第七話 勇者、倒れる
狼牙王国と聖法国の同盟軍――いや、実質で狼牙王国がすべてを決めているようなものだから、狼牙勢力と言った方が実態をつかみやすいか。
彼らの無理難題の要求に、臥薪嘗胆の心で和睦を成立させるべく、俺達はレムからもらった『封印石』を質に出して十万ゴールドを工面した。
だが、巨額の要求だから、それを国力の犠牲無しに用意するのも相当に難しい。
借金すればいいやと簡単に考えていた俺の目論みも外れて、結構ピンチだった。
そんな中、使い道の分からない宝玉にあれだけの高値が付いたのは予想外の喜びといったところだが、改めて『封印石』をもっと大事にすべきではと思ってしまったのだ。
もちろん、借金の形に渡すので、一年以内に十万ゴールドを返済することができれば、他に売りに出さないとミツリン商会からは確約を得ている。
レッドドラゴンの一族が守っていたのだから、レムにもこの話を伝えておこうと思い、使者を見送った後で彼女の部屋に向かった。
自分の部屋で、ロークに作ってもらった知恵の輪で遊んでいるレムに報告する。
「――と言う訳なんだ。だから、レム、手放すわけじゃないから」
「フーン」
あれ? アレはユーヤにあげたんだからいいよ! それはどうもありがとう! レムは良い子だな! よしよし! えへへー
そうなると思っていたのに、何か反応が違う。
「大事な物を売るような真似をしてまずかったか?」
「そうじゃなくて、ユーヤ、胸に手を当てて、考えろ」
「胸か……」
何かレムが怒る理由を俺が作ったようだ。『封印石』の他に?
……はて?
「ユーヤの胸で分からないなら、オレ様の胸でもいいぞー」
「マジか!」
幼女の未乳に手を当てて考えて良し、とは。
ヤバイ、一気に賢者までクラスチェンジか、天国へ行けそうな気分になりそう。
「ほれ、当ててみろ」
「くっ、ダメだ、レム、そんなことをしたら、そんなことをしたら……!」
「何だと言うんだ?」
「恐ろしい保護者様リリーシュ大魔神が黙っていない」
「ウーン……そう言えばユーヤにくっついちゃダメって言ってた。危なかった……」
「そうだな。自分を大切にするんだぞ、レム。俺も大切にしてくれ」
「分かった! でも、ユーヤが悪い。雪合戦、してくれなかった」
「ああ、なんだ、そのことか。じゃ、今からやるか?」
「やる!」
遊びたい盛りの幼女だ。
兵士とはもうやったようだが、また外に出てレムと雪合戦をする。
もちろん、いくら幼女の姿をしているとはいえ、相手はレッドドラゴンだ。
本気を出されたら、俺だけじゃ無くて城をも崩壊させるだけの力はあるだろう。
だから、『いいかい、レム、雪合戦とは雪を軽ーく投げて、いかにも全力を出してますというフリを競う遊びなんだよ?』と教えてある。
「じゃ、いくぞー、ユーヤ!」
「おーし、ばっちこい! ぐおっ!?」
160キロの剛速球にしか見えない雪玉が俺のほっぺたをかすって、その後ろ、ここから少し離れた場所にある城の壁に勢いよくぶつかって雪が飛び散る。
パシーン!ととても良い音をさせた。
「ちょ、ちょっと待ってくれるか、レム。それも強すぎるぞ」
「んあ? ああ、ごめん、兵士がもっと本気を出して良いって言うから」
「その兵士は無事なのか?」
「三人ほどダウンしたけど『良い訓練になります!』って喜んでたぞ? 怪我はさせてない」
「そうか……ならいいが、レム、俺はもうちょっと軽いのが楽しみたいかな」
「分かった!」
今度は緩い球が来た。
「おっ、やったなー?」
言うことを聞いてくれる幼女、とても愛らしい。
今度、メイド服や水着をお願いして着てもらおうかな。
レムなら断るまい。
裸はリリーシュ様に禁止されているからダメだが、それ以外なら際どい服や危ない水着でも――
「ユーヤ!」
「ふおあっ!? り、リリーシュ様!?」
背後に突然現れたリリーシュに俺は心臓が止まりかけた。
「だから、敬語禁止だって言ってるのに。あと、今の驚き方は何?」
「いや……ナンデモアリマセン」
「あなたがそういう時って、絶対、何かあるわよね」
「勘が良いなリリーシュ、だが俺は色々反省したんだ。どうやっても、俺は君の綺麗な瞳から逃れることはできない。君に会う度、見つめられる度に俺の胸がドキドキして苦しくなる」
「えっ」
「だから、君と仲良くする方向で色々、頑張ろうと思ってさ」
「う、うん。……いいんじゃない? 頑張るのは本人の自由だし」
リリーシュが艶のある金髪を指でいじりながら少し照れたように言う。
「そうだな。俺とレムと君で、三人で笑って過ごせるパラダイスを目指そう」
俺の裏の最終目標だ。
「んん? ちょっと待って。ユーヤ、今、レムの事を考えていたの?」
「ああいやいや、君の事だよ、決まってるだろ、リリーシュ」
「どうかしらね。それより、雪合戦、楽しそうじゃない。私も混ぜて!」
「いいぞー。レム! リリーシュも遊んでくれるぞ! リリーシュはちょっと強め、いやかなり強めでも大丈夫だ!」
「おう! それっ」
幼女が振りかぶって投げると、放物線では無く文字通りの一直線で雪玉がリリーシュに向かい、俺も自分で言ったのだがちょっとヒヤッとした。
しかし『剣姫』の異名は伊達では無い。
リリーシュはすかさず腰の剣を抜いてぶつかる直前に雪玉を切った。
それでも雪が飛び散り、なんだか雪合戦っぽい雰囲気だ。
「きゃっ、やったなー?」
剣を持ったまま、器用に左手で雪をこねて今度はリリーシュが投げる。どうやら彼女は両利きのようだ。
剣だけじゃなくて、リリーシュは運動神経も良いよな。
それは元からなのか、それとも剣の才があるせいか。
「うひゃっ!?」
こちらも手加減無しの一直線の雪玉で、レムもちょっとびっくりした様子だったが、すぐさま作り置きしておいた雪玉を拾い上げて連続で投げ返し始める。
兵士と遊ぶときに作っておいたのだろうが、賢い幼女だ。
リリーシュが避けるが、城の壁に雪の跡が何かのアートのようにくっついていく。
なんだか見ていて面白い光景――いやいやいや、これはもう雪合戦なんてレベルじゃねーぞ!
あんなのを俺にぶつけてこられたら――死ぬ。
「ま、待て、俺を狙うな――ぶぁっ!?」
二人が同時に俺に剛速球を投げてきて世界が緑色になり、意識が刈り取られかけた。
「あっごめん、ユーヤ」
「いけない、だ、大丈夫? つい本気で投げちゃった」
リリーシュが倒れた俺の頬を軽く叩いてようやく意識がハッキリしたが、もう次からこのメンバーでの雪合戦は止めよう。本当に討ち死にする。
「ふう、良かった。気がついたわね。ごめんなさい、ユーヤ、私が悪かったわ」
「いや、いいんだ、リリーシュ。おかげでひらめいた」
「え? 何を?」
「単独で相手に敵わないなら、仲間を呼べば良い。狼牙王国には包囲網で対抗する」
戦略的な、国家単位の包囲網だ。
逆光の中、キラキラと光る雪はラドニール王国の可能性を見事に示している。
その結晶の一つ一つは小さくて弱くとも――固まれば強くなるのだ。