第二十一話 永遠の別れ
「貴様!」
エマが激怒しつつ、彼女の剣を抜いたが、切りつけたのは俺に走り込んできた老人に対してでは無く、横から切り込んできた冒険者の男へ向けてだった。一方、老人ゲオルグが剣で突いたもの――俺に向かって飛んでいた投げナイフが落ちて地面に転がった。
「ほほ、やれやれ、今のはワシも斬られるかとヒヤリとしたぞい」
「ふん、その腕前、何が武器商人だ。貴様の正体は後で問い詰める。だが、今はこいつらが先だ」
背中合わせになった老人ゲオルグとエマが、周りを取り囲んだ冒険者を睨み付けながら言う。
「き、貴様ら、我らがラドニールの外交使節団だと知っての狼藉か!」
護衛の兵士が周りを取り囲んだ冒険者に向かって怒鳴る。
「あったぼうよ。たーんまり、報酬の前金ももらっちまったんでな。しかも情報通り、護衛兵がたった二人とはチョロい仕事じゃねえか」
「トムソン! そのクソジジイと女もちゃんと数に入れときな! 仲間が一人やられて何がチョロい仕事だ!」
「馬鹿だなあ、オレらの分が増えてみんなハッピーじゃねえか。生き残りはな」
「最低だね、アンタ」
そう吐き捨てた女冒険者だが、仲間割れする気までは無いようでこちらに向かって三日月刀を振るってくる。
それを剣で弾いたゲオルグが問う。
「同感じゃのう。ところで、お前さん方の依頼主はひょっとして狼牙族じゃったりするのかの?」
「いいや、とんがり耳のエルフさ。ここの酒場でちょいと顔のいいエルフにスカウトされちゃってね」
「ほうほう、これほど口の軽い冒険者を雇うとは、エルフにしては詰めの甘いエルフじゃて」
「なぁに、心配いらないよ。死人に口無しってね! くたばりな! ジジイ!」
「ゴホッ、ゴホッ、ちょ、ちょっとタンマ」
「あっ」
タイミング悪く、女冒険者が切りつけた時にゲオルグが咳き込んだ。しかし――
「ぐっ!? な、なんで? 先に取ったのはこっちだったはずなのに……?」
女冒険者が自分の腹から流れる血を見て、不思議そうな顔のままで倒れる。
「ふう、じゃからタンマと言うてやったのに。ワシのスキルは『後の先』しかも星三つじゃ。じゃから先手はいくらでも取らせてやるぞい。ただし、斬るのはワシがいつも先になるがのう」
「でッ、デタラメだッ! そんなスキル! ふざけんな、無敵じゃねえかそれ」
「か、関係ないんだな。後でも先でも、あ、相打ちにしてしまえば、い、いいんだな」
図体のやたら大きな男が、後ろから大槌を振り下ろす。
「が?」
「確かにのう。まさか、初見であっという間に対処法を見抜かれるとは、冒険者も侮れんわい。ほほ。まあ、持っている装備がしょぼすぎじゃったがの。きちんとワシに当てて、しかもこちらの攻撃を防がねばねば意味が無いぞい」
ずううんと倒れた冒険者の大槌が、すでにゲオルグの攻撃を受けていたようで粉々に砕け散った。
「ひっ、な、なんだコイツ。やべえ、くそっ、てめえら、ずらかるぞ!」
「ふう、トムソンと言ったな。お前、誰に向かってずらかると言ったのだ?」
エマが呆れ顔で聞く。
すでに、エマや護衛兵が倒してくれたようで、その場に四つの死体ができあがっていた。
「あああっ!? い、いつの間に!?」
「どこかの老人が聞きもしないのに披露してくれたから、こちらもあえて話してやるが、私のスキルは『無影』だ。いつの間に――と、よくそう言われるが、どうも私の太刀筋が相手には見えぬらしい」
エマがパチンと鞘に剣を収めて澄まし顔で言う。
「片付けても良かったな? ユーヤ」
「ああ。もう依頼主は分かっているし、生かしておく意味は無いだろう」
刺客の最後の一人、トムソンもエマの手にかかったようで、すでに倒れている。
「さて……」
老剣士ゲオルグが髭を撫でつつ、周囲に鋭い視線を放つ。
刺客を片付けたのは良いが、エルフが雇った刺客がこれだけとは限らない。
それに、このゲオルグって老人もスキルからして、タダ者では無いからな。
「ゴホッ、ゴホッ! ガハッ!」
しかし、再び酷い咳込みをしたゲオルグが、血を吐いてその場に倒れかかった。
「お、おい」
エマが困惑しつつも、老人に肩を貸してやった。
「すまぬの」
「喋らなくて良い。病人のくせに出歩いて、しかも剣を振るうからだ」
「まったくじゃ、しかし、ゲホッ、ゴボッ、い、いかん、ゼーハー……」
「喋るな! お前の宿はどこだ?」
「軍師ユーヤ殿、お願いがあり申す」
老人がエマの問いを無視して、俺を睨み付けるような必死さで言う。
どう見ても体に障るから今は喋らせたくは無いのだが、彼も必要あってのことだろう。
「何でしょうか」
「貴殿に頼めた義理では無いのだが、孫娘を頼みたい」
「それは……」
「見ての通り、ワシは、ゲホッ、ゴバッ、も、もう持たぬ」
老人が大量に吐いた血に、ようやく騒ぎを聞きつけて駆けつけてきたドワーフの兵士も眉をひそめて後じさる。
「なに、心配いらぬ。これは感染せぬ病よ。軍師殿、礼はこの魔剣と、あとは孫娘が考え、ぐふっ」
「あっ!」
「ど、どうか」
「わ、分かりました」
とにかく落ち着かせた方がいい。
「かたじけない」
老人はとうに喋れる状態では無かったようで、それだけ言うと安らかな顔になり、すでに事切れていた。
「駄目だ、死んでいる」
エマも脈を確かめて言う。
「参ったな……」
死に間際の人と約束を交わしてしまった。遺言か。
「ユーヤ、お前の護衛役として言わせてもらうが、今すぐここを立ち去るべきだ。エルフ共の追っ手がどこにあるかも分からん。孫娘を探している余裕など無いぞ」
エマの言うことは正しいが、家族が死んだことくらいは伝えてやらないと、ブランも困ってしまうだろう。
「では、ユーヤ様、私が残って、ブランさんに伝えておきます」
ロークが嫌な役を自分から買って出てくれたが、俺は首を横に振る。
「いや、ロークもラドニールには必要な人材だ。一人残していくわけには行かない。護衛の兵だって残り少ない。全員で残るぞ。その方が襲われたときはかえって安全だ」
「ユーヤ……チッ、仕方ないか」
「こちらにも事情は話してもらわんと困るぞ」
やってきたドワーフの兵士達も言う。
俺はドワーフたちに事情を話し、まずは警護を約束してもらった上で、老剣士ゲオルグの孫娘ブランを探してもらった。
「ゲオルグ! そんな!」
ブランはすぐに見つかったが、担架で運ばれていく祖父を見て言葉を失ってしまった。
幼い彼女が独り身では、色々と困るだろう。
俺は彼女に声をかけた。
「ブラン、君のお爺さんの古い友人の名前は知っているか?」
「知らない。いえ、待って、確かセルゲイと言ったわね」
「そうか。なら、港町ヴェネトでセルゲイさんを探すとしよう。俺たちが手伝うよ」
「ええ? なぜ、そこまで……」
「そりゃ、君のお爺さんに頼まれちゃったからね。君のことを」
「そう。くっ、一番の忠義者をワタクシは……」
「んん?」
「な、なんでもないわ」
「ブラン」
レムがムスッとした顔でブランの前に立つ。
「な、何かしら」
「これ、やる」
レムが手を出してあめ玉をブランに渡した。
「ええ? 別にお腹は空いていないけど」
「ブラン、受け取っておいてくれるかい。レムなりに、君を気遣ってるんだよ」
俺は笑顔で言う。
レムの親父さんも寿命か病死だったようだし、ブランと自分の境遇を重ねて見ているのかもしれない。
「そう。ええ、では、ありがとう。ありがたくもらっておくわ」
「ん」
「じゃ、出発だ! 次の目的地は南東、自由交易都市、ヴェネトだ」
「「「 了解 」」」
俺が宣言して、皆が応じた。
ヴェネトならラドニールのすぐ隣だし、ここからなら、南東へ行くだけだからそれほど遠回りって訳でもない。
大洞窟を抜けたところで、ルルと五人の竜人兵が俺たちを待ち構えていた。
ドワーフ達に頼んで早馬を出してもらったのだが、思った以上に早かったな。
連絡網にはやはり竜人族を使うのが一番か。
「ルル!」
「へへ、姉者達が大ピンチって聞いて、アタシが飛んできてやったぜ?」
自慢げに鼻をこする黒レオタードの少女だが、姉のエマは素っ気なかった。
「お前達、ここに来るまでにエルフは見かけなかっただろうな?」
「いいえ、見ておりません」
「ならいい。すでに何人も襲われて兵士も命を落としている。決して気を抜くな。エルフ以外もだぞ」
「「 はっ! 」」
「おい、姉者」
「ルル、お前もだ。指示は必ず返事か復唱をしろ。今は戦と同じ、おおごとと思え」
エマが戦に例えたが、そうだな、全くその通りだ。
「分かったよ、了解」
つまらなそうにしたルルだが、事の重大性は理解したようで大人しく姉の指示に従った。
彼女なら茶化したりからかうところだと俺は思ったのだが、そうでもなかったようだ。
ラドニール外交使節団は頼もしい護衛兵を補充して、南東へと向かった。