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第十三話 百万ゴールドの軍資金

 『鉄血ギルド』の本部に逗留(とうりゅう)して、五日目。

 俺達は当初の目的も忘れ、のんびりとリバーシや知恵の輪で遊んでいた。


 特にドワーフ謹製の木のパズルは、様々な形をした立体のピースを組み上げて、完成形モデルを組み上げるという、相当に頭を悩ませてくれる知的なゲームだった。

 どこにどのピースがハマるか、それだけでも難しいのに、驚くのは完成形が一つでは無く二十四通りもあるのだ。

 ようやく二通りまでは組み上げられたのだが、竜型と人型はちょっとどのようにして組み上げるのか、見当すら付かないくらいに難しい。


「これは、ドワーフの子供が職人に育つわけだわ」


 このパズルはドワーフ達が無料でくれたものだが、ラドニールの子供達にもチャレンジしてもらうのがいいと思い、ラドニール王国への宅配クエストを冒険者に出している。


「よし、ユーヤの番!」


「はいはい、そこを攻めてきたか……じゃあ、こうだな」


 合間にレムとリバーシに付き合ってやり、エマはそんな物はごめんだとばかりに、部屋の隅でランニングマシン――現代のアレではなく、ハムスターが延々と中を走り回る『回し車』をそのまま巨大化したもの――で時間を潰している。

 冬には寒がりな人にお勧めのランニングマシンだが、こんな物を使うくらいなら外を走った方がいいんじゃないかと思ってしまう。

 しかも人間が内部を走っていると凄く……シュールだ。


 そんなドワーフ謹製のランニングマシンをギイギイと動かして、せっせと小麦粉の精製に励んでいるエマ。

 トレーニングになるだけでなく、ちゃんと何かを生み出す辺りが、実直な職人魂の成せる技なのだと感心してしまう。

 小麦粉の精製目的には水車の動力で自動化された機械が別にちゃんとあるそうで、純粋なランニングマシンだ。



「おい、ユーヤ! ちょっと来てくれ!」 


 そんなのんびりとした空気の中をバンッ!とノックも無しで入ってきた親方――ここのギルドマスターだが、ドワーフの若い衆も親方と呼んでいるので、親方で良いだろう。


「何かあったんですか? 親方」


「いいから、さっさと来やがれ。できたんだよ!」


「何が?」


「何がってお前……いいから来い!」


 背の低い親方が俺をひょいと担ぎ上げて走り出すので、ドワーフの筋力にちょっと驚いてしまったが、そこでようやく俺も馬車のサスペンションに取り組んでもらっていたことを思いだした。


「分かりましたって。サスペンションですね。自分で歩くから降ろして下さい」


「分かった、降ろしてやる。だが、走れよ」


 洞窟の中を親方の工房まで走らされてしまったが、こっちは依頼者で、言うなれば客だよな?

 客にこの扱いはどうなのかと考えざるを得ない。


 ま、こちらはまだ一ゴールドも払っていないし、それどころか金を受け取るつもりでいるけどね。ヒヒ。



「どうだ! ユーヤ式ラグジュアリー・キャリッジ『安楽(あんらく)ん一号』だ!」


 美しい金色の先鋭的な車体(フォルム)に、天使をイメージしたのか、黄金の羽根があちこちに装飾として彫り込まれている。

 馬車の扉の中央にはラドニールの国旗である杉の葉が彫り込まれており、頼んでもいないのに、隅々まで行き届いた(たくみ)の設計だ。

 

 その場にドワーフの若い衆が何人も倒れて伸びているが、みんな徹夜しまくったんだろうなあ。

 この装飾は別に要らなかったんですけど……なんて言ったら、この人達が「ふええーっ!?」と喉の奥から出るような声で悲鳴を上げそうだから黙っておこう。

 それと、やはりネーミングは考え物だ。


「ええと、その名称はちょっと。テツ式か、ラドニール式でお願いします」


 俺が発明者ならありがたくユーヤ式を受け取るが、そうじゃないものな。

 やはり地球の先人に敬意を払うべきだ。


「分かった。なら、ラドニール式でいいだろう。こいつは、悔しいが、オレの頭からは出てこない設計だ」


「じゃ、さっそく、乗り心地を」


「おう、頼んだ」


 この前と同じように縄を地面に置き、悪路のでこぼこを想定して馬に引いてもらう。


「おお、これは……!」


 まあ所詮は中世だしな。と思っていたらほとんど衝撃を感じないレベルまでサスペンションが効いていた。


「これ、どうやったんですか?」


 いくらなんでもバネが跳ねた反動がそれなりにあるだろうと思ったので、俺は親方に聞いてみる。


「なあに、バネの中に通す軸を一本じゃなく二層の筒型の組み合わせにしてな、空気がその狭い間を逃げる摩擦と圧力を利用したのよ、苦労したぜ」


「凄いな……油圧じゃなくて、空気圧を利用してるのか」


 バネについては説明したが、油圧に関しては俺が仕組みを良く分かっていないので、そちらは説明していなかったのに。


「なるほど、油も使えるか。だが、これほど興奮したのは久しぶりだ。なにせ、お前さんの故郷にはコレがたくさんあるんだろう?」


「ええ」


「人族が作れるっていうのに鉄血ギルドのドワーフが作れねえってんじゃ、とんだ笑いものだからな!」


 親方が鼻をこすって胸を張る。

 ドワーフの誇りか。

 こうした負けず嫌いの精神が、伝統として受け継がれ、それが良い道具や装飾品を生み出してきたのだろう。


「ありがとうございました。それで、お代の話ですが……」


「構わねえよ、こっちは好きで作ったんだ。こいつはタダで良い」


「どうも。ところで、設計図を見せましたよね?」


「むむ……だが、アレは不完全だっただろう」


「確かに。ですが、重箱の隅をつつくようで心苦しいですが、親方はあの設計図を見ない限りは、これを作れなかったですよね?」


「分からんぞ。自分でいつか思いついたかもしれないし、うちの誰かが思いついたかもしれん、だが言いたいことは分かった。物は相談だが、この設計はラドニールと鉄血ギルドの共同制作ということで手を打たんか」


「いいでしょう。ではラドニール式の馬車の売り上げの一部を特許、ロイヤリティーとしてうちに納めて頂くと言うことで」


「売る度に金を寄越せってか」


「ええ、まあ、設計の協力費用とお考え下さい」


 この世界のドワーフに知的財産権が通用するかどうかは不明だが、言うだけは言っておかないとな。

 それでキレられたら諦めるほかないが。


「分かった。いくらだ?」


「親方はいくらくらいが妥当だと思われますか。例えば、自分がこのサスペンションを発明していたとして」


「オレは他人が手柄を横取りしない限りは金なんて取らねえぞ」


「ああ、そうでしょうねえ……」


「だが、こっちでも図面を書いて渡す仕事があるからな。代金は売り上げ代金の一割から五割くらいまでだが……おいおい、五割も取るのは納得いかねえぞ? コイツを工夫して創ったのはオレだ」


「ええ、まあ、売り上げの一割が妥当なところでしょう。そこから親方が工夫した空気圧の部分を半分と計算して、一割の半分、五分ということで」


 売り上げの5%

 材料代などを差し引いた利益の5%ではなく、売り上げの5%というのは結構な高値だと俺は思っている。


「よし、五分なら手を打とう。文句はねえぞ」


「では、正式に、『本家ラドニール式』を(うた)い文句として使用することを許可します。他の国がこれと同じ物を作ってもタダの『ラドニール式』ですが、『本家』を名乗れるのはここだけと言うことで」


「おお、元祖ってヤツだな! いいねえ」


「それと販売戦略ですが、貴族向けにはちょっと良い感じにした高値のものを、一般向けには普通の物を適正な値段で売ってはどうかと思います」


「適正ってのは具体的にいくらだ?」


「それは親方が、このくらいだろうと思う値段でいいです。高すぎる、と思ったり、安すぎると思ったりしなければ」


「そいつは、こっちで値段を決めて良いってことだな?」


「ええ。ただ、あまりにも常識外れな値段にして普及しないのはちょっと……」


「ああ、心配するな。この乗り心地なら、あっという間に普及するってもんよ。分かった! 一般向けには安値で売ってやる」


「こちらも売り上げの協力代金を当てにしているので、それなりに儲けて下さいよ」


「分かってる」


「ちなみに一般的な馬車のお値段は?」


「この四人乗りキャリッジなら、平民向けはだいたい三万ゴールド、貴族向けは三十万くらいだ。現行のタイプでな」


 日本円で三百万円と三千万円くらいか。


「思ったより高いですね」


「車軸と車輪がどうしても難しくてな。鋳型でポンポン作るって訳にはいかねえから量産にも向かねえ。職人の日当は必要だから、そんなもんだぜ? 普通に一から作って組み立てりゃ、四人がかりで二十日はかかる代物よ。今回は車輪や車体は元からのを使った改造だからこんなに早くできたんだ」


「そうですか。行商をやるにしても、元手がいるんだなあ……」


「駆け出しの行商なら、レンタルで始める奴もいるぜ? ま、途中で運悪く馬車が壊れちまったり、盗賊に襲われたりでやっぱり大変らしいがな」


「でしょうねえ。鉄血ギルド全体での売り上げ台数はどれくらいですか」


「そうだな、キャリッジはキャラバンやワゴンほどの数じゃねえが、年に百台くらいは注文があるな。貴族向けが九割だ」


 一台三十万ゴールド × 九十台 × 特許料5% = 年間135万ゴールドの利益也!


 貴族向け四人乗りキャリッジだけで百万ゴールド超えの儲けだ。やったね!

 これで封印石の借金も余裕で返せるし、交渉の軍資金にも使えるだろう。

 

「さぁて、こいつは忙しくなりそうだ。おい、お前ら、今は寝てて良いが、起きたら、量産型の設計に入るぞ」


「うぇ、親方、まだやるんですかぁ?」

「あっしは本業にそろそろ戻らないと」


「馬鹿野郎、こいつはまだ試作品だ。完成品まで付き合ってもらうぞ。ちゃんと給金も出してやるから、こっちの仕事を先にやれ」


「へーい」

「まあ、給金がもらえるなら」


 ドワーフ達の話も付いたようだ。


「じゃ、親方、ありがとうございました。私達はこのまま出発してまずは巨人族の国へ向かおうかと」


「エルフの里の方がここからなら近いが、狼牙族の国を回り込んで北に向かうのか?」


「ええ、エルフは話を聞いているとどうもラスボスっぽいので」


 ツンデレのエルフ美少女がいることを密かに期待しているのだが……

 同盟を断られたときの精神的ダメージも考慮して、後回しだ。


「まあ、あいつらは、ろくでもねえぞ。同盟を組めるかどうかも怪しいもんだ」


 親方が顔をしかめて言うが、他種族の入国を認めず、国交さえ途絶しているエルフ族の国、正式名『統合思念体主義に基づく選ばれし人類の賢人評議会』

 ちょっと長すぎる上に何言ってるのか意味不明な国名なのでラドニールでは単純に『エルフ魔法王国』と呼んでいる。

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