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第十一話 闇の訪れ

 昼食を終え、開墾場所についてアンジェリカと地図を見ながら話し合っていると、伝令の兵士が執務室に駆け込んできた。

 

「申し上げますッ! ミストラが動きました!」


「ええ? くそっ、またか」


 来年まではミストラ王国が動くことは無い、と予想していただけに、俺としては読みが外れてショックだ。

 不安そうな表情を見せるアンジェリカに、俺は頷いて大丈夫だと合図し、とにかく敵の数を聞く。


「兵数は?」


「歩兵のみ三千! 現在、国境に向かって進軍中です」


「攻城兵器はどうだ?」


「いえ、確認されておりません」


「よしっ」


 それなら、最悪でも、籠城に持ち込めば勝てる。


「ユーヤ! 姉様!」


 リリーシュとエマも報せを聞いたようで執務室にやって来た。


「エマ、これは勝ち戦だと俺は思っているが、防衛条約に基づいて竜人族の援軍を要請する。完膚(かんぷ)なきまでにミストラ軍を叩きたい」


「承知した。すぐに頭領に報せてくる」


「ああ、頼んだ」


「それで、ユーヤ、今回はどういう作戦を採るの? 伏兵? 籠城?」


 リリーシュが聞く。


「秋植えが終わったばかりだ。畑を荒らされたくない。国境で迎え撃つ。竜人兵と獣人兵が来るまで持ちこたえればそれでいい」


 ここは決着を付けるためにも迎え撃つべきだろう。


「分かった。私が騎兵を率いて一足先に国境に向かうわ」


「ああ。気を付けて、リリーシュ」


「ええ、あなたもね、ユーヤ」


「じゃ、南の獣人族にも援軍の要請を。ただし、これは国王陛下からのご命令だと言っておいてくれ」


 俺はきっぱりと兵士に言う。

 戦時に甘い顔を見せて、獣人族が良からぬ企みを思いついても困るからな。 

 戦時には俺の言葉が国王の言葉だと陛下からも許可はもらっている。

 軍師だからな。


「はっ! 伝えて参ります」


 歩兵隊の準備を整え、俺とレムとロークもそれに混じって国境へ向けて城を後にする。

 宮廷魔導師クロフォード先生が率いる魔術部隊も一緒だ。


「回復は私に任せて下さいね」


 ニコニコ顔の司祭ジャンヌも付いてきているが、よその国の人間を軍に入れるのはやっぱり微妙だなぁ。

 一応、俺は戦場は危険だからという理由を付けて同行を断ったのだが、強引にジャンヌが付いてきた。

 彼女の目的としては、この軍が西に向かわないか監視し、東地域の情勢を見極め、ラドニール軍の装備や戦術を確認すると言ったところだろう。

 敵国なら完全にスパイとして引っ捕らえてしまえばいいのだが、現在、聖法国オルバは敵では無い。身分も確かな相手に手荒な真似はできない。



 国境へ向かう途中で夜営となったが、獣人族の歩兵部隊が追いついてきた。

 獣人族の部隊はあまり当てにしていなかったのでちょっと意外だ。


「随分と早かったですね、ハチさん」


 犬耳族の老人に声を掛ける。


「そりゃ急ぎましたからの。若者の中には嫌がる者もおりますが、負けは負け、ここで役に立って見せねば後でどんな仕打ちをされることやら」


 多少皮肉が混じっているが、敵で無く、味方として駆けつけてくれただけで御の字だ。

 そう言えばルネサンス時代の政治思想家マキャベリは『君主論』において『かつての敵ほど人並み以上に忠義を尽くす』と言った。


 『最初から信頼できる友人だった者より、最初は疑わしげに見えた者のほうが、

 より忠実で役に立つことがわかるはずだ。

 彼らはかつての悪い心証を払拭しなくてはと思っているから、

 人並み以上に忠義を尽くさざるを得ない。

 だから、恩恵を受けることに慣れ切って君主の利益を忘れがちな者より、ずっと役に立つ』



「ありがとうございます。ラドニール王国は恩義には恩義で報いますから、ご心配なく。それで、猫耳族の方は……」


 猫耳族の姿が見えない。


「新しい族長のシロ殿は、命令に従って兵を出すと言っておりました。多少、遅れるかもしれぬが、おかしな事はやりますまいて」


「そうですか、ならいいです。犬耳族はここで夜営をして、翌朝、こちらの歩兵に付いてきて下さい」


「承知した」


 翌朝、国境に向かったが、道をこちらに向かってくる土煙の一軍があった。

 皆に緊張が走る。


「旗はラドニール! お味方の騎馬隊です」


 先頭を走っていた馬が近づいてきて、それがリリーシュだとすぐに分かった。


「リリーシュ、そっちはどうだ?」


「ごめんなさい、国境で食い止めようとしたんだけど、手強くて。動きは遅いけど、一撃を浴びせたくらいじゃ倒れない。あれはどう見ても死人よ」


「なに? 死兵じゃなくて?」


 こちらの世界の兵法書も読んでいるが、『死兵』とは死を覚悟し立ち向かってくる兵のことだ。だが、本当に死んでいるわけでは無い。


「いいえ、死んでるのよ。あれは……」


 リリーシュが言葉を詰まらせ、嫌なものを見たと言うように顔をしかめて首を横に振る。


「おーい、ユーヤ!」


 竜人族の少女が羽ばたいてこちらに降りてきた。ただし、エマではない。黒髪に黒のレオタードだ。


「ルル! 援軍に来てくれたか」


「もちろん! 守備兵の他は全部駆けつけてるよ。今、ここの国境で奴らと戦ってる」


「そうか。爆撃だけやってくれればいいんだが」


「竜人族が人間ごときに負けるわけ無いっての。ああ、手柄を取っちゃ、まずかった?」


「そんなことは無いが、どうも厄介な相手らしいぞ。一度国境に戻って、エマに無理をしないようにと伝えてくれ」


「分かった、姉者に伝えるよ。まあ、アタシらはヤバくなったら飛んで逃げればいいんだし、余計な心配だと思うけど、他ならぬフィアンセの頼みだしねえ、シシシッ」


 ルルは面白がって引き受けてくれたが、竜人族のプライドが裏目に出なけりゃいいが。


「じゃ、竜人族と合流しよう」


「ええ」


 国境から少しラドニール領に入った地点で、ミストラの旗が見えた。

 それが砦の上にある。


「砦が落とされたか……」


 俺のつぶやきにリリーシュが反応する。


「まずかった?」


「いいや、問題ない。ただ、防衛するつもりでも一日、持たないのか」


「普通なら三日は持つわ。でも、あいつらは上から射かけても平気でよじ登って来るから」


 リリーシュが肩をすくめて言う。


「ユーヤ」


 エマが羽ばたいてこちらにやって来たが、白いレオタードの脇腹が血で赤く染まっている。


「エマ! 怪我をしたのか?」


「慌てるな。かすり傷だ、問題ない。それよりも奴ら、いったい、何なんだ? あんな兵は見たことが無い」


「んん?」


 目をこらすが、革鎧を着た歩兵がゆっくりと歩いてきている。少し違和感はあるが、普通の人間だ。


「将軍、隊列、整いました!」


「よし、まずは弓兵を前に出して。合図を待たず、間合いに入り次第、矢を放て!」


 将軍としてリリーシュがキビキビと指示を出す。


「はっ! 了解!」


「とにかく、見てて」


 リリーシュが言うので、弓兵が攻撃するのをここから眺めることにする。

 数十本の矢が曇り空の下を飛んでいき、敵兵に降り注ぐ。

 外れる矢も多かったが、何本かは顔や首に命中し、貫通までした矢もあった。


「なんだ……? あれは?」


 俺は敵の異常さに気が付いた。

 普通、矢が刺さったら、痛がるそぶりくらいは見せると思うのだが。


「あ、あれは、まさか……!」


 今まで余裕の笑顔で付いてきたジャンヌが、青ざめた顔で後ずさりながら口を押さえる。 


「知っているのか?」


「ええ。アレは私たち新教だけでなく旧教にとっても禁忌の存在。でも、アレを扱える人間なんて……そんな、信じられない」


「いいから、アレの正体を教えてくれ、ジャンヌ!」


「ゾンビ、それもネクロマンサーに操られた死術です」


 ジャンヌの言葉に、俺はぞくりとするものを背中に感じた。

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