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第九話 人の道

 ラドニール王国の街道を北上し、北の国境を越えると、東西に延びる街道へと交わる。

 ここは以前、ミストラ王国の領土であった。

 今は盟友『ウサ耳独立国』の支配地域となっている。


「報告します! 街道に敵影無し!」


「ご苦労。ユーヤ様、まもなく『鉄血ギルド』の国境に入ります」


 馬車を護衛してくれているウサ耳国の将軍が告げた。


「ありがとうございます、おかげでこのまま安全に移動できそうです」


 俺もここは馬車の窓を開けて、笑顔できちっとお礼を言っておく。

 なにせ相手は独立国だ。

 たとえ国が小さくとも礼儀を失するわけにはいかない。


「なあに、我々に国を与えて下さった御方、礼には及びませぬぞ」


 ゴツい顔のウサ耳将軍が笑顔を見せてくれたが、顔に刀傷があったり眼帯をしていたりと、荒くれ者の雰囲気がありすぎだ。

 頭の上についている長い耳だけが凄くミスマッチで見る度に笑いそうになってしまうが、ダメだ、耐えろ俺、この人は怒らせたらヤバいタイプだ。


 無言で頷き、窓を閉める。


「しかし、ウサ耳どもがよく(しの)いでいるな。ミストラと小さな戦もあったと聞いたが」


 エマが言う。 


「リリーシュも協力して上手くやってくれてるんだろう。それに、数はそれなりなんだから、戦う意思と武器があれば彼らだって戦えるさ」


「私が前に見たウサ耳の奴隷兵は気概の無い弱兵だったが、見違えたな。兵も良く訓練されている」


「奴隷の日々を経験した上で、今は自由を勝ち取った。だから彼らも本気になるさ。自由と不自由は、実際に体験しないと分からないからね」


「ほう、ユーヤは奴隷を経験したことがあるのか?」


「いや、それは無いんだけど、レムの教育方針でちょっとリリーシュと揉めてね……」


「それはリリーシュが完全に正しいぞ」


「いやいや、内容を聞かずに俺を全否定とか、それやめてくれるかな」


「だが、どうせロリコン案件なのだろう?」


「ふっ……エマ。君とは婚約して半年になるが、まだまだお互いの気持ちや理解を深め合う必要がありそうだ。まぁ、割とロリ系の事柄だったりするけどね」


「やっぱりな。お前とリリーシュがレムの事で揉めるとしたらそれしか無いだろう」


「そんなことは……いや、言われてみれば、そんな感じだな」


「当然だ。二人とも、レムの事を第一に考えている。レッドドラゴンとして利用してやろうとか、ジャンヌみたいな輩と違って腹黒いところが無い」


「いやあ、『狼皮紙』ではレッドドラゴンの特性を()かしまくりなんだが」


「あの狼の皮は人間の冒険者にもクエストを出して買っていると聞いたぞ。レムも自分が嫌なら協力もすまい」


「そうだな。ワガママなところもあるし、乱暴なところもあるけど、根は良い子なんだよなあ」


 スヤスヤと俺の膝枕で眠っているレムの髪を優しく撫でてやる。

 ま、コイツが戦場で人間を狩らなくていいような方策を出さないとな。


「狼牙族との戦いにレムを使わないのはなぜだ、ユーヤ」


 エマがそんなことを聞いてきた。


「んん?」


「レッドドラゴンの力をもってすれば、ラドニール王国の勝利も確実だろう」


「それは……どうだろうな。この世界には他にも上位竜がいるんだから、こちらが竜を持ち出せば向こうも契約なりなんなりして呼び出してくるかもしれない」


 それが禁じ手かどうかは知らないが、魔法の剣でしか傷つかない竜が暴れれば、犠牲者の数が増えるのは容易に予想が付く。

 それはもう戦いと呼べるようなものではなく、虐殺だ。

 やはり戦にも作法があり、ただ相手を大量に殺せば良いというものでは無いはず。


 勝利条件に制限を付けてしまうのは、確かに戦の勝率を下げることにつながるだろう。


 だがしかし、人の道を踏み外してしまえば、たとえ勝利したとしてもケチが付く。

 ミストラのドラン三世が出してきたようなゾンビ兵を操るネクロマンサーも、死者の魂を冒涜するものだ。

 だから、敬虔な人々の反感を招いた。

 大規模な反乱が起きたのも、自分の親を墓から掘り起こされては堪らないと思った人もいただろうし、その自分だって死んだ後にどう扱われるか分からないのだ。


 俺は死後の世界なんてものは信じちゃいないが、安らかに眠ることを期待するしきたり(・・・・)は、死者だけでなく、生きている人間の扱いにも影響してくる。

 例えば、死人を粗末に扱う国が、今生きている兵士の命を大事に思うだろうか?

 王家の墓だけごりっぱ(・・・・)では、王家の血筋で無い者はその扱いの差を意識するときがいずれやってくる。


「それに、こいつはさ、獣はともかくまだ知性ある者を殺したことは無いんだ。まだ子供だぞ? それを戦場に出すとか、大人のすることじゃないよ」


 俺は理屈抜きに言う。

 向かいに座っているロークも「まったくその通りです、ユーヤ様」という感じでしみじみと頷いている。

 この大陸でも、いや、ラドニール王国の中だけの道徳かもしれないが、保護者を名乗りながら保護すべき子供を戦わせ、自分は安全なところにいるなんて、やはり風聞が悪いと感じられるのだろう。


 力の弱い子供さえも利用する国ならば、他の病人や弱者も過酷に使い捨てにする。

 弱者に戦わせる強者など、真の強者たり得ないのだ。 


「うむ、そうだな。その通りだ。やはり私の目に狂いは無かった。それでこそ我が夫に相応(ふさわ)しい」


「エマさんはさー、自信満々にそんなこと言ってるけどさー、前に、見極めたら俺を殺すとか言ってたよね?」


「あ、あれは……まだお前を見極められていなかったのだ」


 決まり悪そうに、プイと横を向くエマがちょっと可愛い。

 

「僕は最初に出会ったときから、ユーヤ様は善人で良い人だと信じていましたよ」


 ロークが人の良い笑顔を見せるが、ロークは人を疑ってかかるようなタイプじゃないからなぁ。


「フン、それは何か根拠でもあるのか、ローク」


 エマがやや不機嫌になってしまい、腕組みをしながら聞く。 


「ええ、だってクロフォード先生が呼び出した勇者ですし」


 尊敬し師事(しじ)する先生のことだから、間違いは無い、か。

 スキルはハズレちゃったけどね。

 魔術についても面倒くさがらずに何でも教えてくれる良い先生だ。


 教わったからといって魔法が使えるとは限らないけどね!


 大丈夫、きっと30才まで清らかな身体でいれば、魔法使いになれる……はず!


「ユーヤ様、『鉄血ギルド』の国境に着きました」


 ちょうど馬車の外から声がかかり、俺は恐ろしい誘惑に負けて童貞を守り抜く決意をせずに済んだ。


 いったん、馬車を降りたが、そこには関所らしきものもなく、ただ小さめの石碑が目印に設置してあるだけだった。


 石碑には達筆な彫り込みで、無愛想な文言が並んでいる。



『これより先、鉄血ギルドなり』

 

 これだけだ。



「連中は金や食べ物を持って行けば、武器を作ってくれますが、その他のことは……」


 ウサ耳将軍が渋い顔で言う。


「いえ、それで充分ですよ。では、ここまでの護衛、ありがとうございました」


「いや、心苦しいが、我らもこの土地を守るので精一杯、ギルドとの取り決めもあってご同行できないのが残念だ」


 客として入る分にはいいが、兵を入れるのは向こうも歓迎しないだろうからな。

 ウサ耳将軍と握手を交わし、馬車に再び乗り込む。


「ユーヤ様……彼らは協力してくれるでしょうか?」


 ロークが不安そうな表情を見せたが。


「勝算はある」


 俺は軍師として不敵に、そして静かに言った。

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