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第六話 金策

 聖法国オルバの使者との和平交渉が無事に終わった。

 条約に署名するのは使者が本国のジャンヌや重鎮達と相談してからになるだろうが、その前に約束は果たさねばならない。


 ラドニール金貨十万枚相当を持ち帰ってもらう約束だ。


 随分とふっかけられたが、その金額で大勢の兵と国民の命が助かるとなれば、決して悪い買い物では無いはずだ。

 これは『今はまだ戦う時では無い』という臥薪嘗胆であり、永遠にたかられるつもりは毛頭無い。

 いずれ全額、返してもらう。


「払うのはいいとしても、そんな金貨、うちにあるの?」


 玉座の間を出た直後、リリーシュが聞いて来る。

 俺とリリーシュとアンジェリカ、三人とも早足だ。

 何せ「土産物を今お持ちしますから少々お待ちを」と笑顔で言って使者を別室に引き留め、ロークにお茶を入れてもらっている間に、俺達はその土産物『金貨十万枚』を用意せねばならないのだ。


「宝物庫の金貨が、公式記録で七千五百枚、『裏帳簿』で差額三千枚、あと、私の執務室の引き出しに『へそくり』で一万枚あるから、二万と五百枚はすぐにそろうわ」


 宝物庫の鍵を預かっている内政長官のアンジェリカがさらりと言う。

 それでも半分以下だ。


「ちょっと(あね)様……裏帳簿の存在と、へそくりの多さにツッコミを入れたいけど、もう後でいいわ。でも、そんなにあるなら、兵の装備に回したかった!」


 リリーシュが普段から口癖のように「兵の装備!装備!」と言っているが、まあ、これも将軍の役職にある武官だから当然とも言える。

 もちろん、そこは文官の役職として俺は発言しておかねばなるまい。


「装備に全部使っていたら、今、相当困ってただろうね」


「そうだけど、戦には勝ったのよ? 狼牙(ローガ)王国とだって戦えるわ」


 リリーシュが自信を持って言うが、危険だな。

 勝って兜の緒を締めよ、ともいう。


 奇襲は何度も成功しない。相手が警戒する。


 特に、痛い目を見たはずの向こうの軍師や将軍は、今度は本隊を一番多くするか、王は城に引きこもって将軍だけしか出てこないだろう。


「無理だ」


 俺はハッキリとその事実を明確にする。


「ええ? なんですぐそうハッキリ断言するのよ」


 そりゃ、開戦一年は存分に暴れて見せましょうぞ、なんて期待を持たせる発言をしたら、楽観的なリリーシュ脳はさらにその方向で勝利を夢見ちゃうからな。

 意思決定の場では誰も(・・)が事実に基づいて判断を進めねば。


「もう奇策は通じない。戦力差も十倍以上、これで勝てると思ってる奴はタダのバカか、狂信者だ」


「くっ……でも、将の力量でなんとか」


「君がどれほど優秀な将軍かは俺も良く知ってるよ。でも、それでもあのゴーマンが十倍の兵を持って来たら、一騎打ちでも勝てないよね?」


「それは……」


 狼牙族のゴーマン将軍とは、聖法国で一度、ご挨拶がてらに手合わせしているから、リリーシュも相手の実力は良く把握できている。

 彼女は拳を握りしめると唇を噛みしめて顔を下に向けた。


「今はまだ勝てない。だが、きっと君に勝ち戦をやってもらう。だから、それまでは我慢してくれ」


「ええ、その言葉、信じるわ、ユーヤ」


「それで、ユーヤ様、物品を商人に売るとして三万枚は上乗せできるかもしれませんが、残りの不足分はどのように?」


 アンジェリカが問う。


「まあ、そこは借金で」


 逆立ちしても出てこない物は、借りるしか無い。

 増税はしない。

 今は内政を拡大しないと逆転勝利の目も無くなってしまう。

 だから、国内の経済に悪影響をもたらす増税は絶対にやらないし、できない(・・・・)


「そうなりますか……でも、貸し手が付くかどうか……」


 アンジェリカが弱々しい声で悲壮感たっぷりに言ってくれたが、今のラドニールなら、付くと思うんだけどな。

 『狼皮紙』という特産物が恒常的に採れるようになっている。

 モンスターの狼は今のところ絶滅の兆しは見せておらず、レムも前と比べて同じくらいの数しか獲っていないそうだから、レッドドラゴンの生態系が維持できる量は必ず湧いてくるはずだ。


 もし、借りられないようなら、レムにひと肌脱いでもらうとしよう。

 もちろん、幼女としてのエロ方面ではなく、レッドドラゴンとしての活用だ。

 

 ポテトチップスやたこ焼きなどのラドニール新名物も投入しているが、それはすぐ大金が入るという類いの物では無い。

 専売特許を商人に渡すなど、ロイヤリティーを売れば高値が付きそうだが、それではラドニールの将来の収入が減ってしまう。


 さっそく、使いの兵を走らせたが、頼みの大商人、ミツリン商会ホードルとバッグス船長は現在、行商に出ていて不在だという。

 支店からそれぞれ代理の部下がやって来てくれたが。


「借金のお話でしたか……」


 ホードルとよく似た垂れ耳の商人がこちらの話を聞いて、ガックリした様子を見せた。

 そこは商人なら貸し付け融資のビッグビジネス!喜べよ!と俺は思うのだが、現実は世知辛い。


「バッグスの親分には『相場より安い値段の必需品なら買って良し、ただし三万までだ!』とキツく言いつけられてますんで」


 もう一人のバッグス商会の方も肩をすくめてみせ、さすがに政府相手の大口案件の融資は支店長クラスでは務まらないようだ。

 

「仕方ないわね! 私が商品になるわ。それなら五万くらいは貸してくれるでしょう」


 リリーシュが胸を張ったが、その胸で五万ゴールド(五億円)か……。大きく出たな。

 ちょっとニッチな商品だ。俺はお金さえあれば全力買いするけどね!


「リリー! いけません!」


 さすがに姉様が本気で怒る。ま、王女という立場だし、身売りさせるくらいなら増税する方がマシだ。

 それだけリリーシュは国民に愛されてるからな。


「ええ? ちょっとヒマなときに護衛の仕事を引き受けるだけよ? それでもダメなの?」


「「「 ええ? 護衛? 」」」 


 その場の全員が二度驚く。


「リリー、後で話があります」


「んん? 分かったけど……」


 成人の儀を済ませたはずのリリーシュだが、そういうことには疎そうだ。


「うちの護衛は要りませんぜ。『剣姫』の強さはよーく知ってますが、うちも切った張ったのそういう稼業なんで」


 こいつら絶対、商人じゃ無くて海賊だよな?!

 裸チョッキだし。 



「では、宝物庫の宝物の買い取りをお願いします。後で買い戻すことも考えているので、質という形がいいですね」


 アンジェリカが提案した。


「お待ちを。もしや、それは宝冠の(たぐ)いでしょうか?」


 ミツリン商会の商人が懸念したような顔で聞いてくる。


「ええ、そうです。それなりに大きな宝石も付いていますし、由緒あるものですから」


「申し訳ありませんが王女殿下、ミツリン商会では、その品はお引き受けできません」


「なぜでしょう?」


「恐れ多いですが、誤解無きようハッキリ申し上げますと、王家の証となるような物は王位継承権とも絡んで、買い手のお客様もなかなか……代金が支払えるからと言って簡単に手が出るというものではありませんので」


「ああ……なるほど。貴族が買っては、謀反の疑いの心配も出てくるわけですね……私としたことが、軽率でした」


 おっと、宝物庫の物が売れないとなると、ちょっと厳しいな。


「じゃあ、王家の証でなければいいのよね? 普通の宝石とか」


 リリーシュが言うと、アンジェリカが首を横に振った。


「いいえ、リリー、そういう物はすでに売り払ってあるのよ。残っているのは儀礼用に使う事があったり、代々大事にしてきた物だけだから……」


「うわ、じゃあ、どうするの?」


 リリーシュが顔を青くして姉様と俺を交互に見る。


「仕方ない、ここはレムを使うしか……あ、そうだ、『封印石』があったな。アレを持ってこよう」


 俺は言う。

 レッドドラゴン一族が守っていたお宝だ。

 リバーシ勝負で巻き上げ……ゲフンゲフン、勇者が正当な戦いで手に入れた戦利品だ。

 あれからレムも返せとは言ってこない。

 何に使うものか一応聞いてみたが、レムも全く知らないそうだ。


「ああ、あの紫色のまん丸い宝玉ね?」


「そうだ。アンジェリカ、持って来てくれるか」


「ええ、分かりました」


 あの激戦の後、国王に献上したが、これは勇者が手に入れた物だからと、そのまま所有権は俺になっている。

 ただ、それなりに大きな宝石だし、なーんとなく取扱注意の気がしたので、安全のため、城の宝物庫に保管させてもらっていた。


「お持ちしました」


 アンジェリカと衛兵二人が宝玉と、それにいくつか売れるかもしれない宝剣などを持って来た。


「では、査定させて頂きます。ほう、これは珍しいですな。いったい、どこから?」


 ミツリン商会が『封印石』に興味を示したので、戦いの経緯は都合良くはしょって(・・・・・)、レッドドラゴンが守っていた物だと言うことだけ告げる。


「ほお、そのようなものが……いいでしょう、これは大変価値がありそうです。これでしたら、質として十万ゴールド、即金でお渡ししましょう」


「「 やった! 」」


 だが、ミツリン商会がそこまでの高値を付けるのだから、やはり価値はある。

 あくまでもこれは借金にしておこう。

 レムの一族が大事にしていたものなんだから。

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