第二十三話 生死を賭けた鬼ごっこ
狼牙国&聖法国連合軍との合戦。
こちらの斥候が敵を発見した。
ここは敵の領内だから、いつ発見してもおかしくはないのだが。
「数は!」
将軍リリーシュが問う。
「およそ一千! 歩兵のみと思われます」
「本隊だよね? 本隊だと言って!」
俺が言うが。
「は…」
「ちょっとユーヤ、変な誘導は止めなさい。気にしなくて良いわ、本当のことを言って」
「はっ! 旗は聖法国の物。しかし本隊かどうかは分かりかねます」
「うーん、聖法国か。じゃあ違うでしょうね」
「ああ、そうだな」
連合軍だが、対等な同盟では無いとジャンヌも言っていた。
本隊は狼牙国の兵だろう。
「では、回避ですな。西に見える森へ移動しましょう。あそこなら敵の視界を遮ってくれましょうぞ」
ガルバスが的確な用兵を進言する。
「そうね、東の山でも良さそうだけど、その後の移動も考えたら西か。全軍! 西へ移動せよ!」
「「「 ははっ! 」」」
リリーシュがすぐに応じて指示を出した。全軍を取り仕切る総大将だ。
「しかし、よろしかったのですかな。それがしが嘘をついているやも知れませぬぞ?」
ガルバスがそう言ってニヤリと笑う。
「それは無いわね」
リリーシュが自信を持って断言した。
「ほう? なぜですかな」
「ミストラ王国にその人ありと謳われた猛将ならば、私に一騎打ちを申し込むことはあっても、騙し討ちなんてしないと思うもの」
「はっはっ、これは高く評価していただいたのか、それとも小馬鹿にされたのか、よく分かりませぬな」
「両方よ。でも、武将の考えなら手に取るように分かるわ」
脳筋同士の以心伝心か。
となると、いざというときは俺が止めないとすぐ暴走しそうだなぁ。
「じゃ、先に伏兵がいないか確かめてくるわ。十騎ほど私に付いてこい!」
「「 はっ 」」
武将リリーシュがそう言って馬を走らせる。
「なんと、王女殿下が自ら斥候をやるとは、いつもああなのですかな?」
ガルバスも驚いた顔だ。
「いつもだよねえ」
「そうですね」
俺とロークも苦笑する。
「あれが『剣姫』……我が国の王族とは随分と違うようだ。おっと、今はそれがしもラドニールの騎士でしたな」
ガルバスはしまったという顔をして俺の顔色を窺ったが、今は罰している時では無いし、罰するようなことでも無い。
たとえ本心から亡命したとしても、自分の帰属意識がコロッと簡単に変わってしまう者のほうが信用ならないと俺は思うのだ。
そんな人間は自分の都合次第でいつでも簡単に国を裏切ることができるだろう。
「そうですね」
俺はそれだけ言うと、目の前の森に視線を向けた。
さて、俺達の敵は森の中に潜んでいるかどうか……。
時折、鳥の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
笛でも吹いているような音色だ。
他は特に物音も無く、森の中を静かに行軍していく。
いつどこから敵が出てくるか分からないから、俺はビクビクしながらずっと緊張しっぱなしでいたのだが、何事も無くその森を抜けることができた。
「剣姫殿、もうじき日が暮れます。今日はここで夜営してはいかがか」
皆が少しほっとした雰囲気の中でガルバス将軍が言う。
「ここで? まだ時間はあるし、もう少し先まで行ってからのほうが良くない?」
「いえ、この先に夜営に適した場所、我らが隠れられる場所があるのなら、それでも構いませぬが、ここは敵地。詳しい地図もお持ちでは無いはず。探す時間も頭に入れておかれた方がよろしいかと」
ガルバスが指摘するが、ここはアウェイだからな。
土地勘の無い場所で動き回るのはそれだけ危険が伴うか。
「そうね、分かったわ。各隊長、ここで夜営するから、準備を。ただし、火は使わないこと」
リリーシュもすぐに同意した。
「「 ははっ 」」
「よいか、斥候は必ず二組で行動し、敵を見かけたら二手に別れてすぐに本陣へ駆けつけよ。敵の数はいちいち確認する必要は無い。ここでは敵よりも先手を取ることが何より重要、拙速を尊べ。深く、早くだ、良いな?」
ガルバス将軍が自分の騎馬隊に命じているが、具体的で方針もハッキリしているから分かりやすいな。
今後の参考になる。
「聞いた通りよ。こちらも同じようにしましょう」
リリーシュも良い方法だと思ったようで、同じように斥候を出した。
「日が暮れたならば、私も時々、空を飛んで見回るとしよう」
エマが言うが、羽がある竜人族はこういうときは最強だな。空だと敵に発見される恐れもあるから、昼間は飛ばなかったか。
「あ、それが良いわね!」
「だが、あまり当てにしてくれるな。森の中の敵は私でも発見しにくい」
木の葉が邪魔になるか。この辺りの森は針葉樹で背が高く、クリスマスツリーみたいな木がたくさん生えている。
まあ、見えている範囲で探してもらえば良い。
「ユーヤ様、どうぞ」
ロークが気を利かせてくれ、地面にシートを敷いてパンと湯飲みを渡してくれた。
ちなみにこの白いシートはモンスターの皮から作ってあって、ちょっとやそっとのことでは破れない優れ物だ。
ロークは初級の炎魔法も習得しており、師のクロフォード先生曰く「魔術で湯を沸かすのは火加減がなかなか難しいのだが、ロークはお茶を沸かせたなら大陸一の腕前であろう」とのお墨付きである。
「ありがとう。おお、ちょうど良い具合だ」
猫舌の俺でもぐいぐい飲める。しかもしっかりと温まっている。
厚着をしても寒い季節に、体の芯から温まるお茶は何物にも代えがたい。
薄暗さを増していく森の中でも、ほっと一息つくことができるパラダイスがそこに出現した。
「いえ、僕にできるのはこれくらいですから……」
はにかむロークは、くっ、もう俺のお嫁さんにしたい。
「ローク、これからもずっと俺のお茶を入れてくれ。何があっても」
俺はロークの両肩をがっしりとつかんで言う。
「! はい、もちろんです。ふつつか者ですが、喜んでお側に仕えさせて頂きます、ずっと……何があろうとも」
「……いいの? アレは。フィアンセとして」
少し離れた場所でリリーシュがジト目で隣のエマに聞いている。
「悔しいが、私は戦闘はともかく、あの手の腕前は干し肉を作る程度しか才が無いからな」
「あー、ユーヤって干し肉が苦手なのよね。チーズなら美味しいって言うんだけど」
「男なら肉を食べるべきだ」
「そーよねー、聞こえてる? ユーヤ」
「聞こえてるぞ。タンパク質は別にチーズでも良いだろう」
「そういう問題じゃ無いんだけど」
「ユーヤー! これっ! 取ってきたから分けてやるぞ!」
レムが満面の笑みで両手に抱えたキノコをどさっとシートの上に置いてきたが。
「レム、……これ、本当に食えるのか?」
普通の茶色いキノコもあるのだが、まだらや斑点や縞々や蛍光色の赤いのが混じってるぞ。縞々って何だよ。
「ピリッとしたのや苦いのもあるけど、全部旨いぞ!」
旨いのか。
「これとこれは食べられますよ、ユーヤ様。でもね、レム、この縞々や赤いのは人間は食べられないんだよ。毒キノコなんだ」
ロークが見分けてくれたが、そんな予感はしたんだよな。
「ふーん、じゃあ、オレ様が食うから。旨いのに」
そう言って自分の口にポイポイッと放り込むレム。
「大丈夫なのか?」
「へーキだよ! 前にも食べたことあるし! ただ、このシマシマのは食べるとちょっと眠くなるんだけど、ふああ……ぐぅ」
「あ、おい、レム!?」
「寝かしてあげましょう、ユーヤ様。さすがにレッドドラゴンでもこれだけの毒キノコを一度に食べたら、眠るくらいはするでしょう」
「仕方ないな」
戦の最中にキノコで眠ってしまうのはどうかと思うのだが、どうせもう夜だ。
人間の争いにレムはなるべく巻き込みたくは無いし。
「じゃ、ウォッホン、ここは保護者として優しく膝枕をば……むっ、リリーシュ、その手はなんだ?」
レムに伸ばした俺の手首をリリーシュに掴まれた。
「レムちゃんの膝枕は保護者として私がやるわ。それで文句は無いわね?」
リリーシュの右手が剣の柄に置かれていては、俺も頷くしか無かった。