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第十二話 死人の軍

 北のミストラ王国が攻めてきたが、その兵士はすべてゾンビだった。

 先の戦いでは籠城と見せかけての奇襲で攻城兵器を焼き払ってやったが、やはり攻城兵器は補充できていない様子だ。


「だが、ゾンビなら城を落とせると踏んだのか……?」


 俺は向かってくるゾンビ兵を見つつ、(いぶか)しむ。

 リリーシュの話では上から矢を射かけてもゾンビは怯まず、籠城でも防ぎにくいという話だった。

 兵法書にはゾンビとの戦い方は書いて無かったんだよなあ。


「アア……」「ウウ……」


 かすれるような呻き声を上げる兵士達がゆっくりとこちらに進んでくる。

 剣を持っている者もいるが、そのほとんどは素手だ。


「放て!」


 リリーシュの合図に、矢が次々と放物線を描いて襲いかかるが、倒れるのはわずかで、矢が刺さったまま歩いてくる。進軍も止まらない。


「だ、ダメだ、死なないぞ!」

「どうなってる! 無敵なのか、奴ら?」

「じゃあ、どうするんだよ!」


 味方の兵士が動揺し、狼狽えた声があちこちから聞こえてくる。


「まずいな……」


 誰だって効果が無いことはやりたくないだろう。しかも、今は戦、自分の命が懸かっているのだ。


「怯むな! 撃ち続けなさい!」


 リリーシュが声を張り上げるが、矢もいずれ尽きる。

 その前に何とかしないと。

 ゾンビを倒す方法は……。


「死者の肉体はすべからく土に還るべし。ここは浄化の神殿なり。魂は天上へと安らかに導き給え。ワイド・ターンアンデッド!」


 ジャンヌが両手を胸の前で合わせ、祈りを捧げた。すると、白い光がゾンビ達を包み込み、一瞬で灰となって消えた。


「おお!」


 さすがは本職、効き目も抜群だな。

 だが、ジャンヌの顔は険しい。


「私の魔力(MP)が持つ限り唱え続けますが、すべては無理です」


 相手の数は総勢三千、対するジャンヌは一度に十数人を倒せるかと言ったところだろう。あと三百回ほど、唱えてくれればいいんだけど、さすがにそれは無理か。


「エマ、枝と油を用意してくれるか」


 俺は言う。


「燃やすのだな? 分かった」


 俺の指示にエマと竜人族の兵が羽ばたいて南へと移動していく。


「時間を稼げ! 策はある! ゾンビ共を燃やすぞ!」


 俺は残った兵にそう告げて作戦目標を明確化しておく。

 何も必死になって戦う必要は無い。ここは下がっても良いのだ。まだ下がれる。


「後退しろ!」


 リリーシュも俺の作戦に従って兵を動かしていく。


「アタシらに任せるニャー!」


 左側から猫耳族の戦士達がゾンビ兵に向かって突撃を掛けた。少し合流が遅れていたが、味方として駆けつけたようでこれなら問題ないだろう。


「無理はするなよ、アオイ」


「うるさいニャ、ぶっ飛ばして蹴散らすニャ!」


 反抗的な味方だが、仕方ないな。少しお手並みを拝見と行くか。

 猫耳族は持ち前の俊敏さを生かしてゾンビ兵をスピードで翻弄し、一方的に斬りつけていく。

 だが、いくら俊敏でも、密集隊形での乱戦となると回避は窮屈だ。一度捕まってしまうと、スピードの優位は一気に消え、次々にゾンビに噛みつかれてしまう。


「うええ、放せ、この野郎!」

「ぎゃー」

「うニャー!」


 これはダメだな。


「下がれ、アオイ! これは命令だぞ!」


「くっ、まだ始まったばっかりニャのに」


 不承不承と言う感じだが、アオイが下がって、猫耳族の部隊も後退した。ゾンビ兵は後でまとめて燃やす予定だから、今は損耗を増やして欲しくないんだよな。


「矢が尽きました!」


「もっと用意しておけば良かったわね……。槍兵、前へ!」


 リリーシュの指示で長槍を持った兵が前に並ぶが、数はまばらで少ない。

 もっと槍ってずらっと並べたいところだな。装備の数もやっぱり必要か。


「それっ」

「えいやっ!」

「このっ!」


 槍でゾンビを突くが、心臓を突き刺しても向こうはお構いなしで動いてくる。

 これは白兵戦だと厳しいな。


「くそっ、来るなぁ!」

「うわあっ」


 槍で防いでいる間に割り込んで入られ、味方が押し込まれていく。


「ユーヤ、このままじゃまずいわ。騎馬隊で一度、敵を分断しようと思うのだけれど」


 リリーシュが言う。


「ああ、君が良いと思ったことは、迷わずやってくれ」


「分かった! 騎馬隊、私に付いてこい!」


 リリーシュが颯爽と馬を走らせ、ゾンビ隊の真横から突っ込んだ。

 そして姿が見えなくなる。


 大丈夫か?

 やっぱり止めさせた方が良かったか?


 だが、リリーシュも相手がゾンビ兵だと分かった上で突っ込んだのだ。作戦は理解してくれているし、ここでやられるような腕でも無いはずだ。


 そう自分に言い聞かせ、不安に駆られながら見ていると、ゾンビが数体ほど吹っ飛んで、先頭を切って抜けていくリリーシュの姿が再び見えた。


「今よ!」


「よし、攻撃だ! アオイ!」


「がってんニャ!」


 分厚かった敵陣をスライスチーズのように薄く切り分けたぶん、今度は獣人兵も動くスペースができて危なげが無かった。


「ユーヤ、持って来たぞ!」


 エマが竜人族の仲間を引き連れ、大量の枝と樽を持って来た。


「よし、奴らの中心に落としてくれ、エマ!」


「承知! やるぞ!」


 空を散開して竜神族達がゾンビ兵の上に枝と樽を落とす。

 その後でエマが松明を投げ込んだ。


 火はあっという間に燃えさかり、ゾンビ兵を次々と飲み込んでいく。

 炎の中で崩れ落ちるゾンビ兵が見えた。

 行ける。


「もし奴らが逃げ出すようなら、抑え込むわ」


 リリーシュがそう言って騎馬隊に命じようとするので、俺は首を横に振った。


「いや、あの炎に巻き込まれたら、味方だって損害が出る。奴らは動きが遅いし、放置で良いよ」


「でも、包囲はしておきましょう」


「ああ」


 このまま、上手く燃えてくれれば良いが……。


「将軍、奴らが一斉に東に動き始めましたッ!」


 物見の兵が報告する。


「くっ、騎馬隊、東に回り込んで突っ込むぞ! 私に付いてこい!」


 炎の範囲から逃れられては、ゾンビ兵を倒せない。

 リリーシュがやろうとしていることは正しい。

 だが、突っ込んだ兵は炎に向かって突っ込むことになり、火傷を負ってしまうだろう。


 それに、突っ込んだところで再びゾンビ達が方向を変えてしまう可能性もあった。


「くそっ、それしか手が無いのか?」


「ユーヤ、あいつらを燃やしたいんだよね?」


 俺の側にいたレムが言う。


「ああ、そうだ。あいつらは逃したらマズい。この世にいてはいけないものなんだ」


「分かった! 人間は襲っちゃダメって話だったから手は出さなかったけど、そういうことならオレ様に任せろー」


 レムがそう言って炎に向かって走って行く。


「そうか、レッドドラゴンの炎なら! リリーシュ、撤収しろ! リリーシュ!」


 俺の声が届いていない。


「お任せを、軍師殿、将軍に伝えて参ります」


「頼む!」


 伝令兵が馬で駆け出し、レムが炎の中でレッドドラゴンに変身したところで、リリーシュの騎馬隊と合流できたようだ。

 突っ込もうとしていた騎馬隊が向きを変え、そこから離れる。


「念のため、俺達も離れよう」


「はっ」


 待避した後で、手を振る。


「いいぞ、レム。派手にやってくれ!」


「GOoOOOOO――!」


 上位ドラゴンのブレスが大地を飲み込んだ。


 いや、確かに俺が派手にやってくれとは頼んだんだけどね?


 レムも俺達を巻き込まないように注意はしてくれているはずだが、それにしても凄い炎だ。

 炎が洪水のように暴れ回り、ゾンビ兵を文字通りかき消していく(・・・・・・・)

 かなり離れているここまで熱風が届いて、ちょっとおっかない。

 

「レム! レム! もう良いぞ!」


 もうゾンビ兵は一人も残っていなかった。

 レムが俺の声に気づき、変身を解く。


「ユーヤは後ろを向いていろ。私が服を持っていく」


「ああ」


 エマがレムの服を持ち歩いていたようで、用意の良いことだ。チッ。


「ユーヤー!」


 人間の姿に戻ったレムがこちらに向かって元気良く走ってきた。

 服と言うより、バスタオルを巻いた感じだな。見え……見え……ノー! 見えない!


「どう、ユーヤ、オレ様偉い? 偉い?」


「ああ、よくやってくれた、レム。あとで王様から豚がもらえるぞ」


 見えないのは惜しくて残念だったが、レムが頑張ってくれたのだ。

 ここは笑顔で彼女の頭をナデナデ。


「やったー」


 豚をもらって万歳で喜ぶ幼女、貴重だ。


「レム、あまり動くと服が――」


 エマが注意しようとしたが、その前にレムのバスタオルがはらりと――


「おおおっ!?」


「ほら、言っただろう。気を付けろ。後でリリーシュに説教されても知らないぞ」


 惜しいところでエマがさっとレムの服を直してしまった。残念。


「あ、危なかった……」


 レムが服を抑えて焦るが、レッドドラゴンにも恐い物があったか。


「さすがは我らが剣姫ですな」


 兵士の一人がおどけたように言う。


「それ、褒めてるの?」


 リリーシュがやって来て、肩をすくめたが、皆が笑いに包まれた。


 またしてもラドニールの勝利だ。

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