第五話 突然の幼女
何か、温かいものが俺の頬に当たっている。
それは二つの丸い塊で、ぷよんっとした何かだ。
柔らかく気持ちいいので頬をすりつけてみる。
うん、すべすべ。
「んっ……やだ、アハハ、お尻くすぐったい」
それが可愛い声を出してもぞもぞと動いたので、夢心地で眠っていた俺は慌てて飛び起きた。
「な、なんだ!? いや、っていうか、誰!?」
シーツはこんもりと膨らみ、裸足の指がそこに覗いている。
つまり中に誰か、俺以外の奴がいる。
え? リリーシュ?
いやいや、彼女が俺のベッドに入ってくる訳が無い。
ちょっと仲良くなった感じだけど、アレはそんな積極的な子でも無いし、性に関しては凄く潔癖そうな感じだったし、何よりこの国のお姫様だし。
俺が寝る前に部屋の前までしつこく付いてきたリリーシュも、部屋の中までは入って来ず、諦めてそのままどこかへ行ったのだ。
では、ローク?
疲れた俺を小姓として慰めてようとくれた?
気持ちはありがたいけど、そこはやっぱり女の子じゃないとね……いや、まあ、あれくらいの美少年なら有りか?
いや待て待て待て、俺はノーマルだ。
でも、ちょっと小柄な彼は、中性的で微笑んではにかむととても可愛いし、ひょっとしたら男装してるだけかも……ああもうこの際、裸で迫ってくるならツイてようがもう何でも――
「ユーヤ、夕食、できてるけど――」
ちょうど俺がシーツをガバッとめくって、いけない欲望を全開に解き放とうとしたその瞬間、ドアを開けてリリーシュが部屋に入ってきてしまった。
「うっ、リリーシュ!」
「なっ! ユーヤ!? それ、誰よ! てか、なんでその女の子、真っ裸なのよ!」
カッと目を見開いたリリーシュは何やら凄い剣幕だ。
そこは中世、幼女奴隷がいる世界なら、おおらかにセーフじゃないのっ!?
「ま、待て、リリーシュ、なぜいきなり剣を抜く」
「さあ、どうしてかしら、何かふつふつと怒りがこみ上げてきて。とにかく、誰よ? うちのメイドを無理矢理に連れ込んだと言うのなら、容赦しないわよ!」
「いやいや、そんなはずは……というか、俺も記憶に無い」
「そんな悪徳貴族みたいな言い訳が通用するかぁ!」
「ひいっ!」
ドカンッ!
と派手な音がして、ベッドが粉々に砕け散った。
「お、俺を殺す気か!」
「そうね、真面目に話さないと、分かんないかも」
おいおい、だから真面目に俺は話してるんだけど!
「なんだ? うるさいなぁ……」
眠っていたその幼女が目をこすりながら起きた。
華奢で小さな指。
おおう、膨らみかけの小さな胸が目の前に。凄く近い。
ぷくっとしたお腹。
その下は残念ながらシーツが邪魔になっていて見えない。シット!
長い金髪に、褐色のつややかな肌で、コギャルみたいな感じの子だな。
頭に二本、角みたいな物をつけてコスプレしている。
俺はそんな趣味は無かったけど、今、目覚めた。
今日から俺も立派なコギャルスキーだ。
「あなた、とにかく、服を着なさい」
「んあ?」
良い感じでよだれを垂らしたその子は、まだ寝ぼけているようだ。
顔に見覚えは無いが、ん?
「くんくん、なんか、獣臭いな……」
「くんくん、そうね。あなた、獣人なの?」
「なっ、オレ様を獣人みたいな下等生物と一緒にするな! それはさっき食べてきた狼の臭いだろう」
「オレ様? 狼を食べた? ま、まさか……」
「それって……」
俺とリリーシュは思い当たる節があって、思わず顔を見合わせた。
「ああ、この人間の姿では分からぬか。では、元の姿に戻るとするか、えいっ」
「待て馬鹿そこで変身するんじゃな――ぐえっ!?」
「だ、ダメよ、きゃあっ!」
バキッドゴン! と城の壁が弾けるように崩れ、俺の体は強かに石に叩きつけられた。
「おっと、壊してしまったか。すまんすまん、ハハハ」
大きくなったレッドドラゴンが謝るが。
「グフッ……」
「いった……ユーヤ! 大丈夫?」
「ダメだ、死ぬ、俺のハードディスクの処分は頼んだぞ……」
「ちょっと! 何言ってるの、しっかりしてよ! 誰か! 司祭を連れてきて!」
幸い、打撲と切り傷だけですんだが、かなり痛かった。
「たったあの程度で傷つくとは、お前は本当に勇者なのか?」
再び幼女に戻ったレッドドラゴンが疑りの顔で聞いてくる。彼女の服は残念ながらリリーシュがお下がりを着せてしまった。残念だ。
「そうだけど、もう勇者廃業で良いよ……俺はタダの人間だ」
包帯を巻いた俺は力なく言う。
「ようやく落ち着いたけど、レッドドラゴン、なんであなた、ここに戻ってきたの?」
リリーシュが幼女に聞いた。
「それはもちろん、ヒマだったから!」
「ああ、そう……」
俺もどうせそんなところだろうと思ったよ。
「さあ勇者よ、リバーシをやるぞ!」
「ああ、まあいいけど、一つ約束しろ」
「なんだ?」
「ここでは一切、人間を襲うな。食っても怪我をさせてもダメだ。約束を破るなら、俺は二度とお前とは遊んでやらん。永久に、だ」
「わ、分かった。次からは気を付ける」
「あと、俺のことは勇者じゃなくて、ユーヤと呼んでくれ。これはまあ、友達の証だ」
「おお! ではオレ様のことはレムと呼べ。親父様にもらった名前だ。友達の証だ!」
「レムか、分かった。なかなか可愛い名――いや、強そうな名前だ」
「ふふん、だろう?」
「レム、私の名前はリリーシュよ」
「おお、お前はこの国の王女であったな」
「うん。もう一つ、私と約束して欲しいんだけど、人間の姿の時に人前で裸になったり、ユーヤのベッドに入るのは止めてね」
「なんで?」
「な、なんでって……それは女の子の嗜みだからよ」
「嗜み???」
「だがリリーシュよ、レムはワイルドなレッドドラゴンだからな。何も人間のルールで縛る必要は無――アイタタタタタタ、や、やめて! 傷口を足でぐりぐりしないで!」
「何を偉そうに、このドスケベ勇者! 人間の間は、人間のしきたりに従ってもらうわよ。い、い、わ、ね?」
「わ、分かった。……ユーヤよ、恐いな、この女。傷口をえぐるとは」
レムも小声で言ってくる。
「ああ、お互い、気を付けよう」
「そうだな」
「それとレム――い、いやいや、今度は真面目な話だぞ?」
リリーシュがキッと恐い目で睨んできたので俺は首を振って釈明する。
「本当でしょうね?」
「ああ、大事な話だ。レム、お前、ちゃんと親父さんの許可をもらってここに来てるんだろうな?」
誘拐罪になっても困るし、親を心配させるのも良くない。それに、レッドドラゴンの親父が怒ったらしゃれにならん。
「む……もらってない」
「じゃあ、もらってこい」
「それは無理だ。もう親父様は死んでしまったからな」
レムが寂しそうな顔で言う。
「ああ……それは無理を言って済まなかった」
「いや、ユーヤも知らなかったのだろう。だから別に良い!」
レムが笑ってくれた。
「ちなみに、レムちゃんって、いくつなの?」
「歳か? オレ様は生まれて二十八年になるな」
「よしっ! 合法ロリ来たぁああああーっ!」
「何で気合い入れて心底喜ぶのよ! ダメよ。ドラゴンと言ったら寿命も長いのだし、精神年齢で行くと人間の半分以下でしょう」
「それでも十四才、この国の成人年齢は?」
「残念でした。十五才よ」
「くっ! だが、一年、いや、二年待てば……」
「お前達はさっきからなんの話をしているのだ? 合法ロリとはなんだ?」
「ええっと、私も実はよく分からないんだけど、たぶんきっと、子供が知らなくて良い事よ、レムちゃん」
「分からないのに反対なのか?」
「ええ、だってなんとなく予想は付くもの。法的なことなら、姉様に言って違法にしてもらうから。生後三十年以下の幼生ドラゴンに変な事したら重罪で!」
「待った、権力者が恣意的に法を決めるのは横暴じゃないか? せめて、議会、いや、男性貴族や男性市民の皆様のご意見を広く聞いた上で……」
「どうして男性に限るのかしらね。凄く恣意的な物を感じるわ。とにかく、違法にしてやるから」
リリーシュが肩を怒らせながら部屋を出ていった。
「くそう……ミスった、あそこは高尚な紳士の方々と言うべきだった」
「人間は何やら面倒臭そうだな。まあいい、リバーシをやるぞ! リバーシ! リバーシ!」
幼女レムに迫られ、とても今はそんな気分になれないのだが、これも二年後のためだ。俺は渋々同意した。
「さあ、始めるぞ、若紫よ」
「オレ様は、レ、ム、だ!」
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次回は明日19時投稿予定です。