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第五話 蟻の答え

 聖法国オルバからの使者が、今回の戦の和平交渉を申し入れてきた。

 が、その条件はこちらが一方的に金品を向こうに支払う内容だった。

 リリーシュが激怒するのも当然だが、アンジェリカは沈黙を守ったので、相手との国力の差を考えれば、あり得る(・・・・)要求なのだろう。


 俺が気になったのは、第二の条件として持ち出された麦袋の要求だ。

 策士ジャンヌの意向も入っているだろうし、「第一の条件、金貨十万枚と麦袋一万を寄越せ」と金品をひとくくりにしなかったのはおそらく意味がある。

 それは食料不足が関係しているのでは、と思ったので俺は使者に問うたが。


「は、三年続いた大飢饉により、我が国でも正直、戦などできる状態ではありませんので」


 じゃあ戦を仕掛けてくんなよ! と思うのだが、そこは毛むくじゃらなボスの意向で仕方なくということか。

 聖法国では毎食大量のご馳走が出て来たが、あれも結構無理して食糧豊富に見せていたのだろう。ジャンヌのやりそうなことだ。


狼牙(ローガ)王国も同じ状況ですか?」


「いえ、あちらは『大陸公路』があります。ですから、我々よりは食糧事情もマシなはずなのですが」


 『大陸公路』とは、この中央大陸を東西に横断する主要交易路であり、地球で言えばシルクロードである。

 多くの行商が行き交い、その交易路が通っているだけで国内の宿場町も儲かり、遠方からの珍しい品物が大量に手に入るウハウハの道だ。

 残念ながら、ドーアハイド山脈が険しく道が悪いために、サザン川より南東の交易路は細々としていて無いに等しい。 

 大きな都市も無いから、狼牙王国が事実上の最東端、終着駅である。


「大陸の西は飢饉の影響があまりなかったと聞いていますが、違うのですか?」


 俺は聞いてから、これは大商人のホードルやバッグス船長に聞いた方が早いと思い直した。

 敵方が正直に情報を教えてくれる確率の方が低いし、真偽の分からない情報ではあまり意味が無い。


「私もそう聞いておりますが、何とも。ただ、『大陸公路』から入ってくる品が全般的に値上がりしています」


 理由は不明だが、品物が全部値上がりしているのなら、食料品も細っているのかもしれない。


「ちょっといいかしら。姉様も」


 リリーシュが俺の腕を引っ張り、アンジェリカと一緒に玉座の裏へ回り込む。


「断る一手よね?」


 小声でリリーシュが聞いてくるが。

 彼女は無意識なのだろうが、ちょっと顔が近すぎる。リリーシュのあどけなさの残る唇が気になってしまい、俺はそちらに視線が吸い寄せられてしまった。


「ええ、武勲と忠義を立てたガルバス将軍を引き渡すわけにはいかないし、勇者ユーヤ様については論外です」


 アンジェリカが頷く。ただし、それは三番目の条件だ。


「ま、それ以外は条件交渉だな」


「ええっ? ちょっと、ユーヤ、冗談でしょう」


「冷静に考えてみてくれ、リリーシュ。向こうから使者を寄越したということは、連中には停戦の意思がある。おそらく狼牙王国は次の王選びで忙しくて、国外の事に気を取られたくは無いはずだ」


 わざとフェイクの和議を結び、ラドニールが油断したところに奇襲を仕掛けるという策も可能性としてはあるが、大国の狼牙王国がそのような小手先の手を使うとも思えない。

 彼らは奇襲に敗れたのであって、正面から正々堂々とぶつかれば、力で簡単に勝利できるのだ。


「私は絶対に嫌よ。向こうが悪いのに大事な食料をくれてやるだなんて」


 リリーシュは完全に正しいが、結果としてこのまま戦争を続ければ兵の糧食も消耗が激しくなる。五百人ほど、25%も兵を増やしている状態で、その中には農夫もいるわけだから、春の大麦やライ麦の収穫も少なからず影響が出るはずだ。

 二期作だから収穫が遅れれば次の種まきも遅れ、生育不十分のままで秋の収穫をやる羽目になりかねない。

 食料も足りないが人手だって足りていないのだ。

 

「でも、このまま戦って負けてしまうよりは良いかもしれません」


 アンジェリカが悲しそうな微笑みを見せたが、負ければさらなる要求をされることだろう。


「それは……」


「リリーシュ、今は臥薪嘗胆だ。いつか必ず狼牙王国に完全勝利してみせるから、ここはこらえてくれないか」


「むう……二人とも同じ意見なら、私が折れてもいいけど、食料は今だってカツカツなのよ?」


「分かっている。そこは上手く交渉するから俺に任せてくれ」


 幸い、向こうは兵の削減や砦や城の明け渡しなどは求めていない。

 将軍と軍師の引き渡しさえ拒絶できれば、巻き返しのチャンスは必ずある。


「分かった。ユーヤを信じるわ」


「ありがとう。じゃ、アンジェリカもいいね?」


「ええ。軍師にすべて一任します」


 国王はアンジェリカに任せているから、これでこの交渉においては全権を委任された。



 さあ、交渉だ。


「お待たせしました。こちらの方針が決まったので、細かな条件交渉と行きましょう」


 にこやかに俺は使者に向かって言う。


「結構ですな。それで、そちらの希望条件は?」


「はい。まず一つ目の要求、金貨十万枚ですが、飲みます。耳をそろえて即金でお渡しするのであなたがそのままお持ち帰り下さい」


「ええっ?! ユーヤ!?」

「ほう、全額ですか」


「ええ、全額です」


「ちょっと……」


「リリー、将軍として一度信じると言ったのですから、貫きなさい。交渉に差し障ります」


「ううん、姉様が異議を唱えないなら、それでもいいけど……」


「もちろん、一任した以上、異議は無いわ。大丈夫、それくらいは払えます」


「ホントかしら」


 ホードルかバッグス船長に借金しないとダメだが、彼らならこれくらいの金貨はすぐに用意できるはずだ。

 金貨がすべてラドニール金貨でなくとも、等価の物品なら文句は言うまい。そこは聖法国が上手く調整してくれるだろう。


「二つ目の要求ですが、こちらも食料が不足していて、すぐにお渡しするのは無理です。ですが、春の収穫が終わり次第、九千袋は用意しましょう」


「いえ、それは困ります。少しで良いから、先に渡してはもらえませんか」


「では、今は五百袋ということで。それ以上は本当に無理です」


「分かりました。そのように本国に掛け合ってみます」

 

「三つ目の要求は人事が国王の専権事項ですから、国王がお決めになるまでは保留とさせてもらいます」


 永遠にね。

 ただし拒否の明言はしない。


「ふむ……」


 使者が自分のアゴをさすり、しばし難しい顔をして考え込む。

 条件はこれ以上無いくらいに良いはずだ。現実的にラドニール王国が飲める要求としては、だが。


 それでも、この派遣された使者が自分の野心のために、上層部(ジャンヌたち)の見立てを上回る要求を上乗せしてくる――ということもあるかもしれない。

 聖法国とラドニールは戦争状態に入ってしまったが、双方とも直接に剣を交えたわけでもなく、犠牲も出していない。

 別に犬猿の仲というわけではないので、同じ人間族ならば、配慮くらいしてくれそうなものだが。


 あるいは、譲歩しすぎて、怪しまれたか?


「よろしいでしょうか?」


 アンジェリカが使者に向かって話しかけたが、これは俺に一任すると言った手前、俺に対する許可を求めたものだろう。

 俺は黙認して彼女が何を言うか見届けることにする。


「ええ、なんなりと」


 使者も頷き、アンジェリカが言葉を続けた。


「今回、このように双方にとって不運な出来事となりましたが、私は聖法国を信頼(・・)しております」


「あ、姉様!?」


 リリーシュがショックを受けた表情で、いったい何をという疑念と怒りの混じった眼差しを姉に向けたが、これは外交上のリップサービス……でもないだろうな。

 アンジェリカは心の底からそう考えているのだろう。


 聖法国オルバは、かつて獣人の圧政に虐げられた人間族が中心となり、異種族の支配をひっくり返した。

 さらに各地から逃れてきた人間族が集まって大きくなった国である。

 それはすべて、人の(よすが)だ。

 その理念を見つめるならば、彼らは同じ人間の国であり、狼牙族に敵対するラドニール王国に手を差し伸べないはずがない。


 物事を優しい心で受け止められるアンジェリカは、だがもちろん、現実も理解している。

 吹けば飛ぶような小国において、実務担当者がお花畑ではあっという間に淘汰(とうた)されるのだから。

 それでもなお、この場で信頼と口にできるのは、重責の立場からしても勇断と言うべきものだろう。


 先に攻め込んだのが相手方ならばなおさらだ。


「おお! もちろん、私もラドニール王国を信頼しております」


 使者が表情を一変させ、即座に同じ言葉を口にした。

 非難の応酬とならず、心と心が通じ合う。

 そのような外交もあるのだなと、俺はちょっとした感動を覚えた。


「そんな上辺だけの言葉が信用できるわけないわ!」


 リリーシュが思ったことをそのまま口にするが、それは相手側も同じ事である。

 だからこそ、信頼や感情を損ねるようは発言はこの場で言って欲しくは無かった。

 でも、これは逆手に取れるか?


 俺もリリーシュとまったく同じ気持ちなんだが、ここはあえて利用させてもらおう。


「外交とは剣では無く、言葉で交わすものです。ご自重下さい、姫様」


「その言葉に重みが無……」


 リリーシュは言いかけたが、途中で止まる。

 自分の姉の言葉の重みまでは否定できなかったようだ。

 姉が相手を信頼すると言ったからこその重み。

 そこには姉に対するリリーシュの絶大の信頼が現れている。


「いやはや……これも姉妹の絆というものでしょうか、それともお人柄か。信頼とは、斯様(かよう)に難き物ですな。ですが、分かりました。この条件で本国に持ち帰ってみましょう」


 使者が破顔(はがん)一笑(いっしょう)し、和議は成立に向けて大きく動き出した。

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