第二十八話 キツツキ戦法の大勝利
(ショーンの視点が続きます)
軍議を終えた狼牙軍はすぐに王城ハールッツの城門からカイツ砦に向けて騎兵一千、歩兵五千で出撃した。
本当ならばもう少し兵士をそろえたいところではあったのだが、一日で落とすと豪語してしまったからにはさっさと片付けねばなるまい。
もちろん、移動にかかる時間は除外だ。
移動だけでカイツ砦まで一日以上かかってしまうのだから、そこは土台無理というもの、あの場にいた全員が分かっていて当然のことだ。
そこは三日で片付けますと言っても大して盛り上がらないのだから、少しでも見栄えを気にしなくては。
ローガの戦史という記録に残す一戦になるのだから。
『軍師ショーン、たった一夜でラドニールを壊滅す』
んんー、素晴らしい! エクセレント!
後世の歴史家や貴婦人がその一文を見て興奮するに違いない。
「して、ショーンよ、一番槍をハイネに譲ってやったのだ。これで上手く行かなかったら、タダでは済まさんぞ?」
せっかく良い気分で浸っていたのに、一番槍の事をまだ根に持っているようで、ゴーマン将軍がうるさい。
「ええ、ええ、もちろんですとも」
にこやかに頷きつつも、内心でショーンは舌打ちしていた。
ゴーマンめ、本当に傲慢だな!
だいたい、お前に任せていたら、作戦通りに動かないだろ!
敵を後方からつついて本隊のこちらへ誘導しなきゃいけないのに、敵を見たら突っ込むだけのゴーマンにそれが上手くできるとは思えない。
本人は「できる!」などと言っていたが、これは大事な一戦だ。とても任せられない。
一方のハイネ将軍は、派手な武功が無いものの、こちらの指示はちゃんと聞くので使いやすいのだ。
北の巨人族や東のドワーフ族との戦いでは、ゴーマン将軍の補給も考えない猪突猛進にさんざん手を焼かされたものな。
結局、あちらとは一進一退の膠着状態で、領土もろくに拡大できていない。
軍師の責任問題になりかねない話だ。
「それにな、あの騎馬隊はこのオレが育てたのだぞ!」
「はいはい」
ちっ、うっせーな。
「ショーンよ、ゴーマンもどうやら不満の様子。ここはこちらも動いて包囲を狭めてみてはどうか」
平野に陣を布き、簡易な椅子に座っているロボウ王が言う。
「はあ、ですが」
ゴーマンを前線に出してしまうと、陛下の目の前で華麗にビューティホーに敵を殲滅するという私の作戦が水の泡だ。
「いいのではありませんの。ゴーマンもさっきからうるさいですわ」
まずいな、ブランカ王女も同意してしまった。
「フフ、我が最愛の娘、ブランカもこう言っておるのだ。啄木鳥とは木をつつき、驚いて這い出てきた虫を食う鳥。啄木鳥作戦とは、これに習い、別働隊が砦の反対側からつついて敵をおびき出す作戦だ。ならば、一度顔を出した敵をゴーマンが一足先に叩いても一向に構わぬではないか」
笑顔で解説してくれたロボウ王は武名こそ欲しいままにしていたが、長い間、子宝に恵まれず、ようやく十二年前に生まれた一人娘を溺愛している。
普段は恐い顔をしているのに、形無しだ。
ショーンはため息交じりに頷いた。
「分かりました。陛下と王女殿下がそうお望みでしたら、この軍師ショーン、知恵をひねるしかありますまい」
旨味の無いプランBだ。
だが、たとえ旨味が無くとも、客の要望に応じたメニューを出すのが一流の料理人、一流の軍師というものであろう。
「おお」
「当然ね!」
「では、ゴーマン将軍、歩兵四千を率いて、カイツ砦に向かって下さい」
「ほう! 気前が良いな、四千とは。だが、ショーン、守りは良いのか?」
「あー、いいっすよ、別に。どうせここまで敵も辿り着けないでしょう」
王の目の前でやっつけるから、派手なのに、それができないなら、ゴーマンが手柄を一人で持って行っても別に構わない。
一応、作戦は私が立てたのだし、勝利なら皆に褒美が渡るはずだ。
「ガハハ、もちろんだ。ハイネにこのゴーマンも挟み撃ちにするのだからな! 敵は袋のネズミ同然よ!」
脳筋ゴーマンの言葉を聞いて、さすがにショーンも一抹の不安を感じてしまった。
「くれぐれも砦から彼らを討ち漏らさぬように」
釘を刺しておく。いったんネズミが砦から出てしまえば、包囲の袋は成立しないのだ。
「分かっている! では、陛下、王女殿下、ゴーマンの武勇をとくとご覧あれ! 全軍、突撃ぃいいい!」
あのアホ、今から全速突撃を噛ましてたら、砦に辿り着くまでに兵がへろへろになるだろうが……。
まあいい、それでもこちらに負けの確率は万に一つも無い。
「ふう、ヒマですわ」
早いな、まだあれから五分と経っていないのだが。
「では、我が愛娘ブランカよ、ヒマつぶしに駒遊びでも余としてみるか?」
「いいえ、パパは強いから嫌ですわ」
「ぬっ、仕方ない、ショーン、相手をしてやってくれ」
「御意」
陛下もいい歳こいた大人なんだから、子供相手なら手加減くらいしてやればいいのに。
もちろん、私の方は接待プレイはお手の物だから、ブランカのお気に入りだ。
「またまたまた、大勝利~!」
「でかした! 我が娘よ」
ホント、このバカ親子、こっちが接待してやってるの、分かってないのかね。
「軍師のくせに、ショーンったら、大したことないですわ」
「まったくだな!」
ええい、ここは一度くらい……いやいや、負けるとブランカは超不機嫌になるからな。
聖法国でうっかり駒遊びで勝利したら、なぜかラドニールと戦争になってるし。
ま、弱小国なんて、この弱肉強食の世界では最初から肉となる運命だったのだ。
弱者など!
エリート中のエリートが集うサウスブルーマウンテン出身、この軍師ショーン様の踏み台にしてやるわ!
「オン、ベイシラマンダヤ、ソワカ」
「ん? なんだ?」
「「「 オン、ベイシラマンダヤ、ソワカ! 」」」
向こうの方から不気味な合唱が聞こえてきた。
いや、これは歌か?
メロディすら無い。
「なあに、この声、気持ち悪い」
「兵に止めさせるように言うのだ」
「はっ!」
王が指示を出して、すぐに入れ替わりに伝令がやってきた。
「も、申し上げます! 南より、敵兵!」
「「 なにっ!? 」」
慌ててショーンとロボウ王が立ち上がって、南の方向を見る。
そこにはこちらに土煙を上げて迫り来る黒き騎影の一軍が見えた。
「本当に敵兵かどうか調べよ! ハイネの部隊ではないのか」
そう言った軍師ショーンは伝令の言葉が信じられなかった。
なにせ、一時間前にゴーマンを送り出したばかりだ。砦に立てこもっている敵が、ハイネとゴーマンの包囲網を破ってくるにしても、早すぎる。
「しかし、旗は違います!」
「ええい、では、どこの旗だ!」
「分かりません! 『ビ』と書いてある旗が一つだけありますが、どこの国のものやら皆目見当も付きません」
「まさか、貴族の反乱か!」
ロボウ王がクワッと怒りの表情を見せたが、それも信じがたい。
ロボウ王は奴隷や平民には苛烈であったが、有力貴族達には寛容に接し、権力掌握に長けた人気王だ。
「その陣容、ロボウ王とお見受けいたす! 御身の首、頂戴つかまつる!」
突如、陣の内部に斬り込んできた黒い騎兵がそう叫び、ロボウ王に槍で襲いかかった。
「ええい、こしゃくな!」
武勇に優れたロボウ王であるから、混乱の最中でも自ら剣を振るい、対応できた。
い、行ける。
本陣に斬り込まれるなど、最悪の事態だが、我らが陛下ならば、やられることは無い。
どうも相手はただの人間、狼牙族では無いらしい。
「うぬうっ、これほどの力とは!」
黒騎士が逆に押され気味になり、呻く。
だが、その時、空から飛んできた矢が運命を変えた。
「きゃあっ!」
「ブ、ブランカ!」
それは一人の竜人族が放った流れ矢であった。もとは国王を狙ったものだが、国王の俊敏さゆえに、的が外れ、よりによって王女の足下の地面に突き刺さったのだ。
当たってはいないし、ブランカ王女ならば、この程度の矢も避けられる。
だが、王女を溺愛していた国王は注意がそれてしまった。
それを見逃してくれるほど、甘い敵では無い。
「好機! もらった!」
「ぐふっ!? バカな、このロボウが、人間などに!?」
首を槍で貫かれ血を吐きながら呻く王。
ダメだ、これは助からぬ。
終わりだ――。
ショーンはその場に両膝を突き、動くことすらできなくなった。
「聞け! ロボウ王はこのガルバスが討ち取った! これぞ軍師ユーヤの秘策、啄木鳥戦法なり! ラドニール王国の勝利ぞー!!!」
敵が高らかに宣言した。
「バカな! そうか、これもキツツキ……!」
ショーンは自分が同じ作戦にやられたことを悟った。
国王ロボウは、自分の砦をつつかれてまんまと外に顔を出してしまったのだった。