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第八話 包囲網の弱点を踏まえて

 三万以上の兵力を擁する武の大国、狼牙(ローガ)王国。

 それに対してこちらは包囲網を結成し、立ち向かう。


 天才軍師ユーヤの秘策……ではない。

 『信長包囲網』など、歴史には前例があるのだ。

 それを知っているかどうかで大きく差が付く。

 リバーシの角マスのように、相手の読みの上を行くことも可能になる。


「凄い! ユーヤってスキルが無いって言ったけど、それって、実は『能ある鷹は爪を隠す』なんじゃないの?」


 包囲網戦略について詳しい話を聞いたリリーシュが本当に勘違いしそうなので、やっぱり正直に言おう。

 必要なのは神格化された軍師像ではなく、戦に勝てる実務的な意見だ。


「ごめん、リリーシュ、さっきはついつい格好付けて俺のアイディアみたいに言ったけど、実はね――」


 戦国時代、織田信長に対する包囲網が三度も結成され、三度とも敗れ去った事実を話す。


「そう、あなたの故郷の前例なのね」


 敗退の話を聞いたリリーシュが苦笑する。


「ああ。だから、包囲網の弱点もすでに分かっている。国同士の連携不足と、もう一つは要所を守る武将の忠誠度だ」


 包囲網に加わるのは、織田の周辺にいるという『地形的な理由』ただそれだけであるから、元々、仲の良い国ばかりではない。

 一向一揆の本願寺と上杉家などは親の代から敵対していたし、上杉と武田も、織田が強くなる前は川中島の戦いで激戦を繰り広げていた。


 こうした包囲網は強くなった国に一国では対抗できないからこそ手を結んだのであり、弱小連合の将はその待遇がどうしても敵方より劣る。

 だから敵国から具体的な領土や報酬を示されれば、「えっ、アタシの年収ってこんなの!?」とヘッドハンティングの対象になりやすい。

 また、それだけ強くなっている国は『勢い』があるから、それにあやかろうとする武将だって多くなる。

 中小企業より大企業の方が良いと思うのは、やはり待遇や知名度が大きな理由として挙げられるだろう。


 だから包囲網の補給や連携を担うような地理的・戦略的に大事な砦になればなるほど、絶対に裏切らない武将に守ってもらわないと、『裏切るメリット』も大きくなるから要注意だ。


「うーん、聞けば聞くほど、狼牙(ローガ)王国の方が有利に聞こえてくるんだけど?」


「こちらの弱点の話だからね。向こうだって裏切りの武将は出てくるし、急に大きくなった国には必ず不満を持つ『叛逆(はんぎゃく)者』が内部に抱え込まれているんだ」


 たとえば、狼牙王国に攻め滅ぼされ、その一部となったユニコーンの国。

 信長も松永久秀や荒木村重の裏切りには手を焼かされ、最後には家臣であったはずの明智光秀に謀反で討たれた。


「そうか、敵も敵で新しい王を誰にするかで揉めているらしいし、困ったことがあるのね」


「そうだ。じゃ、さっそくアンジェリカやクロフォード先生と外交について話し合っておこう」


「分かったわ。二人を呼んでくるわね。姉様の執務室に」


「ああ」




 翌日、包囲網結成のためのラドニール外交使節団が王城を出発した。

 メンバーは、俺、ローク、エマ、レムと、それに護衛兵の六人、合計十名だ。

 リリーシュも行きたいと言ったが、この使節団は長期間にわたってラドニールに戻れないので自重してもらった。


 出発の時にアンジェリカとリリーシュ、それにロークの三人が照れくさそうに甘いチョコレートを俺にくれたが、遭難したときにもカロリーを保持できるようにという配慮だろう。

 この世界はファルバス教が広く信仰されているので、それ以外の甘ったるい邪教イベントの存在など俺は決して認めないのだ。

 二月十四日という日は我が輩のカレンダーには存在しない!


 ちなみに、聖法国も同じファルバス神を信仰しているが、こちらは至高神ファルバスを頂点する一神教に近い性質のようで、多神教の旧教とは別モノだ。

 今のところ、宗教問題でトラブっているという話も聞いていないし、ラドニール国内での布教を法律の範囲内に制限しておいて正解だった。

 一向一揆みたいに民衆を扇動されて戦争に加勢されていたら、今頃、大変なことになっていたはずだ。



「しかし、暖炉が無いとやっぱりキツいな」


 馬車に乗っている俺は寒さに首を縮めて身を震わせる。熊の全身毛皮を着ているが、それでも寒いものは寒い。

 やはり冬は暖炉の前に寝そべって本を読むのが一番だ。

 『こたつ』があればそれが最強だけど。

 残念ながらラドニール王国にはこたつが無いし、掘りごたつも色々と危険があるからな。魔道具さえ手に入ればいける気もするが、とても高価なものだからこれもラドニールには無い。

 

「では僕の炎の魔法で」


「よせ、ローク。ユーヤは際限の無い寒がりだ。馬車が燃えても困るだろう」


 向かいに座っているエマが止めた。


「そうですね……」


「ユーヤー、農夫が雪をどけて畑に何か植えてるぞ!」


「こら、レム、寒いんだから窓を開けるな!」


 植えている物は気になったので俺はちらりと外を覗いてから、ぴしゃりと馬車の窓を閉めた。


「ムー。それで、あれは何だ?」


 レムが不満顔で聞く。


「あれはたぶんブロッコリーだな」


 サヤエンドウやカブはもう十二月に植えたので、残った冬野菜はそれだろう。

 カブは元々ラドニールにもあったが、その他はミツリン商会のホードルが俺との契約に基づいて持って来てくれた苗だ。


「ほう、新しい作物か。どんなものなのだ?」


 エマが興味を示した。


「緑色のアフロ……いや、キノコみたいな形で、煮て食べる野菜だ。美味しいってほどじゃないけど、癖は少ないから食べやすい方かな」


「そうか。食べられれば何でも良い」


 竜人が住む高山地域で育つのか心配だが、まあ、育たなくても輸出でやりとりしているからな。

 向こうは川で砂鉄が採れるので、交易だ。

 地産地消が原則だが、その地域に無い物を持って行くのは有りだ。

 育てる作物の種類が多ければ、連作障害も避けやすいし、病気や天候による不作のリスクも分散できる。


「ユーヤ様、包囲網は間に合うでしょうか……?」


 ロークが不安そうな眼差しで聞いてくる。


「それは分からない。だが、今、狼牙王国は王を誰にするかで揉めている。だから、それが決まるまでは攻めてこないだろう。そこがチャンスだ」


「ええ。改めて、啄木鳥(キツツキ)戦法の効果が光りますね」


「あれはこれ以上無いくらいに上手く行ったけど、二度は使えない。のんびり引きこもって内政やりまくりたいんだけどなあ」


「では、外交は別の者に任せて……いや、ユーヤでなければ上手く行かないか」


 エマが言いかけて、俺の外交手腕を評価してくれたようだ。

 別の者に任せると言っても、エマはどちらかと言えば口下手な方だし、ロークはポーカーフェイスと駆け引きが苦手、レムは論外だし、リリーシュやアンジェリカは他の仕事で忙しい。


「外交官、ジャンヌみたいなのがいてくれればなあ」


 冬に出かけたくないインドア派の俺はしみじみとつぶやく。


「あのような腹の下で何を考えているのか分からぬような(やから)、私は好きになれん」


 エマは毛嫌いしているが、笑顔や外交辞令も心得ているジャンヌは外交官にはぴったりの気がする。

 もっと平和な世界なら、正直者の人物でもいいが、今は乱世と言って良いからな。


「それでユーヤ、まだ聞いていなかったが、手始めにどこの国から訪問するのだ?」


 エマが聞くので、俺は掛けてもいない眼鏡をクイッと薬指であげるフリをしつつ、格好付けて答える。


「北のドワーフ、『鉄血ギルド』だ」

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