。私はもう狼牙王国を捨てた身。たとえ国王陛下であろうと、命令は聞けぬ」
セルゲイが毅然と前を見て言った。
「あなた、狼牙族なら、国を出たからと言って――」
「出ただけではない。捨てたと申し上げたはず。もはや私は狼牙族ではない、タダの獣人だ。これは臣下としてではなく、ゲオルグ将軍に世話になった恩義のために、一言だけご忠告するが……ブランカ殿、ここは今、ラドニールの勢力下にあると言って良い。私もまたヴェネトの民。ならば、ラドニールの敵対勢力に協力すると本気でお考えか?」
「そ、それは……くっ!」
この場を脱出しようとしたブランカの腕をセルゲイがつかむ。
「は、放しなさい、下郎!」
「このようなことになり、残念ですが……軍師殿、彼女は王族とはいえ、まだ年端もいかぬ少女、どうかご寛大な措置をお願いしたい」
「ええ、まあ、殺しはしませんから。いや、エマ、拘束は不要だ。ブランカ殿下、ここを逃げて、どうされるおつもりですか」
「そ、そんなの逃げてから考えるに決まっているでしょう!」
「まあ、逃げる前に考えた方がいいと思いますよ。逃げた場合、私はヴェネトに対してあなたの捜索命令と関所の封鎖を要請します。かなり手荒な事になるでしょう。あなたは路銀も残り少ないはずだ」
俺は彼女が物事をよく考えられるように説明してやった。
「フン、狼牙族を甘く見ないで。逃げ切ってやるわ」
「甘く見ているのは貴様だ、ブランカ。目の前に羽を持つ竜人族がいると知っての物言いか。どこに逃げようと、逃れられるはずが無かろう」
エマが冷たく言い放つ。
「そんな……では、ゲオルグは、私を裏切ったと言うの?」
「いや、そうじゃないよ。彼は最後の最後まで、君の身を案じて、俺にお願いしてきたくらいだからね。彼にとっても最善策がここだったんだろう。他に頼みの綱が無かったんだ」
俺はゲオルグ将軍の名誉のために言っておく。
「そう。お笑いね。狼牙族の王女と将軍が、当ても無くさまようなんて……」
観念した様子のブランカが放心したように自分の運命を儚む。
「君にとっては過酷な運命だけど……君にはまだ価値がある。ラドニールにとっては、だけど」
「それは、どういう意味ですの?」
こちらをキッと睨む王女殿下は、幼いながらも王族としてのプライドがあるようだ。
「ラドニールにとっては、狼牙王国との戦争になんとしても勝たなきゃいけない。どんな手を使ってもだ。今の狼牙王国は君とゲオルグ将軍を追い出した。おおかた、軍師ショーンあたりが野心をむき出しにして王位を簒奪しようと目論んだというところかな」
「……その通りですわ。あの男……!」
「君がショーンを憎み、ショーンが狼牙族の大半を支配している間は、君に利用価値がある。だから生かしておく」
「私を、どうするつもりですの。人質なんて意味は無いですわよ。あの男、私を本気で殺そうと兵まで差し向けて来たのですから」
「知ってる。だから二人だけで髪の色まで変えて落ち延びて来たんだろう。まあ、変装としては上手く行ってたね。ゲオルグが剣を振るうまでは、誰一人、気づいてなかったくらいだ」
しかし、さすがにあれだけの腕とスキルとなれば、同姓同名では通らない。将軍を疑って当然だ。
「では、王女殿下、結論を決めて頂こう。ラドニールに協力してショーンを討つか、それとも、この場で王女の誇りを守って死ぬか。私としては後者をお勧めするが」
「おいおい、エマ、結論はそう急がないでくれ」
「そ、そうですよー」
俺もロネッタもやや慌てる。
「そうは言うが、この姿に騙されては駄目だぞ、ユーヤ。狼牙族は子供でも並の剣士くらいの力がある。いや、腕の立つ剣士と言って良いだろう。護衛としてはやりづらい」
エマが言うことは俺も承知している。レムの本気パンチを食らっても怪我すらしないブランカだからな。
だが、だからこそ、自分の意思で従ってもらわないと。
「……分かりました。では、私もショーンを倒すまではラドニールに協力すると約束しますわ。王女の誇りは捨てませんけど。それと、レム、いえ、ラドニール王国の全員に謝罪します」
ブランカが生き延びることを選択した。
「んあ?」
レムはもうとっくに忘れてしまっているようだが、レムとブランカが喧嘩したのが今回の戦争の発端だからな。
「うん、謝罪を受け入れよう。陛下には俺から上手く伝えておく」
誰かが何か言う前に、さっさと宣言しておく。
揉めると、ブランカもまだ子供だから、口答えして感情的になってしまうだろうし。
幸い、この場には文句を付ける人間はいなかった。
ラドニール王国の関所まで帰還すると、そこで待っていたリリーシュが俺を見つけて駆け寄ってきた。
「ユーヤ!」
「やあ、無事、帰ってきたよ」
「良かった!」
「うわっ!」
抱きつかれるとは思ってなかったので、俺もびっくりする。
「反省しなさいよ。襲われたって聞いて、本当に、本当に心配したんだからね……」
俺も胸が痛む。彼女の鎧がぶつかってきたので。
「お、おう、そこは確かに反省するが、鎧が当たって痛い、リリーシュ、離れてくれ」
「ああ、ごめん、鎧で抱きついちゃったわね。でも、コイツとコイツは何? どうしてあなたはすぐ女の子を増やすの?」
リリーシュが、白髪に戻っているブランカと、俺の頭の横を飛んで意味ありげにニヤニヤしているロネッタを指さす。
「ええ? いやぁ……途中では爺様もいたんだけどな?」
「今、いないじゃない」
「そこはまあ、おいおい話すよ。王城へ急ごう」
「ええ。私はリリーシュ、よろしくね」
「ははーっ」
「ああ、いいって、無礼講で。あなたはロネッタね。それと、ブランカ、久しぶりね」
さすがに戦争中の相手とあってはリリーシュも笑顔とは行かないようで、ブランカに対しては素っ気ない。
「え、ええ。お久しぶり」
レムとブランカが聖法国で殴り合った時に、リリーシュも取っ組み合いに参加していたから、二人ともお互いの顔は忘れるはずもないだろう。
あのときは俺の方は少し離れていて、人だかりも邪魔していたから顔まではよく見ていなかったんだけども。
「気にするな、ブランカ。リリーシュはユーヤに抱きついたら凄くうるさいけど、他のことはすぐ忘れるぞ」
どう接して良いか、迷っている感じのブランカにレムが言う。どうもお姉さんぶっている気がするな。
「ちょっとレム、私が忘れん坊みたいな言い方はしないで。ユーヤの戦略として、大目に見るけど、あなたが戦争をふっかけてきたのは忘れていないわよ」
「……その点は、申し訳ありませんわ」
「うーん、なんか前と違ってやけにしおらしいわね。ふう、分かった。客将として扱うとユーヤも言ってるし、あなたが変なことをしない限りは、私もそうだと思って接するから」
「客将……」
「不満なの? これ以上無い待遇でしょ」
「え、ええ。あ、ありが……いえ、何でも無いですわ!」
お礼を言いかけたブランカだが、彼女もわだかまりがあるだろうし、今は複雑な心境だろう。
「ふう、なんだかそんな態度だとこっちも憎めないわね。じゃ、王城へ向けて出発!」
リリーシュもさっぱりした性格なので、それ以上はブランカに対して何も言わずに、護衛として先頭に立つ。
「リリーシュはずるい」
しかし、レムが不満げに言うので、リリーシュも戸惑ったようだ。
「え? 何でよ?」
「だって、自分は『女の子は抱きついちゃ駄目』っていつも言ってるくせに、さっきリリーシュ、ユーヤに抱きついた」
「そ、それは」
「レム、誰だって久しぶりの時は良いんだよ」
俺は和やかに紳士的に言う。
「そ、そうね……」
よしっ! 反論できまい、リリーシュ。これで久しぶりの時のレムに俺も抱きつき放題だッ!
「ああーっ、もうっ!」
王女リリーシュの悩ましい叫び声がラドニールの街道に響き渡った。




