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第二十一話 お怒りの白き幼女

 俺達は聖法国の城下町をジャンヌに案内してもらっている。

 道を行き交う人の数も多く、全体として落ち着いた雰囲気はあるものの、内に秘めた活気を感じる国だ。

 全員がローブというわけでは無く、普通の格好をした人もそれなりにいる。


 ただ、何かこう……何か足りない物がある気がする。


「ユーヤー、お腹空いた」


 レムが俺の袖を引っ張ったので、それに気がついた。


「そう言えば、ジャンヌさん、屋台は?」


「ジャンヌと呼び捨てで結構ですよ。聖法国では食べ物は天からのありがたい贈り物です。ですから食べ歩きは戒律に背くので、食堂でしか食べられない決まりなんです」


「ああ、なるほど」


「だが、お前は前に、たこ焼きを立ったままで食べていただろう」


 エマが戒律破りを指摘した。


「郷には入れば郷に従え、ですよ。聖法国はガチガチの教えの国ではありませんから。さ、そこの食べ物屋に入りましょう。美味しくて甘ーいパンを売っていますよ」


 ジャンヌがニッコリ笑うと近くの食堂に入った。中は食堂にしてはなんだか奇妙な長テーブルの配置だったが、結構な客で賑わっている。

 パンの香ばしい匂いが漂ってきた。


「ジュルリ。早く! 早く!」


 その匂いに食欲を刺激されたレムがよだれを(ぬぐ)いながら俺にせがむ。


「分かった分かった。じゃ、どこに座ろうかな」


 混んでいて座る場所が見当たらない。


「司祭様、どうぞこちらへ」


 座っていた客のおばあさん達が立ち上がって席を譲ってくれた。


「ありがとうございます。でも、あなた方はもういいのですか?」


「はいはい、ちょうど食べ終わったところです」

「帰るところですから」


「良かった。では、ここにしましょう。護衛のあなたたちもどうぞ」


 俺、レム、リリーシュ、エマ、ローク、ジャンヌ、それにジャンヌの護衛の兵士の二人で長椅子に座る。


「お待たせしました」


 店員が持って来たのは俺の見覚えのある色形のお菓子だった。

 ふんわりとした黄色に、良い感じに焦げ目が付いた端っこ。

 綺麗に四角に切ってある。


「カステイラと呼ばれるパンです。甘くて美味しいですよ」


 ジャンヌが笑顔で勧めるが、うん、カステラだな。

 初代か三代目の勇者が広めたものか。


 フォークなどは配られず、手づかみで食べるのがここの流儀のようなので、まずは引っ掴んで一口行ってみる。


「んまー!」


「あっ、凄く甘い!」


「ほう、これは」


 女性陣は一口でこれが気に入ったようで、ぱくぱくと食べている。


「うっ、ちょっと喉が」


 普通、こういう店なら水が最初に出てくるだろうに、それが無い。


「では、ミルクも注文しましょう」


 ジャンヌが注文してくれ、濃厚なミルクと一緒に味わう。


「うお、なんだこれ、やたら旨い!」


 今まで飲んだことも無い牛乳の味に俺はちょっとビビる。


「あら、勇者様はこちらの方がお気に入りのようですね。これは羊の乳ですよ」


「えっ、こんなに甘かったかしら?」


 リリーシュが驚いたが、ジャンヌが微笑んだ。


「いいえ、これは羊の乳に黒砂糖を加え、少し煮立ててあるのです。だから甘いのですよ」


「へえー」


「ユーヤー、お代わり! 両方!」


 レムも気に入ったようで良い表情で拳を握りしめて要求。


「じゃあ、こっち追加で」


「はーい」


 店員のお姉さんに追加の注文をしてやり、みんなで甘いカステラに舌鼓を打った。



「むふー、美味しかった!」


 大満足のレムだが、良かったな。


「でも、あれだけの砂糖が大量にあるなんて、いったいどこから?」


 リリーシュがジャンヌに質問する。

 ラドニールでは、まだ食うのがやっとという感じで、甘いお菓子は隣の国のヴェネトまで行かないとなかなか食べられないのだ。


「ここから北西の巨人族の国から仕入れています。値段は決して安くはないのですが、スイーツは疲れに効くので我が国では薬なんです。薬ですから」


 ジャンヌがニッコリと笑って言うが、虫歯気を付けろよ。

 しかも薬って二度言ったな。


「へえ。私達も仕入れたいわね」


「では、後でそちらのルートの商人を紹介致しましょう」


「ホント? やった!」


 ガッツポーズのリリーシュは、王女として外交成果を上げたのが嬉しかったか、単に甘い物が食べられそうで嬉しかっただけか。

 ま、どっちでもいい。

 ラドニール王国にも砂糖は必要だ。


「だが、ちょっと食べ過ぎてしまったな」


 エマがお腹をさすりながら言う。この国ではそれが挨拶なので、道を行き交う人たちがそれを見てお腹をさすりながら通り過ぎる。

 それがさらに別の人の挨拶を誘発させ、お腹をさする人が伝播して広がっていくのが見ていてちょっと面白い。


「む、嫌な国だ」


 だがエマはそれが気に入らなかったようで、あからさまに顔をしかめていた。


「ユーヤー、次は何を食べるんだ?」


「いや、レム、俺はもうお腹いっぱいなんだけどな?」


「エー?」


「ふふ、レッドドラゴンの胃袋を満たすのは勇者様でもなかなか難しそうですね」


 ジャンヌが微笑むが、実際、レムのお腹は凶悪だからな。

 時々、狼が必要になります。オエー。


「でも、ユーヤ、せっかく観光に来たわけだから、好きなだけ食べさせてあげてもいいじゃない。ここにはそう何度も来ないでしょうし」


 リリーシュが言うが、ま、それもそうだな。


「あら、そんなことを仰らずとも、皆様には何度でもお越し頂いて、ついでにファルバス神の教えに帰依していただきたいのですけど」


「ついでって言うけど、それはちょっと」


「それは残念。まあ、今のは冗談と思って頂ければ」


 ジャンヌの冗談ってどこまでが冗談なのか、分からないところがちょっと恐いんだよな。


「では、次は、飴を売る店にご案内しましょうか」


「お」

「おおー」


 リリーシュとレムが飴という言葉に食いついたが、お前らもこの国になんか通いそうだな。


 ――だが、その矢先に、その事件は起きた。



「ちょっとあなた! 人間風情がこのワタクシにぶつかっておいて、タダで済むと思っていますの?」


 そんな声が聞こえたが、向こうに人だかりができている。


「あれは……、大変!」


 ジャンヌが血相を変えたが、なにやら深刻なトラブルらしい。


「あなたはこのまま王女殿下の護衛に、もう一人は私と来て下さい」


「はっ」


 兵士の片方を連れて、ジャンヌが人だかりの方へ走って行く。


「何かしら。私達も行ってみましょう!」


 リリーシュがそう言うなり、走って付いて行ってしまう。

 まあ、気にはなるんだけど、君子危うきに近寄らずって言うし。

 我らが姫様には、王女としての自覚を持って頂かねば。

 俺も仕方なく、付いて行く。



 人だかりの輪の真ん中、そこには二人の幼女がいた。


「あ、あの、ご、ごめんなさい」


 まだ年端もいかぬ幼女が、こちらもふんぞり返った幼女に対して、泣きそうな顔で謝っている。


「どうされました、ブランカ様」


 ジャンヌが聞いたが……

 様?


「どうもこうも、この者が高貴なるワタクシにぶつかって来たのですわ。人間ならワタクシに道を空けてトーゼンなのに!」


「それは、申し訳ありませんでした。この者もまだほんの幼い子供、前を見ていなかったのでしょう。お怒りは沈めて、どうか寛大な措置でお目こぼししては頂けないでしょうか」


「イヤよ! ワタクシ、今は超超超ムカついてますの!」


 どうやら大司祭ジャンヌが下手に出ないといけない幼女らしいが、この国の王女はアルマだったよな?

 でも、実の妹にこの態度は無いだろうし、今、ブランカって言った。

 

 考えられるとしたら貴族か別の国の王女か……。


 改めてその幼女を見るが、白髪の幼女だ。

 服装は旅装のためか、かなり質素で、布服のズボンにゴツいベルトを巻いている。

 顔と黒リボンのツインテールは可愛らしいのだが。

 


「いくら何でも、子供がぶつかったくらいでそんな怒らなくたって」


 リリーシュも見かねたようで言う。


「はぁ? 人間風情が、黙りなさい! 殺すわよ?」


 幼女がリリーシュを睨み付けるが、困ったことになりそうだ。

 正しいのは全面的にリリーシュである。

 俺もそれには同意する。


 だが、相手がどこかの国の王女となると、穏便に済ませたいものよね。

 

「ユーヤー、アイツ、ガキだな」


 ボソッと、それを見物していたレムが言う。

 ま、お前もガキなんだけどな。


 しかし、レムならぶつかられたくらいでは、怒らないだろう。

 レムは心の広い幼女なのだ。


「ちょっと! そこのあなた! 何ですってぇ?!」


 まずい。ブランカちゃんに聞こえてしまったようだ。


「まあまあ、ブランカ殿下、所詮は子供の言うこと、いちいち怒っていては、あなたの可愛いお顔が台無しですよ」


 お付きの人なのか、灰色の髪をした青いローブの若い男が鼻から抜けるような声でなだめた。

 美形だが、なんかいちいち気障っぽいな。頭に巻いたターバンには男のくせに大きな宝石まで付けており指輪まで……いや、これはお付きと言うよりは、高官だろう。


「ショーンは黙ってて!」


「はいはい」


 肩をすくめたショーンは本当にそれで仲裁を止めてしまったようで、返事の後は黙り込んだ。


「フン。ガキにはガキって言った!」


 うわ、レム! いかん。


「レム、ちょっと黙っててくれるか」


「エー、なんで? アイツ、タダのガキじゃん」


「さっきから聞いていれば、このワタクシを王女と知っての話なのかしらぁん?」


「ウン」


「「 えっ!? 」」


 王女と聞いてリリーシュ達が驚いたが、レムは知ってるみたいな感じで頷いた。


「いえ、あなた、そんなはずは無いでしょう! ワタクシはお忍びで今回は無理矢理ついてきたし、だいたい、私の名前、知ってたんですの?」


 王女ブランカちゃんが「ウン」と言ったレムを問い詰めるが。


「名前は知らなかったけど、今のは分かってた」


 レムが不可解なことを言ったが、アレかな、上位竜の読心術でも使って王女だと分かったのかも。


「はあ? もう、これだからお子様は!」


 当然、それを知るよしも無いブランカちゃんは意味不明だとばかりに余計に怒ってしまった。


「ムー、オレ様はお子様なんかじゃないぞ!」


「ちょっとレム」

「よさないか、レム」

「レム」


 俺達はレムをなだめたが、いきなり剣を抜いたブランカちゃんがレムに斬りかかっていた。


「ちょっと!」


 それをリリーシュが剣を抜いて受け止める。


「お子様! お子様! やーい、お子様! 守ってもらって、お子様過ぎ! 弱虫お子様ですわね!」


「んもー、違ーう!」


「ちょ、ちょっと、レム!」


 レムがブランカに殴りかかり、あー、どうしてこうなった。


「きゃっ! 痛っ! よくも……!」


 しかもレム、お前なんで人間の幼女相手に本気パンチなんて出してるんだ。

 吹っ飛んで店の壁が壊れたぞ?


 だが、それで起き上がってくるブランカも、どうやら普通の人間では無さそうだ。 


「エマ、リリーシュ、今すぐ止めてくれ! これはまずいぞ」


 俺は真面目モードで言う。


「分かった!」

「承知!」


 だが、『剣姫』リリーシュと、竜人族エマが二人がかりで止めに入っても、ブランカを止められない。


 何者だ、この幼女。


「あっ、何の解決にもならないけど、この強さ……この子の正体、私、分かったかも」


 リリーシュが言う。


「誰なんだ?」

  

 なんとなく聞きたくないが、それでも聞かねばなるまい。


狼牙(ローガ)族よ」


「えっ? 狼牙族ってあの毛むくじゃらの奴だろ?」


 昨日の門番兵を思い出す。

 大丈夫、ブランカちゃんは普通の人間の姿をしている。

 毛むくじゃらなんかじゃない。


「ああ、そうじゃないわ。ええと――」


「ユーヤ様、彼らは満月の夜だけ、狼の姿に変身するのです」


 ロークが言って俺も理解した。

 狼人間、ワーウルフ。

 昨日、狼牙国の将軍も大聖堂に来ていた。

 彼が一人だけで行動していた訳では無かったのだ。

 

 王女御一行というわけだ。


 それに、先程から青ざめて狼狽え、何もできずにいるジャンヌの態度。


 少し冷静に考えてみよう。


 レムは立場上、今はラドニール王国の国民だ。

 本当の住処(すみか)は遥か西方の火竜山脈なのだが、客将というべき存在で、保護者は俺とリリーシュだ。

 その国民が狼牙国の王女に喧嘩を売った。

 いや、どちらかというとブランカが喧嘩を売ってきたわけだが。


「なんてこった……」


 全身の力が抜ける。


 俺達は、いや、ラドニール王国は、どうやら争ってはいけない相手に喧嘩を売り買いしてしまったようだ。

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