第八話 竜人
南の獣人国との開戦が近い。
その前に俺達『ラドニール王国・外交使節団』は『竜人族』と交渉するため、西の山岳地帯へ向かっていた。
しかし……
「あー、来るんじゃ無かった。リリーシュ、やっぱり君だけで交渉してきてくれる?」
俺は険しい山道でへばってしまった。膝に手を突いて言う。見ろ、足が棒のようだ。カクカク膝が笑ってる。
自慢じゃ無いが、体育の成績は2だからね。
帰宅部で本の虫だった俺に体力などあろうはずもない。
「今更、何を言ってるのよ。だいたい、私、交渉事って苦手だし、あの竜人族も好きじゃ無いのよ」
「外交担当者が個人の好き嫌いでお付き合いを決めてたらいけないなあ」
「何言ってるの、今回の外交担当者はあなたでしょ、ユーヤ」
「えっ!」
「えっ! じゃないわよ。姉様がすべて勇者様に任せると言ったでしょう」
「いや、それは言ってたが……だ、だって、国と国との外交だぞ? よそ者の俺にいきなり任せていいのか?」
「知らないわよ、そんなこと。普通はダメだと思うけど、あなたは仮にも勇者で、何か良いスキルがあるんでしょ?」
「ああ……」
ひょっとすると、アンジェリカもそれに期待して俺を送り出してしまったのかもな。
「ええ? 外交のスキルでも無いの?」
「まあ、そんなところだ」
「そろそろ教えてくれたって良いのに。私、あなたのことを考えてると夜も眠れなくなるわ、ふぅ」
「なんだか女の子に疲れた顔でそんな風に言われると、凄く、ドキドキするね!」
「そ、そう言う意味じゃ無いんだから。スキルよ、スキル! ス! キ! ル!」
リリーシュが両手の拳を握りしめて本気で怒ってしまった。
「分かった分かった。そう何度も大きな声で言わなくても分かってるから。約束したとおり、大商人が買い付けから戻ってきてくれたら、俺のスキルについてはちゃんと話すよ」
「ええ? 約束はしたけど、もったいぶって焦らすのね……。それも、いつになることやら」
「まあ、国外だからすぐって事にはならないだろうな。最低でもひと月は待たないと」
「えー?」
「言っておくが、期待するだけ損だぞ? ガッカリするのは確実だぞ? だから俺のスキルなんて気にするな」
「あー、そんなこと言われたら、余計に気になる!」
困った奴だな。無い物は無いんだから。
食料の目処が付くまでは、無いって事を言えないけどね。これも国民に動揺を与えないためだ。
ごまかしや意地悪するためでは無い。だから、時が来たらきちんと話す。
「スキルか。オレ様は【丸かじり】と【丸呑み】のスキルを持ってるぞ!」
幼女姿のドラゴン、レムが自慢げに言う。
最初は彼女も緩い布の服を着せてもらっていたのだが、俺が意図せずその胸のポチッとした小さな桃源郷を、ついついうっかり覗き込んでしまったために、一悶着あり、今では青い襟付きの軍服に『ジャボ』という首に付けるスカーフみたいなのまで装着させられている。
リリーシュも同じ服装だ。
レムも動きにくいと不満を漏らしていたが、絶対権力者リリーシュが許さなかった。
ちなみにレムは未乳であり、ブラは絶対に不要である。残念ながら今は権力者によってブラも付けさせられているのかもしれない。
可哀想なことだ。
彼女の桃源郷は健康的なピンク色だったが、それが二度と見られないかもしれないと思うと、どーしてこの世界にカメラが無いのかと悲嘆に暮れてしまう。
「それはおっかないな。俺は【ペロペロ】のスキルをいや何でも無い」
「ユーヤ! 今、スキルを、ちらっと言いかけたわよね!?」
「い、いや、違うぞ。それがあったら良いなと思っただけだ。色々危険だからそこに食いつかないでくれ、リリーシュ」
「ペロって聞こえたけど、何かしらね……」
「ペロペロだろう。それより、くんくん、何か匂いがするぞ。何か近づいてきた」
レムが言い、俺達は身構えた。
この世界にはモンスターがいるのだ。
「周辺警戒! ユーヤとロークは真ん中にいて」
「ああ」
「りょ、了解です」
俺のお付きをやってくれているロークも少しは剣が使えるようだが、今回は護衛の兵士達も一緒だ。だから彼が無理して戦う必要も無い。
ロークは小姓という役職だが、その中身は名門侯爵家の御曹司、大事な跡取りなのだ。
「顔面ロックです! 二時の方向!」
護衛の兵士が叫んだ。
やや右上の斜面から黒い岩が転がって落ちてくる。ちなみにこの世界には日時計やゼンマイ式の時計もあり、地球と時間割はまったく一緒である。
地球からやって来た勇者が広めたのかどうかはよく分からないが、分かりやすくて良い。
「下手に打ち込むと剣が折られてしまうわ。あなたたちは回避を優先して。ただし、護衛対象に向かってくる奴は体当たりしてでも止めなさい!」
「はっ!」
リリーシュが兵に指示して、自らは果敢に剣で斬り込んでいく。
転がってきた直径一メートル近い岩の塊は、途中で方向を変えて、こちらに向かってくる。
「行かせない! くっ!」
激しい金属の音がしたが、岩は止まらなかった。
「フハハハハ、人間共、オレ様に任せろー!」
レムが向かってきた岩に素手で豪快にパンチ。岩は止まったが、しかし、レムが腕を押さえてその場にうずくまってしまった。
痛かったのね。
「レム、人間の姿の時は無理するなよ」
「うう、忘れてた……」
並みの人間よりはずっと強いようだからあまり心配は要らないが、服も破ると保護者様リリーシュがうるさいからな。
「ちなみに、リリーシュ、こいつらって爆発するのか?」
「ええ? しないけど?」
「ならいいや」
特に指向性を持って人間を狙っているわけでは無いらしく、いくつかの『顔面ロック』はそのまま斜面を下に転がっていった。
「クリア!」
「クリアです!」
「ふう、いなくなったわね。でも、刃が欠けちゃったわ。あーあ」
リリーシュが残念そうに自分の剣を見て言うと、鞘に収めた。
その時、上から声がした。
「かー、弱えなぁ、お前ら。岩っころも倒せないのかよ」
その声に全員が上を見ると、サキュバスを思わせるレオタード姿の少女が羽ばたいていた。羽も髪も黒色だ。
頭には一本、短めの角が生えている。シッポは太めのトカゲみたいな形でこちらも黒色をしていた。
ベースは普通に人間だから、なんだか悪魔のコスプレって感じに見えちゃうな。
しかし、これが竜人か……。
確かに、飛んでるな。羽はそこまで大きくないが、魔力的なものなのか、揚力は足りているようだ。
「誰!?」
「アタシか? アタシは竜人族のルル! お前ら、何しにここに来た?」
「私はラドニール王国の第二王女リリーシュ=メリグ=マケドーシュと申す者。国を代表して交渉に来た。責任者にお目通り願いたい!」
リリーシュがまず名乗りを上げる。
「ふうん、人間の王女が交渉ね。まあ、貢ぎ物を持って来たって言うなら、会わせてやらなくも無いよ」
ルルが横柄に言う。
その言葉に俺とロークは頷き合い、ロークが背負い袋から干し肉を出して示した。
「これをお持ちしました!」
「おお! 肉か! よし、いいだろう。頭領の所へ案内してやろう。アタシに付いてこい!」
竜人族も食糧不足のようで、目の色を変えたルルは笑顔で羽ばたいていく。
「さ、行くわよ」
え? アレに付いて行くの……?
歩きで?
目の前には雄大な景色が広がっており、雲の冠を頂く山々がこの世界の境界の主であるかのようにそびえ立ち、壁のごとく連なっている。その尾根を悠々と飛び越えていくルルを見て、俺は呆然とその場に立ち尽くした。