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第十九話 知らない知り合い

 俺たちは今、小人(フェアリー)族の国の南にいる。

 案内役となったロネッタの話ではここから街道を南西に行くと、ドワーフの『鉄血ギルド』へ抜けられるそうだ。

 だが、野宿の途中、誰かが近づいてきた。

 レムは匂いで知り合いの誰かだと言ったが……



「おお、これはしたり。どうやら盗賊ではなさそうだの」


 そう言って黒髪に髭の長い老人が笑顔で木の向こうから出てきた。

 だが、全く見覚えの無い人物だった。


「それ以上、近づくな! 何か用があるなら、そこで言え」


 護衛の兵士も剣を抜いたまま警戒を解かずに言う。

 

「やあ、それが、近くで追い剥ぎに出くわしてしまいましてのう。馬車も奪われ、食べ物も飲み物も無いときた。あなた方もその顔はフェアリーに化かされた様子、いかがですかの? ここはツキのないもの同士、助け合って仲良くしませんか」


「チッ、なら、水筒と干し肉を一切れだけ分けてやる。それであっちへ行け」


 まるで緊張感の無い老人に、兵士が不機嫌そうに言う。


「まあまあ、そう言わずに。実は連れの幼い孫もおりましてな。もし、ヴェネト方面へ行かれるのでしたら、どうですかのう、我々もお供させていただきたい」


 少し怪しい老人だが、本当に追い剥ぎにやられたのだとしたら可哀想だ。

 着ている服もみすぼらしいローブで薄汚れている。

 ただ……腰には妙に立派な剣をぶら下げていて、どうも普通の平民という感じでは無い。

 

「その孫は?」


 俺が聞く。ここにいるのはこの老人だけだ。孫の姿は見えない。

 

「向こうで待たせておりますじゃ。ところで、実に立派な馬車をお持ちですのう。名のある貴族とお見受けしますが、お名前をお聞かせ願えんかの」


「貴族じゃないけど、ラドニールの文官、ユーヤです」


「ラ、ラドニール!」


 木の後ろで女の子がびっくりしたような声を上げたが、連れがいるというのは本当だったようだ。


「おお! これはこれは、ファルバスの導きじゃのう。ほれ、ブラン、大丈夫だからこっちへおいで」


「えええっ?!」


「大丈夫じゃ、ヴェネトと仲の良いラドニールの高官ならば、ヴェネトの者には親切にしてくれるじゃろうて」


「むう……そうね」


 黒髪の少女が、少しこちらを警戒しているようだが、追い剥ぎにやられたのなら、その態度も頷ける。

 可哀想に。

 

「それは大変だったでしょう。さ、どうぞ。干し肉とパンがありますよ」


 ロークも同情して袋から干し肉とパンを取り出したが。

 

「ユーヤ、こいつら、嘘を付いてるぞ」


 レムが言う。

 

「ほう、何がですかの」


「ヴェネトの奴らじゃないだろ、お前らは。あと、そっちのお前は前に一度、オレ様に会ってるはずだ。顔は覚えてないけど……匂いはちゃんと覚えてるぞ!」


 レムが少女を指さして言った。


「ああ、なるほど。実を言うとお恥ずかしい話、国で商いに失敗しましてな。借金取りに追われて、着の身着のままで夜逃げしたもので。それでヴェネトで一旗揚げてやろうと考えておりましてのう。もうすっかりヴェネトの人間になったつもりでおりましたわい、ほっほっほっ」


 黒髪の老人が笑い飛ばした。一方、レムが会ったと言っているブランという黒髪の少女は下を向いてじっと黙ったままだ。


「まあ、匂いも、似たような匂いはあるでしょう。他人のそら似、と言うヤツですじゃ」


「ムー」


 レムは全然納得いかない様子だが、実際、この二人は何も荷物を持っておらず、食い物にも困っている様子だ。

 ぐう、と少女のお腹の虫が鳴いた。


 俺たちを襲ったとんがり耳のエルフでないなら、まぁ大丈夫だろう。

 刺客なら、寝ているところを有無を言わさず襲ってきたはずだし。


「レム、その話はまた後でしよう。では、夜も遅いですし、今日は食べて眠って、また明日と言うことで」


「おお、ありがとうございますじゃ」


「ふん」


 孫の方は態度が悪いが、よほど腹が空いていたようで、ロークから干し肉を受け取ると、炙りもせずにパクパクとすぐに食べていた。

 

「じゃ、悪いけど、一応警戒ってことで」


 俺は兵士に小声で言う。


「はい、心得ております。ご安心を」


 護衛の兵士には老人が怪しい動きをしないか、少し注意して見張ってもらうことにした。



 翌朝、朝食をみんなで仲良く食べたのは良いが、次に馬車に誰が乗るかで少し揉めてしまった。

 

「爺は、病気なのよ。私は歩いてもいいけど、爺は乗せて頂戴」


 孫のブランが言う。


「ううむ、君が乗るのは良いが、そちらは……」


 兵士も見ず知らずの人間を、俺と相席にはできない様子。警護担当としては当然だな。警戒してくれって昨日頼んだばかりだし。

 

「仕方ない、俺が歩こう」


 妥協案として俺が馬車に付いて外を歩くことにする。


「ユーヤ様……分かりました。ここからなら、ドワーフ族の『鉄血ギルド』までは一日足らずで行けますし、その途中で馬車があれば、そこで買うことにしましょう」


「そうだな」


 俺もここからずっと歩きで帰りたくはない。


「申し訳ないのう。金なら少しあるので、馬車を買うときには幾分か払いますでの」


「ふん、あいつが自分で歩くって言ったんだから、それでいいのよ」


「これ、ブラン、せっかく席を譲ってもらったのに、そういうことは思っても言うものでは無いぞ」


「むう」


「ところで、ラドニールの高官が、フェアリーの国へ何をしに行かれたのですかのう?」


「ええ、ちょっと友人に会いに」


 ちょっと怪しい老人なので、こちらも話をぼかしておく。俺の目の前を飛んでいるロネッタにも指で合図して、内緒を徹底しておく。ほっとくとコイツが全部喋っちゃうし。


「おお、そうでしたか。ワシも古い友人に会いに行くところですじゃ」

 

「ヴェネトに?」


「ええ。昔、獣人族と結婚して国を出た者がおりましてのう。彼ならば、住むところくらいは用意してくれるはずですじゃ」


「当てがあるなら良かったですね」


「ええ、ええ。ご、ゴホッ、ゴホッ! グホッ、グボッ!」


「ゲオッ……爺! しっかり!」


「大丈夫ですか?」


 痰が引っかかったようなちょっと酷い咳き込みで、病気というのも本当らしい。

 

「大丈夫、大丈夫ですじゃ」


「なんだか変な咳だったし、それ司祭に見てもらった方が良いと思いますよ?」


 ロネッタが気遣うが、しかし、ブランがぴしゃりと乱暴に馬車の窓を閉めてしまった。

 

「爺の病気は重くて、もう司祭も見放したのよ!」


「あ、ああ……そうでしたか、えっと」


 どうしていいか困った様子のロネッタに俺は優しく頷いて声をかけてやる。

 

「ロネッタ、おいで」


「はい」


 どうしようも無い事もあるが、別にロネッタが悪いわけじゃないのだ。

 世の中にはそんなこともある。



 夕日が落ちかける頃、俺たちは『鉄血ギルド』の見覚えのあるトンネルに到着した。

 

「やったー! もぉー、歩けん! もぉー、一歩も歩かんぞ!」


「お疲れ様でした、ユーヤ様」


 徒歩を付き合ってくれたロークが晴れやかな笑顔で労ってくれた。

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