第二話 餅つき後編
ラドニール王国で初めて採れたお米を餅にして、小分けしている。
「ふふっ、レムったら。でも、こうしてみんなでお餅をこねるってのも、なんだか楽しいわね」
リリーシュが優しい笑顔で言う。
「そうだな」
「勇者殿、後は我らで引き受けます。次の工程を」
「分かった」
兵士が言うので、今度は調理に取りかかる。保管の方はパン用の木箱を積み上げればそれで終了だ。
「オホン、では、餅の調理方法を説明する。色々なのがあるが、代表的な、焼く、煮る、この二つを紹介する。まずは一番手軽な直焼きだな」
俺は用意してもらった七輪の上に鉄網を置き、その上に餅を載せる。
「焼く時間はどれくらいですか」
ここの料理長が熱心に聞いてくるが、俺も正確な時間は知らない。
「さあ? でも、焦げずに膨らんで来るので分かりますよ」
しばらく見ていると、餅がぷくっと膨れてきた。
「「「 おお 」」」
そんなに驚く事じゃないけど、初めて見る人にとっては面白い物なのだろう。
「ユーヤー! 膨らんだぞ!」
「そうだな、レム。じゃ、一番手で食って良いぞ」
「いただきまーす!」
ちゃんと人間の礼儀をやってから、素手で引っ掴んで丸ごと豪快にパクッ、ゴックンと一口で行くレム。
「んまー!」
お前それで本当に味が分かるのか? まあいい。
「それは良かったけど、人間だと火傷するわよね?」
「ああ、そこは気を付けてくれ。こうやって醤油を塗ったり、海苔で巻いても美味しいぞ」
海苔はバッグス船長が俺のアイディアを元に製品化までやってくれた。現代日本のあの薄い均等なのは無理としても、ちゃんと食べられるシート状になっていて、味もそれなりだ。
醤油と味噌ももちろん、ジェスパから仕入れたものだ。ここの料理長が自家製を試しているが、製法がなかなか難しいらしく、成功したとはまだ聞いていない。まあ、時間もかかるかな。
「あ、香ばしくて良い匂い! これ、醤油じゃなくて、たこ焼きソースや、モルネーソースや、オレンジソースでも行けるかも」
リリーシュが言うが、オレンジはどうだろうな。まあ、現地の人が好みの味で食べれば良い。
この瞬間、餅は餅では無く、モチになったのだ。
カリーがカレーとして、元祖のインド料理とは似ても似つかぬ物になったようにこれも派生料理だ。
「さっそく、ソースを用意しましょう」
料理長が若手やメイドに指示して色々なソースを試すようだ。
五つくらい同時に焼いているが、全員に行き渡るのには時間が掛かりすぎるので、メイドさんに管理をバトンタッチして、次の料理へ。
「もう一つは、煮る。やっぱり正月は『お雑煮』だろうけど、『おしるこ』も棄てがたいからな。料理長」
「はい、用意してあります」
魚ベースのスープにニンジンなどを入れたスープと、小豆を砂糖で煮込んだ二種類。
さらにその鍋に餅を入れてぐつぐつ煮込む。
「時間はひとまず、このくらいでどうかと」
料理長が味見してくれ、それでお椀に入れて食べてみる。
「ハフハフ、おお、これは美味しい」
白身魚の灰汁と臭みの無いスッキリした味わいの風味と、ニンジンの甘みがスープを通して口の中に染み渡る。
それに、この懐かしい味はやはり醤油かな。
「文献を漁り、三代目勇者様が好んで食べたと言われるスープと、ジェスパの代表料理から考案した味です。故郷の味に迫れましたかな?」
料理長が聞いてくる。
「ええ。いやあ、さすがプロ、参りました」
「うん、コレは美味しいわね。ブイヤベースでも食べてみたいけど」
リリーシュの言うブイヤベースは夏に食べたが、トマトが入ってたな。
「んまんま」「美味しいです」
他の者にも好評で、これはラドニールの新しい名物料理となってくれそうだ。
「どうやらこちらも上手く行っているようね」
みんなでハフハフしながら食べていると、空色のドレスに身を包んだ銀髪の貴婦人が厨房に足を運んできた。
「姉様! 遅ーい! もうみんな食べてるわよ」
「ごめんなさい、貴族達の新年挨拶を受けていて遅れてしまったわ」
「そんなの適当に断っておけば良いのに」
「そうも行かないわ。では、私も一杯、頂こうかしら。もうお腹ぺこぺこだわ」
「では、アンジェリカ様、出来立てのお雑煮からどうぞ」
料理長がおたまで掬ってお椀に入れて渡す。
「熱いのでお気をつけ下さい」
「ええ、ふーっ、ふーっ」
銀髪美少女が口をすぼめてフーフーする姿、なんだかいいね!
「おしるこもあるぞ、ユーヤ」
もっと眺めていたかったのだが、エマがずいと俺の前に出て来て視界を塞いでしまった。
「ああ、ありがとう。悪いがエマ、ちょっと待っててくれ」
俺は手に持っている雑煮をやっつけようと餅と格闘する。
「どれ、余の食べる分も残っておるかな?」
国王も姿を見せた。
「これは陛下! 言って下されば、お持ちいたしましたのに」
「良い、こうして皆で集まって食べるのも醍醐味というものであろう」
「御意」
料理長が鍋から掬って入れようとしたとき、俺は大事なことを思い出した。
「あっ、料理長、餅は一番小さいのをお願いします」
「いえいえ、何をおっしゃいますか、もちろん陛下には一番大きなものを」
そりゃ一番偉い人だから、そうなるだろうけど。
「いや、それはマズいんです。言うのを忘れていましたが、これは少々危険な食べ物でして」
「なんですと!?」
「なにっ!?」
にわかに兵士達が緊張してしまう。
「いえ、毒の類いではありませんから、安心して下さい。ですが、飲み込む力や噛む力が弱い者、病人や老人、それに幼児が一度に飲み込もうとすると喉を詰まらせ、最悪、死に至ります。私の故郷でもそれで毎年、何人かは死んでいました」
「そうでしたか……分かりました、では切り分けますので」
「うむ。まあ、余は健康体だがな。それに、まだ若いぞ」
「ええ、もちろんです。お立場ということで」
「そうか」
俺の頷きに国王は笑っていたが、この人、あんまり健康そうには見えないんだよなあ。年齢は聞いていないが、総白髪になってるし。アンジェリカやリリーシュも自分の父親にはなるべく無理をさせないようにと、そこかしこで配慮してる節があった。
「勇者様、そう言うことは先に言って頂かないと」
アンジェリカがやんわりとだが難しい顔で抗議してきた。まあ、VIPに食べさせてるんだから当然だな。
「本当にごめん、アンジェリカ。当たり前のことだと思ってたから、ついうっかりしてて」
常識はこういうときが厄介だ。
「では、法律で餅の大きさは五センチ以下とし、老人と病人と幼児に食べさせるのは禁止とします」
「ムッ!?」
アンジェリカの言葉に、レムがピクッと反応するやいなや自分のお椀をさっと後ろに隠してしまったが、自分が幼児の範囲に入って食べられなくなるのを恐れたようだ。
そこは心配のしすぎだ。誰もコレでレッドドラゴンが死ぬとは思ってないし。
「ふふ、それでは食べられぬ者が可哀想ではないか。禁止では無く、料理人の告知注意義務とすれば良い。工夫次第で問題なく食べられるであろう」
「はい、浅慮でした。ではそのように。大丈夫よ、レムちゃん、取り上げたりしないから」
「ふう、良かった! へーカー、かたじけない!」
「ふふ、いや、気にせずとも良いぞ。なにせ、あのままでは余も食べられなくなるからな」
皆が笑いに包まれ、お腹もいっぱいになり、ラドニールの今年の新年節は明るいものになりそうだ。