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第十九話 狼藉

マザー・ナサリーのご神託を聞いた後、俺達は長旅の疲れを癒やすべく、客間に案内され、自由行動をもらった。

 シスター・ジャンヌも勇者を敵に回すのはマズいと考えているようで、これなら当面のラドニールの敵はミストラ王国だけだ。

 ミストラ王国はゾンビ兵を呼び出していたが……。また攻めてきても、竜人族が力を貸してくれるだろうし、奴らは燃やしてしまえば対抗できる。


「ユーヤ、この果物、旨いぞ!」


 レムが山のように皿に盛られた果物をばくばくと食べて喜んでいる。

 桃にブドウにミカン、リンゴ、苺など、知っている物もあれば、よく分からない果物も何種類か混ざっている。


「そうだな」


 俺は果物の種を袋に入れつつ言う。

 オルバは質素な国かと思っていたら、こういう果物も育てているようだ。

 主食の穀物が第一だが、ビタミンCも補えるし、果物は何より美味しいから人を笑顔にできる力がある。

 大事だな。


「これくらい、ヴェネトで仕入れれば、ううん……リンゴくらいはラドニールでも食べられるわよ」


 リリーシュが歯切れ悪く言うが。


「これから育てればいいだろ」


 人材を呼ぶには魅力ある国である方がずっと良いし、何も外から呼ばずとも国内にいる人材も育てれば良い。

 俺はそう思う。


「そうね!」


「おー!」


 夕食は広い食堂で司祭達と豪華な食事を頂いた。

 綺麗どころの司祭が俺の両脇に来てお酌しようとしたが、リリーシュとエマががっちり両脇でガードして近寄らせなかった。

 別にオルバは俺を暗殺しようなんて思ってないはずなのに、微妙に残念だ。


 大浴場でロークと一緒にドキドキ温泉気分を味わった後、ふかふかのベッドで眠る。


 今日はぐっすり眠れそうだ――




 と思ったら、ドアの外で言い争いが聞こえてきた。


「緊急なんです!」


「ならん! ラドニール国王か頭領からの伝令で無い限り、ご遠慮頂こう」


 この声はジャンヌとエマだな。

 俺はベッドから降りてドアを開けた。


「いったい、何があったんだ? というかエマ、君そこで見張ってたの?」


「当然だ。王女殿下にも頼まれたからな。交代で見張りに付く予定だ」


「交代? それってまさかリリーシュが見張りに付くとか言わないでくれよ」


「私もそう言ったが、文句は直接本人に言ってくれ」


 やれやれだ。

 優先順位としては王女殿下の身の安全だろうに。


「それで、ジャンヌ、いったい、何が?」


「お休みのところ、申し訳ありません。先程、『狼牙(ローガ)国』の将軍ゴーマン卿が到着され、勇者様にご挨拶したい、と」


「こんな夜中に?」


「ええ、彼らは夜行性なので。申し訳ありませんが、顔合わせだけでも応じて頂けないでしょうか。ご存じの通り、聖法国と狼牙国は同盟を結んでおりますので」


「分かりました」


「ふん、何が緊急だ」


 エマが大きな声で文句を言ったが、まあ挨拶のために叩き起こされるのも勘弁して欲しいな。

 着替えるの、面倒くせー。


「それと、今宵は満月、彼らの気性が最も荒くなるときです。多少、失礼な事もあるかもしれませんが、なにとぞ、穏便に済ませて頂ければと……」


 ジャンヌが言いにくそうな顔をして言う。


「まあ、いいですよ。着替えるので待っててもらえますか」


「はい、ご無理を言って申し訳ありません」


 さて、国事を任されている大司祭ジャンヌでさえ、『狼牙国』の将軍の要求を断れないのだ。

 これって本当に同盟関係なのか?

 ちょっとそこから疑問になってきたな。


 軍事大国で戦争バカの『狼牙国』は聖法国よりも強いはずだ。

 聖法国の方が強かったら、俺に夜中に挨拶なんてさせないだろうしな。

 ジャンヌは強引なところもあるが、豪華な食事も用意して俺達をもてなそうという気はあるようだから。


「エマ、悪いけどレムとロークを起こしてきてくれるか」


「心得た。リリーシュはいいのか?」


「ちょっと嫌な予感がするから、リリーシュはいいよ。寝かせておこう」


 失礼な事をするかもしれない将軍だそうだから、リリーシュとそりが合わない気がするんだよな。

 おっと、気が短いエマも遠慮してもらわないとな。後でそう言っておこう。


「ふあぁ。ユーヤー、眠い…」


 レムが眼をこすりながらピンクの可愛らしいネグリジェ姿でやって来た。

 グッド!

 ロークの姿が見えないが、きっとレムに着せる服を取りに行ってくれたのだろう。余計な事にも―――オホン、隅々(すみずみ)まで気が回る優秀なお付きだ。


「ごめんな、レム。明日の朝はゆっくり寝てていいから」


「うん」


「じゃ、エマ、君は先に寝てていいよ」


「何を言う、このロリコン」


 怖い目になるエマ。


「いや、あのね、そう言うことじゃ無くて、ホントに微妙な会談だから」


「本当だな……? では、私は隣室に控えている。何かあったら、大声で呼べ」


「ありがとう」


「こちらです」


 ジャンヌが案内し、俺とレムとエマで付いて行く。


「ユーヤ様」


 ロークがローブを持って走って追いかけてきた。レムに着せて、これでいいだろう。


「では、エマさんはそちらの部屋に」


 ジャンヌがすぐ手前の扉を手で示した。


「承知した。何かあればオルバの責任と見なすからそのつもりでいろ」


 エマがジャンヌを睨む。


「ええ、もちろんです」


 廊下の先、奥の扉の前には、槍を持った二人の兵士が立っていた。

 オルバの者ではない。


 それは一目で分かった。


 全身黒い毛むくじゃらの狼人間だ。

 革鎧を着込み、二本足で立っている。

 逆三角形の形をしたマッチョな大柄の体で、口の牙が鋭い。

 だらりと口から垂れた舌は、彼らの獣の性質が垣間見えてちょっと恐い。

 

 これが狼牙族か……。


 俺は緊張しつつも小声でレムに言う。


「レム、こっちからは手を出しちゃダメだけど、でも俺とロークが襲われそうになったら、守ってくれるか」


「分かった! オレ様に任せろ!」


 心強い幼女だ。


 二頭の狼兵がこちらをじろりと睨む。


「勇者様とレッドドラゴンをお連れしました。将軍に面会を」


 ジャンヌが兵士達に告げた。


「ドラゴンだと!? コイツがか」


「ええ。今は人間に変身しておられます。上位竜ですから、くれぐれも粗相の無いように」


「ふん、人間風情が我らに命令するか」


「これは『狼牙国』の外交に関わる事項です。あなた方が後で自国の将軍や『ロボウ国王』に叱られても良いと言うのなら、どうぞお好きに」


 ジャンヌがお偉方の名前を出すと兵士達が鼻白んだ。


「むむ……フン、分かった。通れ」


「オレ様とユーヤ達を食おうとしたら、ブレスでお前達が丸焼きだぞ」


 通り過ぎるときにレムが低い声で言う。


「わ、分かった。食わない」


 ビクッとした狼人間は、本能でレムが格上だと分かったようだ。


「レム、部屋の中では黙っててくれよ」


「でも、あいつらが」


「それも分かってる」


 レムはこいつらの心を読んだのだろう。

 しかし、よくもまあ人間を食おうなんて考える狼人間と同盟なんて結べたな。

 ますます嫌な予感がしてきたが、ここで断って、『狼牙国』の将軍を怒らせたくは無いんだよな……。



「ゴーマン将軍、お望み通りに、お連れしました」


「おお、遅いぞ! まったく」


 部屋の中にいたのは鉄の胸当てを付けた狼人間で、毛の色は赤だった。

 さっきの兵士よりさらに一回り大きい。身長は二メートル五十くらいか? 確実に二メートルは超えているだろう。

 デカい。癖っ毛の全身毛むくじゃらだ。


「ご紹介しましょう、ラドニール王国の勇者にして文官、ユーヤ様。こちらはレッドドラゴンのレム様です。そちらはユーヤ様のお付きのローク殿」


「初めまして」


「ほう、竜は人に化ける者もいると聞いていたが、これほど小さき人間とはな。これは愉快!」


 狼人間が悦に入ったようで自分の膝を打つ。

 レムは不機嫌そうな顔だが、俺の言ったことを守ってくれているようで黙りだ。


「では、勇者よ、さっそく手合わせといこうではないか」


 うわ、やっぱりそれか! リリーシュと思考回路がまんま同じだ。


「将軍! 挨拶だけと言ったはずです」


 ジャンヌがすかさず抗議したが。


「うるさい! 魔王を倒した伝説の勇者と聞いて、この武門の血が黙っておれんわ。さあ、武具を選べ。オレの得物はこの金棒だ」


 トゲトゲの重そうな金棒を軽々と振り回してゴーマン将軍が言う。


「私の武器は知恵です、将軍。力ではありません」


 俺は無駄かなあと思いつつも言う。


「なに? では、その知恵とやらでオレの金棒を受け止めてみよ!」


 そう言うなりゴーマン将軍が向かってきた!


「レム!」


「任せろー」


 飛び掛かって振り下ろしてきたゴーマンの右腕を、こちらもレムが左手一本で受け止め防いだ。


「おお! この力、まさしく竜種! これは面白い!」


「ユーヤ、離れていろ。コイツ、思ったよりも強い。この姿だと、ちょっとキツいかも」


 レムが珍しく弱気な事を言う。


「ああ。負けそうなら、変身していいぞ、レム」


 大聖堂より俺達の命の方が大事だ。これだけ大きな建物なら、端っこが少々壊れても大丈夫だろ。


「竜の姿ならオレに勝てると言うか。ならば、変化してみせよ! ぬうんっ!」


 ゴーマンが踏み込み、金棒を力尽くで振り下ろそうと全身に力を込めた。


「ムムム……!」


 レムも片手は諦め、両手でゴーマンの腕を持ち上げる。リバーシで負けそうになってる顔と同じだが、大丈夫かな?


「衛兵!」


 その間にジャンヌは兵を呼び、人間の兵が十人ほど別のドアから入ってきた。エマも一緒だ。


「ゴーマン将軍! これ以上、このお二方に無礼を働くと言うことであれば、正式にロボウ王に抗議申し上げるが、よろしいですね?」


「無粋な! 手合わせくらいで無礼と抜かすか」


「聖法国とラドニール王国においては、無礼に当たります。冷静なご判断を」


「断る! 陛下もこれくらいは許して下さるだろう。おりゃあ!」


「ひゃっ!」


「レムッ!」


 ゴーマン将軍の繰り出した左パンチに、レムが慌てて防御したが、そのまま壁に吹っ飛んだ。

 ぶつかった壁にヒビが入り、少しめり込んでいる。


 だ、大丈夫か?!

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