第二十七話 キツツキ戦法
(視点が別人に変わります)
ユーヤ達が砦を脱出した時――。
実は、狼牙国の本隊はまだ招集の最中で、王城の外には一歩も出ていなかった。
案外、狼牙族というのはのんびり屋さんなのかもしれない。
砦の一つがラドニール軍に落とされたと、王城に一報がもたらされたのはさらにそれから二日も経ってからであった。
それでも軍事国家として名高い狼牙国である。
直ちに玉座の間で作戦会議が執り行われることとなった。
その主役とでも言うべき軍師、ターバンを頭に巻いたショーンはクジャクの羽根で作った扇子を持ち、軍師らしく優雅に玉座の間へと向かっていた。
ここ王城ハールッツは、人間の奴隷を使って建てられたもので、武門の狼牙に相応しく、堅牢を極めた城であった。
堀も外堀内堀にそれぞれ水を引き、城壁は三重の上にクロスボウ用の覗き窓もある。東西南北にそれぞれ物見用の尖塔があり、非常用の地下通路まである。
その中で最も重要な正面の虎口は鉄の扉とし、破城槌でも破れることは無い。
無骨にして我が麗しのハールッツ城、建てられてから二百年と二十年。未だ、落城を知らぬ。
「ショーン!」
その城の廊下で後ろから大声で呼び捨てにされ、ショーンはその流麗な顔を歪めて不満げに振り向く。
「ふう、何ですかな、ゴーマン将軍」
「おう、待て待て」
そう言った赤ら顔の大男はショーンが嫌っているのにもかかわらず、お構いなしに親しげな笑みを向けてくる。
こういう無神経な男は嫌いだ。
今は満月の夜ではないので、ゴーマン将軍も普通の人間の姿だ。
それでも身長が二メートルを超える偉丈夫である。
「お前も今から玉座の間か! ショーン」
「知れたこと」
「早いな」
「フン、陛下の招集にして、国の一大事となれば、何に差し置いても一番乗りが当然です」
「気に入った! やはり武人とあらば、押っ取り刀で駆けつけてこそ。身だしなみなどにかまけている場合では無いわ!」
「そうですか」
ショーンはゴーマン将軍の全身をちらりと見やった。
彼はいつもの鎧を着ているので普段と全く代わり映えしないのであるが、ひょっとするとこの大男も『身だしなみ』という概念が頭の中にあったのかもしれない。
もちろんショーンの方はいつ何時、このようなことがあっても良いように毎日早起きして顔を耳の穴まで丁寧に洗い、服も新品を予備も含めてメイド達に用意させている。
『身だしなみ』と『ファッション』は自分の器を大きく見せるためのテクニックである。
よく『男は中身が大切だ!』などと言う輩がいるが、たいてい、そういう奴に限って外面も中身もダメダメである。
自分を磨く努力をしないような奴の内面が磨かれているなどと考えるのは、間抜けかお人好しのすることだろう。
女共はまず顔を見る。
美しい顔の男ならば、何を言っても賞賛されるし、反対に不細工な男だと何を言っても文句を言い出す。
男も男で、そんなバカな女共にいい顔をしようとして賛同してくるのだから、顔を磨くのが何より大切なのだ。
身だしなみを気を付ければ精神も磨かれて、字も綺麗に書ける。
ショーンはそういう信念であるから、身だしなみに気を遣っているとはとても思えないゴーマンは非常に目障りであった。
巷ではゴーマン将軍とショーンをひっくるめて『四天王』などとグループ扱いしている向きもあるのだが、冗談では無い。軍師とは将軍の上に立つ者である。
同格だと思ってもらっては困る。
「それにしても、ショーン、ラドニールの連中が南のカイツ砦を落としたと言うが、真か!」
「私もそう聞いております」
「ううむ! まさかひ弱な人間共が打って出て、しかも先手を取ろうとはな! これは愉快!」
「笑い事ではございませぬぞ、ゴーマン殿。人間ごときに砦を落とされるなど、ローガの戦史にも無かったこと。ワーウルフの沽券に関わる大問題です」
「うむ、もちろん、やられっぱなしで終わらせるつもりなど無いわ! このゴーマンがすぐにでも取り返してみせようぞ!」
「心意気は結構ですが、これは軍議にて諮ること。陛下のご命令があるまでは軽挙は慎まれますよう」
「軽挙?」
「ふう、軽はずみな行動という意味です」
「おお、小難しい言葉を使うから分からんかったぞ。初めからそう言え」
「フン」
人が軍師のイメージ作りに必死になって辞書までめくっているというのに、その苦労も知らずに勝手なことを。
軍師は人より頭が良いのであるから、小難しい言葉を言うのが当然なのだ。
「ご苦労!」
ゴーマンが玉座の間の扉を守る衛兵に声を掛けた。
「はっ!」
四人の衛兵は直立不動の姿勢を取って敬意を示すと、扉に付いている鉄の輪っかを引っ張り、重々しい観音扉を開けた。
ここは最重要区画にして最後の防衛ラインであるから、ここまで頑丈に作られているのだが、ローガの歴史の中でこの城が戦場になったことは一度も無い。
少々無駄なのだが、では廃止しましょうというと各方面から反対の声も上がりそうで、ショーンは手を付けていない。
財政が傾きつつあるので財政改革が必要なのだが、内政という概念がほとんど無い狼牙族にとってはなかなか困難な課題であった。
「おお、これはブランカ殿下! こちらにおいででしたか!」
ゴーマン将軍が中にいた白髪の幼女を見かけてデカい声で言う。
どうやら一番乗りは彼女に取られてしまったようだが、まあ、王女なら致し方ない。
「なあに? ワタクシがここにいてはおかしいとでも?」
「いやいや、そんなことは言っておりませぬぞ。戦にご興味があるとは、まことに結構なこと。どれ、この後で剣の稽古を付けて差し上げましょうぞ! ガハハ」
「い、いえ、遠慮しておきますわ。ワタクシ、忙しいですし、それに目指すとしたら軍師の方が」
「なに? ええい、つまらん! こやつなど、剣も持たずにこのような団扇でひらひらと扇ぐだけですぞ?」
「あら、楽そうでいいじゃない」
「オホン!」
楽そうと言われては軍師の沽券に関わるのでショーンも咳払いをして注意を促しておく。
「あら、風邪でも引いたの? ショーン」
「いえ……」
王女は鈍いのか、それとも分かっていて、こちらをからかっているのか、判断に付かぬ。
「フフ、王女殿下にかかっては我らが軍師も形無しのようねぇ」
玉座の間の入り口から、別の女性の声がした。どこか軽くからかうような、それでいてねっとりとした響きの大人の声だ。
「おお、ハイネ! 思ったより早かったな!」
「ええ、殿方をあまり待たせては無礼というものですものね、ウフフ」
妖艶なハイネはショーンが最も警戒する一人である。胸の谷間を女の武器にして使うのは、とにかく反則だ!
今日もいつにも増してやたら大胆な服装をしている。
ショーンは視線がそちらに釘付けにならないよう、意識して外さねばならなかった。
「陛下の御前でそのような物言い、不敬でしょう。もう少し身だしなみにも気を遣ってはいかがか、ハイネ将軍」
ここは軍師面で小言を言っておく。
「あら、そんなつもりは無かったけれど、失礼しました、陛下」
「構わぬ」
玉座に先程からどっしりと座っているロボウ王は、悠然とそれだけを言い放つ。
ウェーブがかったライオンのような黒髪に鋭い眼光、ゴーマンに劣らぬ体格は齢五十を過ぎてもなお、未だ衰えを知らぬようである。
弱冠二十歳で即位してその翌年に精霊国へ自ら兵を率いて侵攻、たちどころに征服してしまった手腕は、歴代の狼牙王の中でも突出した存在だ。
統率や武芸に秀でているだけでなく、知謀もかなりのもので、このロボウ王に文官から大抜擢して召し上げてもらったショーンであるが、このままではあまり活躍の場も無さそうで、いささか面白く無い。
とはいえ、相手は王。
四天王なら蹴落とすのも自由だが、王の血筋には逆らえぬ。
仕えるべき御方である。
「後は、ゲオルグの爺様だけだな!」
まだ顔を見せていない最後の四天王については、ショーンは気にも留めていない。
奴はただ、年長であるだけで他から敬意を払われているだけの男だ。
才覚も昔は凄かったのだろうが、今では見る影も無い。軍議や会議にも最近ほとんど見かけなくなった。
「ゲオルグは体調が優れぬ故、欠席すると連絡があった。ショーン」
国王が告げたが、やはりな。ゲオルグは不治の病に伏せっているという情報もある。
「は、では、将軍がそろったようですので、始めさせて頂きます。ただいま入っている報告では、南のカイツ砦をラドニール軍が二日前に占拠。大軍を率いて砦に籠もっているようです。詳細な敵の兵数は不明」
「ああら、向こうから攻めてくるとは、なかなかやるじゃない」
ハイネまで敵を褒めるが、皆、褒めすぎだ。ここは一つ言っておかねば。
「先手を取ろうが、砦の一つを取ろうが、最後に勝たねば意味がありません。ここは我が策をもって一日で敵を全滅させてみせましょう」
「おお! 一日で、か!」
「あら」
「して、ショーンよ、その策はどうする」
「は、陛下、我が三つ星の知謀から生み出されし華麗なるイリュージョン、名付けて『啄木鳥戦法』でございます」
ショーンは胸に手を当て恭しく一礼した。
ま、本当はひとつ星のスキルなのだが、そこもイリュージョンである。
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