第二十六話 歴戦の老将と、口達者な若き新米軍師
果たして、ガルバス将軍の宣言通りに――夕刻になる前にその砦を占領できた。
「いやあ、お見事です、将軍。こちらの兵の損失も少なかったみたいですね!」
俺は手放しで褒めたが、老将はなぜか浮かない表情だった。
「いや、軍師殿、お褒め頂いたのはありがたいが、この砦はまずい。それがしも、落とした今になって気づいたが」
「ん? どういうことですか」
「地形だ。見ての通り、ここは山のてっぺんにある。主に、物見として使われておるのだろう」
「じゃあ、なおさら潰して正解じゃないですか。敵のレーダー基地みたいなもんだ」
「レーダー? それはよく分からぬが、見晴らしが良いと言うことは、逆に包囲されやすいということでもある。それに、この砦には井戸が無い。下の川まで水汲みに行かねばならぬようだな」
「まあ、そこは山の砦だから、多少の不便は仕方ないでしょう。敵が来る前に水をありったけ、汲んでおきましょう。それに、包囲されやすいってことは、逆に考えればプラスですよ! 敵が動いてくれなきゃ、この作戦は意味が無いんだから」
「敵は動くであろうが……失礼だが軍師殿、貴殿はまだ若い。先のミストラとの一戦で貴殿が指揮を執ったのは聞いておるが、他に実戦の経験は?」
「もちろん、ありますとも」
猫耳族との籠城戦、一回だけだけど。
「しかし――」
「いいですか、ガルバス将軍。私が敬服する将軍の言葉に次のようなものがあります。これは祖父から教えられたもので、我が家の七つの家訓の第三、『仲間を育てろ!』の具体的な方法論です。
『やって見せ、言って聞かせ、させてみて、褒めてやらねば人は動かない。話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば人は育たず』
つまり! 今、軍師ユーヤを育てるには私に任せて下さい! 失礼ですが、ガルバス将軍は後任を上手く育てられましたか?」
「ううむ、いや、それは……分かり申した。軍師殿がそう言われるならば」
まだ何か言いたげなガルバスだったが、もう勝利の方程式が見えているんだから大丈夫っすよ。
砦の中を見回っていると、弓矢がたくさん保管してあった。
砦を守っていた狼牙兵は敵に砦を奪われる前に破棄するという考えは無かったようだ。
「見てくれ、ローク! これで砦の上から兵に矢を射かけさせれば、高低差でこちらの矢は長く届き、敵の矢はこちらに届かない。これが地形効果ってヤツよ、くぅー!」
「ええ、そうですね。ですが、こちらの兵は四百弱です。大軍に囲まれると危ないのでは?」
「そうだな」
「えっと……」
不安そうな顔をするロークの両肩をがっちりと掴み、俺は真顔で言う。
「ローク、君にしか頼めないことがある。やってくれるか」
「それは……ハッ! わ、分かりました。これもラドニールと勇者様のため、覚悟はできております。ですが少しだけ時間を下さい。辞世の句と両親への手紙を書いて参ります」
「ん? そうか。いや、別にそこまで覚悟は要らない気がするが、そうだな、俺も舞をやっておこうかな」
砦の屋上で、折れた矢のしっぽの部分を扇子代わりに、それっぽいステップの練習をしておく。
俺が知っている『舞』は信長の『敦盛』だけだ。いや、舞じゃなくてその歌詞しか知らんけど。
かの有名な『本能寺の変』で信長が死ぬ前に人の世の短さを儚み、たいていのドラマやアニメで佳境の前に歌うアレだ。当時の平均寿命は五十年と言うしな。
さあ、気分もノって来たし、ここで歌い上げるぞ!
「すー――」
「ユーヤ!」
上から声があった。
「おう、ルルか。遅かったな、お前。何してたんだ」
空からやってきた黒レオタードの少女に、俺は文句混じりに言う。怪我をして戦線離脱したエマのピンチヒッターとして頼りにしていたというのに。
「ふざけるな! いくら竜人族でも狼牙国の『南東のほう』だけでお前を探し出せるものか! あっちこっちさんざん探し回って疲れたぞ」
「ええ? 正確な場所、エマに聞いてなかったのか?」
「竜人族は細かいことは気にしないんだ」
「そ、そうか……ま、来てくれて助かった。狼牙軍がこの砦が落ちたことを察知するのにまだ時間があるはずだから、それまでゆっくり休んでくれ」
「ああ。もう飛べない~」
その場に仰向けで大の字になったルルちゃんだが、悪いけど、またすぐ飛んでもらうことになるんだよな。
『信長の舞』もどきをルルに披露してやった後、俺は狼牙軍のおもてなしの準備に取りかかった。
「軍師殿、ここにある瓶にはご指示通り水を満杯にしたぞ」
ガルバス将軍が報告してくれた。
「ご苦労様です」
水は人間を含む生物が生きていく上で最も重要な資源である。
籠城にも当然、水が必要だ。
三日補給できないだけで死んじゃうからな。
この砦から川が見える位置にあるとは言え、桶を担いで往復した兵士は大変だったろう。
砦には運ぶための天秤棒(二つの桶を一度に肩に担ぐもの)と桶が元から用意してあったが、水道が一番だわ。
いつかラドニールに水道を作ろう。
「それで、次は何をすればよろしいか」
「では次はアレをやってもらいましょうか」
俺は兵達と一緒に次の準備に取りかかった。
「これは、何をやっているのだ?」
ルルが俺達のやっていることを見て、首を傾げたが。
「まあ、それは後のお楽しみってことで」
俺はちょっと軍師らしい笑みをニヤッと浮かべてみせた。
「今すぐ教えろ」
ルルに首を絞められた。
「ぐえ、わ、分かったから、首を絞めるのは止めてくれ」
ホント、竜人族って気が短いね!
一夜が明け、中天に日が昇る頃、ようやく狼牙軍が砦の異変を察知したようで歩兵隊がやってきた。
「来たぞ、ユーヤ!」
砦の上で見張りをやってくれていたルルが告げる。
「よし、ローク、最後の総仕上げだ!」
「分かりました…」
ロークの声が心なしか沈んでいるが、ま、今はそれどころじゃ無いからな。
俺とロークは二人きりで砦の水瓶が置いてある部屋にやってきた。
「ユーヤ様……本当にここでするのですね?」
「ああ、ここまで来て何を言う、ローク。やってくれないと困るんだ」
「分かりました。でも、僕、初めてで上手くできるかどうか……」
「大丈夫、君ならやれる。上手く行かなくたって誰も咎めたりしないぞ。上手く行かないなら全部リードした俺が悪いんだ」
「そう言って頂けるなら……では、ふう、ちょっと後ろを向いていてもらえますか。恥ずかしいので」
「ん? そう? まあ、分かった」
俺が後ろを向くと、ロークは服を脱ぎ始めた。
「では、始めます。んっ!」
ロークが力を込める。
「頑張れ、ローク!」
「くっ、やはり僕ではユーヤ様にご満足頂けるほどには……もっと別の誰かに」
「何を言う、君しかいないんだ。いいぞ、煮えたぎってきてる! もう少しだ」
「はい、くうっ!」
ロークが頑張ると、白い湯気が出て来た。
「いいぞ、ローク! もっと熱く、奥までしっかりやってくれ」
「は、はい、ああっ! ダメです。これ以上は魔力が……」
「分かった。もう充分だ。脱出するぞ!」
ロークの火魔法で水瓶を熱し、水蒸気を大量発生させた。
これで大量に砦に立てた旗と合わせ技で、外からはここに大軍が籠もっていると見えるだろう。
実際には、夜明けすぐにガルバス将軍と四百の兵はこの砦を出て、ここに残ったのは俺とルルとロークの三人だけだ。
「じゃ、ルル、頼んだぞ」
俺はルルに抱きついて言う。
「ったく、一度に二人はキツいんだぞ」
竜人族が一度に運べるのは人間一人がせいぜいだが、ルルには頑張ってもらって俺とロークを砦の外の森まで運んでもらう必要があった。
周りはもう敵の歩兵が取り囲みつつあるし、空のルートじゃないと逃げられないからな。
これで後は、本隊さえ動けば、敵の総大将が狙える。




