第二十二話 義理
死んだゲオルグの孫娘ブランちゃんを連れての旅路。
ドーアハイド山脈の細道を五日で通り抜け、俺たちはようやく目的地ヴェネトへ辿り着いた。心配していたエルフの襲撃もなく、ピリピリしていたエマもようやく一安心したのか、指示を出した。
「よし、ルル、お前は休んで良いぞ」
「疲れたぁ……。て、徹夜で見張りって。しかもアタシだけ……」
「エマ、交代でも良かっただろう。疲労が溜まってしまったら、いざというときにも困るぞ」
俺も気になって言う。
「いいのだ。コイツは今のうちに鍛え直しておかないとな」
ラドニール王国ではスパルタ教育はやりたくないのだが、これは竜人族の内輪ごとでもあるし、俺もあまり強くは言えない。
「姉者! 鍛え直すも何も、アタシはもう一人前だぞ!?」
「ほう、まだ口答えする元気があるなら、偵察に行ってもらうとするか」
「えええ?!」
「待て待て、エマ、今は戦時だろう。教育はまたの機会にしておいてくれ」
さすがに可哀想になったので俺も口を挟む。
「それもそうだな。ルル、今の命令は撤回だ」
「や、やった……ユーヤ、恩に着る! 次の頭領はユーヤがいいぞ!」
「ふん、我がフィアンセにも挑戦権はあるが……私や父上に腕力で勝てるとは思わないことだな」
ずい、とエマが俺に迫ってくるし。
「誰も挑戦はしないぞ」
「そこはユーヤ、挑戦しろよ! よし、アタシが鍛えてやる!」
ルルが言い出すが、どーして竜人族はこうスパルタ思考なのかね?
「お断りだ。それより、一泊したらセルゲイさんを探すぞ」
「ブランのお爺さんの知り合いだっけか? ユーヤもなんでそんなどうでも良さそうな人助けなんてやるのかね」
ルルはそんなことを言うが、俺はそうは思っていない。
ブランちゃんがヴェネトで頼ることのできそうな、唯一の人だからな。
名前が分かっているから簡単に探し出せるだろうと思ったのだが、難航した。
「ヴェネトにはセルゲイという名の男はおりませぬ。過去にいたという記録もございません」
最初に俺はヴェネトの自治政府に対して、ラドニール王国の軍師ユーヤとして正式の協力要請をした。現在、ラドニール王国と自由交易都市ヴェネトは友好関係にある。こちらの要請を断るとは考えにくい。
だから、セルゲイは本当に入国しなかったということになる。
「どういうことですの……?」
ブランちゃんが眉をひそめたが、偽名で入ったかどうにかしたのだろう。
「では、北方から流れてきた人で、ゲオルグという名前に心当たりがある人物を探してもらえますか」
「分かりました。布告を出しましょう」
今度は五人ほど名乗り出てきたが、全員狼牙王国にその名の将軍がいると知っているというだけで、本人と直接、会ったことのある者はいなかった。
「ううん、もうこの都市にはいないのか? それとも、避けてるのかな……」
俺としてはゲオルグ爺が頼るつもりでいた人物だから、仲の良い人間だと思っていたが、そうでは無い可能性もありそうだ。生憎と、俺もブランもセルゲイの顔は知らないので、こうなると途端に捜索が難しくなる。
『ゲオルグ、危篤、スグ来タレ』
そんな布告を出して一日待ってみたが、これも反応無し。
「ユーヤ、これだけ探してもいないのだ。もうラドニールに帰るべきだぞ。王城から、リリーシュも早く帰ってこいと言っている」
エマが言うが、リリーシュの方は兵が伝令に来ただけで、緊急事態というわけでは無い。俺が『鉄血ギルド』を出発するときに、現在の情勢を含めて手紙をラドニール城に送って連絡を入れたので、彼女もこちらの居場所を把握している。向こうも包囲網の状態は心配だろうからな。
「いや、もう少し探すぞ。みんなもどうやったらセルゲイを探し出せるか、知恵を出して欲しい」
「分かりました」
ロークはすぐに返事をしてくれたが、エマとルルは黙りで不満そうだ。
「……ありがとう」
ブランが落ち込んだ顔で礼を言ってきたが、美少女にこんな顔はさせたくないものよね。
「仕方ない、じゃあ、めっぽう強い剣士を探すとしようか」
凄腕の剣士ゲオルグの知り合いならば、腕も立つのではないかという、『類は友を呼ぶ』作戦だ。
名のある剣士をヴェネト議会の名前で招集してもらい、不在や病気で応じなかった者の家を訪ねることにする。
「人間相手なら負けるつもりは無かったが、キラーベアにやられちまってなあ」
「お大事に」
本当に怪我をして寝ていた剣士には用はない。
居留守を使っている剣士が怪しいのだ。
「じゃ、次の家を」
「こちらです」
ヴェネトの商人に案内してもらい、その家を訪ねる。
「ヴェネト議会の者です」
「はいはい、なんでしょう?」
犬耳の人の良さそうな中年女性が出てきた。
「剣士ムーサ殿にお会いしたい」
「あの、夫は今、出かけておりまして……」
「どこにですか?」
「それは……行き先も聞いておりませんので」
「では、中で待たせて頂きましょうか」
強引にお邪魔する。
「くんくん、奥の部屋にいるぞ」
レムが嗅覚でムーサが居留守を使っている事を見破ってくれた。
「そ、そちらは」
「フフフ、お邪魔しますよ、奥さん」
「待て、ユーヤ、お前は私の後ろだ」
エマが先に立ってドアを開けたが、まあ、襲われる可能性も考えておくべきだったな。
向こうはこちらに会いたく無い様子だし。
「ふう、何の用だ」
体格の良い中年男が自分から出てきた。
「実は、ゲオルグさんに頼み事をされまして」
「ゲオルグ? 知らぬ名だ。人違いではないのか」
「嘘を付いているぞ、ユーヤ」
レムの嘘発見器は役立つなあ。精度も高そうだ。俺の嘘については黙っておくように後でしっかりレムに言っておかないとな。
「何者だ、その少女は」
「それよりムーサさん、あなたの素性を奥さんにバラされたくなかったら、別室でお話しませんか」
「素性も何も、彼女は私が誰かはよく知っているぞ」
「では、何も隠す必要は無いでしょう。ヴェネト議会も、この件は黙認してもらいます。いいですね?」
案内してもらったヴェネトの商人に俺は高圧的に言う。
「はあ、ラドニールの軍師殿の要請とあらば、致し方ないですね。しかし、犯罪者の類いは困りますよ?」
「私は犯罪者などではない。余計な心配だ」
ムーサが腹立たしそうに言う。
「では、あなたがなぜ、居留守を使ったのか、説明して頂きましょうか」
「それは……ふう、ゲオルグとは関わりたく無かったからだ」
セルゲイも観念したようで、これできちんとした理由が聞けるな。
「どうしてですの? ゲオルグはあなたなら、必ず手助けしてくれるはずだと言っていましたのに」
ブランがゲオルグからそう聞かされていたようで疑問に思ったようだ。
「確かに、あの御方には世話になった。だが、今の私は剣士ムーサだ。狼牙王国の厄介ごとには巻き込まれたくない。私には今の生活と、守るべき家庭があるのだ」
「世話になったのであれば――」
ブランが道義的責任を理由に手助けを迫ろうとするが、俺は彼女を手で制して黙らせた。
それでは上手くいかない。
世話になったからと言って自分の家族を危うくするのでは、それこそ道義に反するだろう。
「セルゲイさん、ここにおわす御方は、狼牙王国王女、ブランカ殿下です」
俺はブランの本当の正体を告げた。




