第十五話 出立
聖法国との外交交渉を済ませた。
ジャンヌが玉座の間から退出すると、その場の全員がほっとため息をついた。
自分より国力が大きい国と交渉するのはやっぱり大変だな。
しかも相手は何を言ってくるか分からない国だ。
「ユーヤ殿、余計な事を言ったかの?」
クロフォード先生が交換条件の話を気にしたようだ。
「いいえ、先生、良い案でした。あれが無ければ聖法国が本当に攻めてきたかもしれません」
「でも、無茶苦茶だわ。なんでユーヤを呼ぶのに、そんな戦争までしなきゃいけないわけ?」
リリーシュが腹の虫が治まらない様子で言う。
「さあ、それは聖法国に聞いてもらわないと、外の人間には分からないよ」
聖法国にも事情はあるのだろうが、特に常識が異なる国は理解が難しいからな。
そこは気にしたって仕方ない。
「ではユーヤよ、苦労を掛けるが、頼むぞ」
国王が気遣いの言葉と共に命を下した。
「はい、陛下。行って参ります」
「大丈夫かしら……」
リリーシュが心配するとアンジェリカが頷いた。
「大丈夫でしょう。彼らも、聖女は大切にしているでしょうし。ただし、送られてくる人物が本物かどうか、きちんと確かめておかないと」
確かに、替え玉を送られたら厄介だな。
「そ、そうよ。どうやって見分けるの?」
「それはレムにやってもらおう」
レッドドラゴンは人の嘘を見抜ける。ま、今後のためにも、聖法国には別に諜報員も送り込んでおかないとな。
情報収集は大事だ。
「ああ、レムなら嘘が見抜けるんだっけ」
「うん。それに、いざとなったらレムに飛んでもらって脱出かな」
「それが良さそうね。あ、じゃあ、なあんだ、そんなに危険でも無さそう。心配して損しちゃった」
寝込みを襲われたり薬を盛られたりする可能性もあるのだが、リリーシュを心配させるだけなので俺は黙っておく。
「ユーヤ、本当にいいのですね? あなたは――」
アンジェリカが何か言いかけるのを俺は遮って言う。
「大丈夫。ちょっと聖法国を見てくるよ」
俺は努めて明るく笑った。
出発の日時は十日後の正午に設定された。
その正式な出発の日の早朝、俺はエマと共にレッドドラゴンに変身したレムの背中に乗り、こっそりとオルバへ向かった。
オルバからこちらに向かって出発する聖女が、本物かどうか確かめるためだ。
馬車で五日の道のりも、レムならたったの数時間で飛べる。
「じゃ、ユーヤ、人間は飛べないんだから、落っこちないようにオレ様の背中にしっかり捕まってて!」
レムが気を回してくれるが、人間のことがよく分かってきたな。
「ああ、ロープも結んだし、いいぞ、レム、飛んでくれ」
「じゃあ、行くぞ! G――」
「吠えるの無しで、静かにな」
「そ、そうだった。つい」
ジャンヌに気づかれては事なので、隠密行動だ。
レムが俺達を乗せてバサバサと翼を羽ばたいて空に飛び立った。
「ほう、これはかなり速いな。見ろ、ユーヤ、城がもうあんなに小さくなったぞ」
エマが言うが。
「見ない! 絶対、見ないから!」
俺は目を固く閉じて宣言する。
「うん? ああ、お前は高所恐怖症というヤツだったな」
「高いところ、気持ちいいのに、ユーヤは変~」
「何とでも言え」
「だが、ユーヤ、向こうが偽の聖女を出発させたときはどうするのだ?」
エマが聞いてくる。
「そうだなあ。一応、こっちも出発までは気づかないフリをして……そうだな、途中で本物のドラゴンが出たことにして引き返すか」
道中にドラゴンが出ては、聖法国だって行き来は諦めるほかないだろう。当分の間は。
会談の場ではドラゴン退治を名目にしてきたが、本当に彼らがそこまでの力があるのかどうか。
もし有ったとしても、レムは空に飛んで逃げられるので、いざとなれば飛んで逃げれば良い。
「だが、レッドドラゴンはまずくないか?」
「大丈夫、考えがある。ありったけの墨を塗ったくって、ブラックドラゴンになってもらおう」
一度、レムが小麦粉の袋の中に入り込んで粉まみれになったことがあった。
その時は人間の姿だったが、真っ白でちょっと面白かったので、それがヒントになった。
普段は小麦色の肌をしたコギャルだ。
「おお! 面白そうだな!」
レムもノリノリだ。
「ま、それは聖女が偽物だった時にな、レム」
「分かった! 偽物だといいなー」
レムは無邪気にそう言ったが、そうなると俺達は凄く困るんだけどね。
二時間後、俺達は聖法国の国境へ辿り着いた。
「あそこだ。馬車の車列が並んで出発を待っているぞ」
エマが言うが、俺は絶対見ないのでどんな風になっているかは分からない。
「よし、レム、その辺に降りてくれ」
「りょーかい!」
地上に降りて俺が目隠ししている間にレムは人間の姿に戻り、服を着た。
「じゃ、頼むぞ、レム」
一人で行かせるのはちょっと心配なのだが、ここにいないはずの勇者は顔が知られては困るし、エマも竜人族で目立つ姿だ。
レムなら見た目は子供の姿だし、フード付きのローブ姿なので、何とかごまかせるだろう。
聖法国も聖女の周りは警備を固めているはずだが、子供なら近づいてもそれほど警戒すまい。
「任せろー!」
タタタッと元気良く走って行くレム。
俺とエマは岩陰からそれを見送り、じっと待つ。
戻ってきた。
「ユーヤー!」
「レム、分かったか?」
「うん。それがねえ……」
レムが困った表情を見せた。
「そうか、分からなかったか……」
「いや、分かったよ! 本物だった!」
「ええ?」
「ブラックドラゴンになり損ねたな」
エマが言うので理解できたが、そんな約束をしていたっけ。
「ああ、それか」
「うん、残念!」
「ま、無事に帰れたら、陛下にお願いして、墨を用意してもらおう」
「ホント!? やったぁ!」
「じゃ、ユーヤ、目隠しだ」
エマが俺の頭に布を巻く。グルグル巻きだ。
「何もそこまでしなくたって、ちょっと後ろを向いてれば良いだけだろ」
「ユーヤは油断も隙もならないからな。念のためだ」
信用が無いな……。
「もういいよ!」
レムがレッドドラゴンに変身し、また背中に乗る。
「では、急ぐぞ、レム。正午までに戻らねば」
エマは時間を気にしたが、少しくらい遅刻しても何とかなるだろう。
「分かった! 超特急だな! 任せろー!」
「ま、待てレム、そんなに急がなくても間に合――ひいっ!」
レムがあんまりにも飛ばすので、顔に当たってくる風圧が凄いことになっている。
あ、コレヤバイ、口を開けたら肺がやられるレベルだわ。息が……!
レムぅううううう―――
「ぜえ、ぜえ、し、死ぬかと思った……」
「ユーヤー、ごめん、アハハ」
「だが、間に合ったようだぞ」
「あ、いたいた。ではユーヤ様、出発いたしま――んん? 大丈夫ですか?」
ジャンヌが今にも死にそうになっている俺を見て不思議な顔をする。
「ええまあ」
「ではそろそろ行きましょうか。そちらの護衛はエマさんだけでいいのですか?」
「ああ、一人で充分だ」
こちらにやってくる聖女が本物なら、もうおかしな事はしないだろうし。
「待ったぁ! 私も護衛として付くわ!」
無双のリリーシュが一匹現れた。
おおっとモンスターの先制攻撃! 無双のリリーシュは胸を張り、抗議は受け付けないわよ、とワガママ王女のポーズを取った!
ジャンヌは混乱してしまった!
「ええ? お、王女殿下が、ですか?」
「リリーシュ、そう言う予定に無いことをしたら、向こうも困るだろ。だいたい、なんで君が護衛なんだ」
「私がこの国で一番腕が立つからに決まってるじゃない」
「あーハイハイ」
この様子だと引き下がるつもりは無さそうだから、もう連れて行こう。
俺とエマとレムとロークが馬車に乗り、リリーシュはそのまま自分の愛馬に乗って付いてくることになった。
「失礼しますね」
さらにジャンヌが乗り込んできたが、四人乗りの馬車ではもうこれ以上乗れないのだが……。