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第十三話 術者

 竜人族の協力とレムの活躍でゾンビ兵を倒した俺達は、勝利の喜びに包まれていた。


「待て!」


 しかし突然、エマが鋭く叫んで羽ばたいて飛んでいくので、新手かと皆も慌てて身構える。


「どこだ!?」


「あそこよ!」


 リリーシュが指差した先には、炎に照らされた黒い人影が見えた。

 人影は走ってこちらから遠ざかろうとしていたが、エマが体当たりで転ばせたようだ。

 すぐにラドニール兵も駆けつけ、その男を引っ捕らえた。


 俺達も駆けつけ、その男を見る。

 黒いローブ姿のそいつは苦々しげにこちらを睨んでくる。

 表情もあるし、どう見てもこの男はゾンビ兵ではなかった。


「さて、生きている人間なら、素性を吐いてもらいましょうか」


 リリーシュが剣を男の首に突きつけた。


「ふん、……殺せ」


「ふう、いいわ、城の牢に入れてしまいなさい」


「はっ!」

「待ってくれ」


 俺は止めた。


「ユーヤ! こいつは怪しいわ」


「分かってるよ、リリーシュ。ちょっと問いただすだけだ。お前は、ミストラ王国の人間か?」


「フッ、違うな」


「では、どこの国の人間だ。この戦に無関係なら、こちらとしては解放しなくてはいけない」


 本当に無関係ならね。


「ほう……では、そうだな、オルバということにしておこう」


 ニヤニヤと笑いながら言うが、あからさまな嘘だなあ。


「我が国の民なら、洗礼の神殿名と名前を言えるはず」


 そう言ってジャンヌが自分のお腹を撫でた。聖法国の挨拶だ。

 だが、男は縄で縛られているとは言え、何もしようとせず、それどころか、そっぽを向き黙り込んだ。


「この男は、オルバの民ではありません。だいたい、黒など()み色ですから。オルバの人間でこんな物を着る物は一人もいません」


「本当のことを言うなら今のうちだぞ。ここで何をしていた? 言えないようなことか?」


 俺が再び、問う。


「いいや。我は使命を果たしたまで」


「使命?」


「そうだ。だが、お前たちごときに、説明しても理解はできぬだろうがな」


「なあに? その言い方、あったま来る!」


 リリーシュが剣を首に突きつけたが、反応しないこの男は死を恐れていないようだ。


「おそらく、ゾンビを操っていたのはこの者かと。死霊術を操るネクロマンサーですね?」


 ジャンヌの問いに男が笑って肯定した。


「ふふ、そうだ」


「「 こいつ! 」」


「目的は何だ!」


「決まっているだろう。死だ! ラドニールを破壊し、殺戮の限りを尽くす。だが、まさかドラゴンまで出てこようとはな。私も驚いた。奴はどこへ行った?」


「狂ってるわ」

「何のために……」


 ミストラ王国の人間ならば、憎悪に駆られてという動機もあり得ただろうが、この男はミストラ王国の民でも無さそうだ。

 ミストラ王国の人間なら、領土についての恨み辛みと自分の正義を語らずにはいられないだろうしな。


「もういい、連れて行きなさい」


 (らち)があかないと思ったか、リリーシュが兵士に命じた。


「はっ」


 連れて行かれる男に、俺はもう一つ聞いておくべきことを思いついて質問した。


「ドラン三世に命令されたのか?」


「命令だと? ふっ、あやつはこちらが利用してやったに過ぎぬ。ただの道化よ」


 ミストラ王国との関係は確認は取れたが、ますます訳が分からなくなった。

 ミストラ王国がラドニール王国に攻め入って、どこの国が得をするというのか。


 もし、ミストラ王国が勝利すれば、南の『獣人部族連合』はラドニールよりもさらに厄介な隣人と前線を構えるわけで、従属国という立場からの解放があっても得したと言えるかどうか。それに直情的なアオイやハチなら他国でネクロマンサーを雇ったりするだろうか? 仮に雇ったとしても、戦うときは自分達も剣を持ってラドニールに立ち向かってくるだろう。


 東の『自由交易都市ヴェネト』にしても、軍事大国が領土を広げて得があるとは思えない。次は自分の国が攻められるかもしれないのだ。


 西の竜人国は同盟を組んで共に戦ってくれているわけだし、聖法国にしても、こんな神をも恐れぬようなやり方はしないだろう。



 やはり、どこの国の差し金か、何を目的としていたのか、さっぱり分からない。


「何なのかしら、アイツ」


 不気味さといら立ちが募る中、リリーシュが嫌悪の籠もった目で連行される男の後ろ姿を睨み付けた。




「王女殿下、一つ、お願いがございます」


 その場に伏して跪いたジャンヌは今までとは少し様子が違っていた。

 頭を垂れ、礼儀正しく静止した彼女は、可愛げな少女といった(おもむき)ではない。


「何かしら」


 リリーシュが気軽に聞き返す。


「今まで黙っていて申し訳ありませんでしたが、私の本当の地位はオルバ聖法国大司祭。聖法国の外交の全権を聖女様より承っております」


「やっぱりね。でも、そんなに若いのに、大司祭なの?」


 リリーシュが確認する。


「はい。実を言うと聖女は私の妹ですので」


「ああ……えっ! じゃあ、事実上のトップ?」


「政務に関しては、そう思って頂いて結構です」


「うわ。ユーヤ、後はお願い」


「そうだな。大司祭殿、急ぎの要件でなければ、もっと安全な場所で、正式な外交と行きましょう」


「分かりました」


 ラドニール城に戻り、玉座の間で重臣たちをそろえて仕切り直しだ。

 もちろん、玉座には国王陛下もお出まし頂いた。



「では、オルバ聖法国大司祭ジャンヌ殿、改めて余が話を聞こう」


 国王が話を切り出す。


「はい、国王陛下には謁見をお許し頂き、誠に感謝に()えません。三件ほど、聖法国より外交的なお願いがございます」


「ふむ、まずは申してみよ」


「はい。まず、一件目。聖法国は先程ラドニールの兵が捉えたネクロマンサーをこちらに引き渡すことを要求(・・)いたします」


 お願いと言ったくせに、要求なんてちょっと図々しいが、それだけ聖法国にとっては重要だということだろう。

 断れば、なにがしかのペナルティ、最悪の場合、こちらに戦争も仕掛けてくるという脅しの意味合いもありそうだ。

 聖法国にはそれだけの国力と軍事力があり、強気に出られるからな。

 かの国はラドニールより大きい。しかも強大国と名高い『狼牙(ローガ)王国』とも同盟を結んでいる。


「なに? 要求か。理由や事情は説明してくれるのだろうな」


「ええ。かの者は禁忌の術を使い死者を蘇らせました。いえ、あれは死者を操ったにすぎません。死者の魂と、神の摂理をも冒涜する行為、ファルバス神の教えに忠実に生きる私達にとって絶対に許せる存在ではありません。即刻、引き渡しを」


「ううむ……」


「陛下、よろしいでしょうか」


 俺は発言を求めた。


「よかろう、軍師ユーヤよ、申してみよ」


「は、大司祭殿の言い分は誠にもっとも。ここは引き渡すべきかと」


「でも、ユーヤ、アイツがゾンビをけしかけてきたのよ?」


 リリーシュが納得いかないと文句を言うが、そこは重要だ。


「もちろん、分かっている。だが、大司祭殿、彼を無罪放免にするなどということは――」


「あり得ません。死罪が妥当かと」


 どうせ罰してくれるなら、引き渡そうが引き渡すまいが、同じ事だ。


「ならば、聖法国で罰してもらいましょう。それから、処刑前には可能な限り情報を引き出し、その情報をこちらにも渡してもらいます。可能なら尋問にラドニールの立ち会いを求めるべきかと」


「うむ。大司祭殿、今の条件でいかがか」


「はい、こちらも異存はありません。ですが、情報が引き出せなくとも、ひと月以内には処刑しますので」


「受け渡しの手続きに三日ほどもらうが、それで良いか」


「ええ、そのように」


 さすが国王陛下だ。約束を反故にされてもいいように、これで三日間はラドニールで尋問だな。


「決まりだ。二件目の話を聞こう」


「はい、聖法国では、無料で治療を施しております。ラドニール王国との友好のため、またファルバス神の教えを守るため、ラドニールに神官を何人か派遣させて頂きたいのですが」


 ジャンヌがニッコリ笑って言うが、さあ来たぞ。

 お得な無料サービスと見せかけての布教活動だ。


「それは、オルバの教えを民に広めたいと言うことだな?」


「いえ、民から聞かれれば答えますが、積極的にということでは」


「せっかくの申し出だが、断らせてもらおう。我が国にも神官はおるのでな」


「残念です。聖法国は何も特別な教義が有るわけではありません。ファルバス神の教えに忠実に、より良い世の中にして行こうと、ただそれだけなのです」


「結構なことだな。しかし、我が国では意に沿わない強引な勧誘活動を禁止しておる。個人の信教と集会については自由だ。我が国の法(・・・・・)を忠実に(・・・・)守る限り(・・・・)、そちらの神官がこちらで教えを説いても構わぬ」


 国王の言葉は、一見、布教を許しているように見えるかもしれないが、法を(つかさど)るのはこちらだから、いつでも好きなときに追い出すことができる。

 こちら側で事前に話し合いをしていたから、そこの条件はきちんと詰めてある。

 ラドニール王国では法が教義に優先する。最も優先する物がその国のドクトリンであり、国の基本原則だ。

 もしも聖法国の教義を優先するようなことがあれば、この国の司法とすら衝突し、やがては国そのものを乗っ取られるだろう。


「……ありがとうございます。では、近日中にでも、神官を三人ほど連れて参ります。まずは聖法国の在り方についてのご理解を深めて頂きたく」


 笑顔を崩さなかったジャンヌだが、返事に一瞬の間があった。内心、舌打ちしているかもしれないな。


「よかろう」


「三件目のお願いですが……」


 そう言ってジャンヌはちらりと俺を見た。


「勇者ユーヤ様に我が国をご訪問して頂けないでしょうか」


 訪問か。

 それって、ちゃんと俺がラドニールに帰れるのかね?

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