第十二話 交渉に絶対に必要な物
北のドワーフ族が自治をやっている鉱山地域、『鉄血ギルド』
彼らを対『狼牙王国』の包囲網に加えるべく、軍師の俺ははるばる出向いて外交交渉に挑んでいる。
さっそく、ノーを突きつけられたが、こちらにはいくつか切り札がある。
「これはラドニール国王から皆様への贈り物です。高純度の蒸留酒、青い火が付きますよ」
ドワーフとくれば酒。
まずはセオリーにお約束の物から出す。
「ほう、青い火が付くか。どれ」
瓶を受け取ったギルドマスターがジョッキに少量を注いで、ちびりと飲む。さすがにドワーフもコレは一気飲みしないようだ。相当飲み慣れてるんだろうな。
「かーっ! いいねえ、このカッと来る感じが堪らねえ!」
顔を真っ赤にした酔っ払いが、逆にシャキッとした顔になった。
「で? 『包囲網同盟』って言うからには頼む相手はオレらドワーフだけじゃないんだな?」
「ええ。すでに竜人族とは同盟を結びました。これから、北東のエルフ族、北の巨人族、西のカルデア王国と、周囲を囲む国すべてに同盟を呼びかけます。少し遠いですがクロートの小人族も」
「ケッ、止めとけ止めとけ、巨人族はともかく、小人族は数がいてもハエみたいに叩き落とされるだけで役に立ちゃしねえよ」
「むー、確かに私達は弱いですけど、ハエと一緒にされるのは納得が行かないのですよ!?」
ロネッタが抗議したが、ハエ扱いでは口を挟みたくもなるだろう。
「ロネッタ、これはお前が口を挟める問題では無いぞ。黙っていろ」
しかし、この子が喋り出すと止まらないし、そこはエマが窘めた。
「はぁーい…」
「フン、同盟を組んだ相手に黙れと命じるのか。こりゃドワーフが入っても下っ端でこき使われそうだな」
「あ、いや、彼女はたまたま路銀が無くて困っていたところを拾っただけで、同盟者ではないのです。まだ小人族とは交渉もしていません。もちろん、包囲網同盟では参加すれば全員対等の関係です。上も下もありません」
そこは大事なことなので俺はやや慌てながら説明する。
「ふうん?」
「悪いがロネッタ、関係者でない君は外で待っててくれるか」
「はい、そうします。色々とご迷惑だったようで、ごめんなさい。私は外で待ってますね」
ロネッタは自分ではドアが開けられず、ドアノブを引っ張って「ふぬー!」と言い始めたので俺が開けて外に出してやった。
「そういうことならいいが、仲間は竜人族だけか」
「ええ。今のところは。もちろん、そちら側も仲間と話し合わないと簡単に乗れる話ではないでしょう。ですが、ラドニールに協力すれば、狼牙族の侵攻をそれだけ遅らせることができます。反撃だって可能です。我々は狼牙族のロボウ王を倒しました。どうか、さらなる力を貸して頂きたい」
「ま、話の趣旨は分かった。武器は安値で譲ってやる。それはうちでもできる話だ」
「もう一声。タダでお貸し頂きたい」
武器の貸し出し、『レンドリース』というヤツだ。
第二次世界大戦でアメリカは、参戦前に味方をすべくイギリスやソ連に大量の武器を送っていた。
ヒトラーがこれに激怒して潜水艦で通商破壊を行い、結果としてアメリカの参戦を早めることとなる。
英語で『貸す』という意味だが、戦場で破壊されたり死んだりしたら返せないから、通常レンドリースがすぐに返却されることはない。
ルーズベルト曰く、「隣の家が火事の時にホースを貸し出すようなもの。代金の請求は後回し」だ。
俺はちゃんと返すつもりで言ってるけどね。
「なに? おいおい、こっちだって生活があるんだぜ?」
「それ、狼牙族に支配されて同じ事が言えますかね? 彼らは人間族を食うそうです。ドワーフ族はどうでしょうねえ。肉付きは良さそうですが」
「ううむ、まあ、襲われて食われた奴もいるがな……ええい、分かった! なら、鉄の剣を千本、タダでくれてやる、持ってけ泥棒!」
「ご協力、感謝します。それともう一つ、重要なお願いが」
「なんだ? 鎧はさすがに高値だからな、タダにはできないぞ」
「いえ、こちらはそちらが儲かる話でして、ヌフッ」
大商人ホードルを真似してモミ手で笑ってみせる俺。
「ああ? 胡散臭え、そんな話はお断りでい! 帰りやがれ!」
「うわっ、と、とにかく聞くだけ聞いて下さい。騙すつもりはありませんから。『包囲網同盟』結成のためには不可欠なものなんです」
「どうせドワーフの参加が不可欠ですって言うんだろう?」
「いえいえ、馬車を作って欲しいんです」
「なに、馬車を? 戦に使う専用のか」
ギルドマスターと言っても根は職人気質なのか、急に興味を示して乗り気になってくるドワーフ。
「あ、いえ、それを作ってもらっても助かりますが、何しろここまでの道中で、私のケツが悲鳴を上げてまして。もっと乗り心地が良い馬車が無いと、諸国を回れません」
「ケッ、軟弱者が。まあいい、うちで作った一番上等なのを貸してやろうじゃないか」
「拝見させて頂きます」
いったんギルド本部を出て、行商が宿泊する区域にやってきた。
「コイツだ。元は王族向けに開発した『ロイヤルキャリッジ・ラグジュアリーⅡ』だ」
かぶせてある布をファサッと取ってギルドマスターが見せてくれたが、金色一色に輝く馬車だ。
「うわぁ。豪華な金ぴか馬車ですねえ」
ドワーフの手によるものとは思えない、とても繊細な細工が施されている。
見事な芸術品だ。
「言っとくが本物の金じゃねえぞ。黄銅だからな。金でやると重くなりすぎて悪路で引っかかっちまうんだ」
「サスペンション……乗り心地はどうですか?」
「よくぞ聞いてくれた。ここの車軸には遊びを作ってあってな。普通の馬車よりはずっと良いぜ」
「ちょっと試させて下さい」
馬車の前に道ばたの石ころ代わりに縄を置き、実際に馬で引いてもらってみる。
「あー、まあ、普通のよりはこっちがいいですね」
「なんでい、クッションも良い素材を使って、座り心地も最高級なんだぞ?」
この時代ではそうかもしれないが、自動車の乗り心地を知ってしまっている俺のお尻ちゃんはこんなのでは満足できないなぁ。
「ええ、素晴らしい車であることは否定しません。ただ、こういうものを使って頂きたく」
俺は懐から狼皮紙の巻物を一つを出して、ギルドマスターに手渡す。
「んん? こいつは羊の皮じゃねえな? 狼か?」
「さすがですねぇ。その通りです」
「やっぱりな、こうして灯りに透かしてみると、ほれ、毛穴の並びが羊と違うのが分かるだろう」
「うーん、毛穴ですか? え? どこ?」
俺の目には全然見えないレベルだ。目を近づけても分からない。
「見えねえか。ま、小さいからな。だが、これほど大型の狼を狩るのは大変だっただろう」
「いえ、ラドニールには優秀な狩人がいますので」
隣で静かに良い子にしているレムの頭を撫でてやると、彼女もえっへんとばかりに胸を張った。
「それより、こいつぁ……驚いた。この螺旋の長い金属バネを馬車に使うとはな。これで揺れを吸収しちまおうって寸法か。面白え。しかも中軸があるからよれたりしねえ」
狼皮紙に描いたサスペンションの図面を見て、ギルドマスターが唸った。ラドニールの設計技師と協力して、かなり具体的な図面になっている。
残念ながら、ラドニールの職人ではこれを実際に作るのはお手上げだそうで、ここに最初にやって来たわけだが。
だが……『金属バネ』か。
ギルドマスターは先程そう言った。
つまり、この世界、少なくとも『鉄血ギルド』にはバネがもう存在しているのかもしれない。
「ええ。この世界にはもうバネがあるんですか?」
「この世界? そっくりな物は無いがうちの時計職人がゼンマイを最近、発明してな。金属じゃ無いが、しなる木を使った小型カタパルトの試作品もあるぜ。なんて言うか、こう……跳ねて戻るからバネって言うんだ」
「なるほど、総称ですか」
バネというのは金属だけだと俺は思い込んでいたが、確かに言われて見れば、しなる竹も原理は同じである。
やろうと思えば、木のバネも作れそう。実用に耐えるかどうかは別として。
「よし! さっそくこいつを作ってみるか。おい、手の空いてる若い衆を五人ほど連れてきてくれ」
ギルドマスターがその場にいたドワーフの部下に命じて、職人が集められた。
「それで、この金属バネはどうやって作るんだ?」
ギルドマスターが俺に聞いてくる。
「あれ? そこはドワーフの凄腕マジックで、ちゃちゃっとできちゃうのでは?」
「いや、いくらオレ達が物作りのドワーフだからって、こう綺麗な円形の螺旋は難しいぜ? やれと言われれば、目分量の彫刻で型を作ってもいいが、できれば綺麗な形にしたいだろう。図面ならコンパスを使えば簡単にできちまうが」
「ええまあ、実用レベルならまあ、そこは適当でいいかと」
「ダメだ! 何を言ってやがる、そこを妥協したらダメだろがッ! 図面を超えるのはいいが、図面に追いつかないのはオレが認めん! そんないい加減な仕事ができるかってんだ」
もー、面倒臭い物作り職人だなあ。
「そうは言っても納期が大事なんですよ、親方。今すぐ作って私達が出発しないと、包囲網は作れません」
「ええい、期間は? まさか一日で作れって言うんじゃあるまいな?」
「いえ、できれば一週間くらいで」
「一週間か……焼き入れと調整に一日はかかるから、車体は既存の馬車を改造するとして、徹夜しても車軸の製造に丸二日はかかるな。野郎共! 五日で、これを作る方法を考えろ」
「いや、無茶ですよ、テツさん。今まで見たことも無い金属の形じゃないですか」
ドワーフの若者が渋い顔で言う。ギルドマスターの名前はテツと言うらしい。
「それがどうした。てめえらは師匠から教えられたもんしか作れねえってのか? ああ? それじゃ今まで誰が新しい道具を作ってきたんだ、あん? 言ってみろ、馬鹿野郎! いいか、師匠から習ったものを作れても半人前、自分で師匠が作らなかった物を創り出してようやく一人前だ!」
「はぁ。ですが、相手は金属ですぜ? 五日じゃちょっと……」
「いいからさっさと考えろ。自分の工房に戻って図面に書いたり、実際に金物をいじって試してみろ」
「無茶苦茶だ……」
ドワーフの若衆でも無茶な注文のようで、これはもう少し時間がかかるかな。
狼牙族が自分達の新しい王を決めてラドニール侵攻の兵を出すまでに包囲網をまとめ上げないといけないから、二週間以上かかるなら諦めよう。
だが、これは金策の一環でもあるのだ。
交渉には相手に示せる利益が絶対に必要である。