第十四話 交渉
聖法国全権大使ジャンヌが正式な外交を求めてきた。
二つ目の条件まではトントン拍子に話が進んだが、三つ目はちょっと微妙だ。
「まずは理由を聞こう」
国王がすぐには答えず説明を求めた。
「はい、聖法国においても初代勇者の活躍は伝承となっております。魔王を倒し、人類を救った人間族の勇者は、我らの希望でもあります。ぜひ、私達の国の民にも顔を見せて頂ければ、民衆も喜ぶに違いありません。
見ての通り、私もそして妹の聖女も人間ですから」
ジャンヌが微笑む。普通の理由だな。特に怪しいところは無い。
「話は分かった」
「ああ、では!」
ジャンヌがぱぁっと輝く笑顔を見せたが、国王は手をかざしてそれを止めた。
「生憎だが、勇者ユーヤは、我が国において軍師であり文官も兼ねておる重臣だ。多忙ゆえ、そちらの希望には添いかねるな」
「そうですか……もし、この条件を飲んで頂けるのでしたら、私達がミストラ王国を誅伐し、同盟も組むことができますが」
ミストラ王国をやっつけてくれる上に、同盟の申し出とは随分と気前が良い。
だが、竜人族のエマもこの場にいるからな。聖法国とは仲良くできない。竜人族は聖法国が嫌いなのだ。
「いや、せっかくの申し出だが、会ったばかりで同盟とは性急に過ぎよう。それはいずれまたの機会に」
国王も当然、断る。
「残念です。聖法国は武名の誉れ高い『狼牙王国』とも同盟を結んでおります。かの国は三十年ほど前に精霊国をあっという間に滅ぼし、征服しております。聖法国と同盟を結べば、彼らの援軍も期待できるでしょう」
強い味方がいるよというジャンヌのアピールだが、わざわざ外交の場で『他国を滅ぼして征服した』と言うのはほんのちょっと脅しが入ってる気がする。
少なくとも俺が外交官で仲良くしたい国との外交なら、そういう物騒な話はしない。相手を警戒させては同盟も何も無いだろう。
「こちらも精強で名高い『竜人族』と同盟を組んでおる。お互い、良き友人を持っているから安心だな」
国王陛下もこの手の外交は手慣れているようで笑顔で切り返した。
「はい」
「では、聖女殿によろしく伝えて頂こう」
「ええ」
やれやれ、これで聖法国との外交は済んだな。
俺や皆がそう思ってほっと一息ついたとき、ジャンヌが発言した。
「ところで……ラドニールにはレッドドラゴンの上位種がおられる様子。ご説明頂けますね? 陛下」
うーん、それがあったか。
レムにゾンビを倒してもらったが、ジャンヌにしっかりと目撃されてしまったようだ。
しかし、話は三つと言っておいて、ほっとしたところに四つ目を出すのはなんかズルいぞ。
「さて、何の話かな」
「そうですか。ご存じない……では、危険なレッドドラゴンの討伐はこちらでお任せを。『狼牙王国』に援軍を頼み、すぐにでも片付けてご覧に入れましょう」
「待て、それは我が国に『狼牙王国』の軍を入れると言うことか?」
「ええ。モンスター退治であれば、国境を気にしている場合ではありません。しかも相手は上位種。『周辺地域』に大きな被害を出さないためにも、必要な事と判断いたします」
『周辺地域』と言われてしまうと「我が国は平気だから心配ご無用」とは言い返せないな。
「あなたのところはともかく、うちの国が心配ですから」と言い返されるだけだ。
「ううむ、しかし、大司祭殿の見間違い、と言うこともあろう」
「ええ、あるかもしれませんね。ですが、本当にいた場合を考えて行動すべきです」
「ふむ……」
国王がアゴに手を当てて考え込む。
ちょっとまずいな。
「陛下、よろしいでしょうか?」
「うむ、申してみよ、ユーヤ」
「は。では、陛下のお許しを頂いたと言うことで。大司祭殿、あれは私のスキルです」
「まあ」
「えええっ?!」
リリーシュが素っ頓狂な声を上げてしまうが、そこっ! 黙っててね。
これはじっちゃんの言ってた『卑怯で悪い嘘』とは違う。
外交の場の騙し合い、ブラフだ。
「ですから、ご心配には及びません。あれは一種の幻、人里を襲うことはありませんから」
ニッコリと。
「そうですか。では、魔術に優れた勇者様にはなおさら私達の国に来て頂かなくてはならなくなりましたね。
改めてご訪問をお願いします。
もし断られるのでしたら、私達の気まぐれな友人が、月夜に乗じて勝手に勇者様と手合わせを望むかもしれません。
何しろ、血気盛んな武人の集まりですから、ふふ」
ジャンヌが恐い笑みを浮かべて言うが、完全に恫喝だな。
これだから宗教国家は。
「ちょっと、あなたねえ、黙って聞いていれば!」
リリーシュが怒るのも無理は無いが、それもジャンヌの計算のうちかもしれない。
リリーシュに無礼を働かせて、それを開戦理由とするのだ。
どうやら聖法国は平和的な国家などではなく、割と領土的な野心があるようだ。
あるいは、どんな手段を使ってでも俺を聖法国に呼びたいのか。
「いけません、リリーシュ」
アンジェリカが声で制止する。
「くっ、でも!」
「ちなみに、大司祭殿、訪問期間はどれくらいの予定で?」
俺は聞く。
「そうですね、式典とお披露目、観光とご休憩も含めて、日程一週間でいかがでしょうか」
思ったよりも短い。
だが、三つの条件と言って四つ目を出してくる人物だからなぁ。
「ダメよ、ユーヤ。嘘に決まってるわ。牢屋に入れられたら、どうするの」
リリーシュもジャンヌは信用できなかったようだ。
「まさか、勇者様にそのようなことを。神に誓って致しません」
ジャンヌが初めて不機嫌そうに言う。だが、本心かどうかはちょっと分からないな。これも演技ということだって充分にあり得る。
レムに嘘を見破ってもらうと言う手もあるが、彼女はこの場にはいない。
レムは見た目は人間の幼女だが、化けている間も角も二本ちっちゃいのが生えているから、ジャンヌに会わせたくはない。
いや、もう会ってるか。まだ正体がバレてるわけじゃないと思うけど。
今、ここに連れてきて嘘発見器をやらせたら、勘の良さそうなジャンヌだから気づいてしまうかもしれない。
さて、どうしたものか。
「では、こうしてはいかがかな。聖女殿に我が国を訪問して頂き、その間に勇者殿に聖法国を訪れてもらうというのは」
クロフォード先生が提案した。
なるほど、人質交換みたいなものか。
相手の方は自分の妹で、しかも国のトップだから、まあ、見捨てて裏切るなんてことはないだろう。
聖法国は聖女の奇跡の力によって国が大きくなったのだから。
「それは……聖女様の安全を確実に保証して頂けるなら。あと、護衛も十人ほど、付けさせて頂きます」
渋い顔をしたジャンヌは、少し迷ったが、条件付きで了承した。
「無論、我らに敵意など無い。そちらが安全に勇者殿を返してくれるのであれば、こちらも聖女殿を無事に返そう」
国王が言うと、ジャンヌも頷いた。
決まったな。