第九話 食えないキノコ族
「うむっ! 旨い!」
バチーン!
「この味、このサクサク感、たまらぬ!」
バチーン!
「ぬうっ、手が止まらぬ!」
バチーン!
竜人族の里にまたやって来たが、俺が持って来たお土産のポテトチップスは彼らに大好評だった。
悪魔芋、紅芋、ゴボウと、三種類のチップスで攻めてみました。ゴボウは芋ではないけど。
「んめー! 姉者! ズルいぞっ! 毎日こんなものを食っていたのか!」
バチーン!
ワイルドな黒髪の竜人、ルルがシッポを床に叩きつけながら言う。
「毎日では無いぞ。私も昨日食べたのが初めてだ」
「なんだそうか。で、姉者、ユーヤとは仲良くやってるのか? シシシッ」
からかうように笑って聞くルルだが、エマの方は怒ったりせずに普通に答えた。
「まあな」
「ええ?」
意味が分からないという顔をしたルルだが、まあ、いずれ分かるだろう。別に婚約者っぽいことをしてる仲でもないけど。
「して、勇者殿、本日はいかなる御用向きか」
竜人族の頭領が聞いてくる。
「は、特に用というほどのことではなく、今日はご挨拶にと」
「そうか。土産物には礼を言う」
「そちらで欲しいものやお困りのことはおありですか」
「いや、特には無いぞ」
「お館様、もっと肉を――」
長老衆の一人が言いかけたが頭領はそれを咎めた。
「黙れ」
竜人族はプライドの高い一族だ。ここは何も聞かなかったことにして、また今度、干し肉の土産を持ってくるとしよう。
細かいことでポイントを稼いでおかないとな。
『女を落とすにはマメなプレゼントじゃぞ』とじっちゃんも言ってた。
もちろん、頭領を落としたいわけじゃないから。
竜人族の飛行能力は戦争では絶対に役に立つ。だからこうして好感度を上げておけば、戦の時は喜んで協力してくれることだろう。
そっちの下心があってのことだ。
「勇者殿、ラドニールの方こそ、何か必要なモノや困ったことは無いのか?」
頭領が聞いてきた。
「は、特にはありません。ご心配ありがとうございます。あ、でも、鉄鉱石ってこの辺にありませんかね?」
武具は金を出せば買えるが、既製品を買うより、材料から作った方が安上がりだし、オーダーメイドで好みのモノも作れるからな。ラドニール王国は平原が多く、山は少ないので鉱山はほとんど無い。
南の獣人族の国は山はあるのだが、腐葉土と石灰岩で鉄は無い。
「鉄が欲しいなら川で砂鉄が採れるぞ」
「おお。では干し肉や金貨と交換ということで」
「よかろう。ラドニールの城まで届けさせよう」
「ありがとうございます」
これをフィヨード王国まで運べば、ドワーフ達が砂鉄を武器に変えてくれるだろう。
さて、次だ。
竜人族の砦を出て、エマに聞いてみる。
「エマ、西はどっちだ?」
「ユーヤ、お前は私を馬鹿にしているのか?」
「いやいや、そうじゃなくて、俺が方向音痴だから聞いてるんだって」
「ああ。向こうだ。あそこに道が見えるだろう。あれがオルバにつながっている」
エマが指差した先に細い道が見えた。
「ああ、あれか。じゃ、ここの北は?」
「狼牙族の国と巨人族の国だ」
「あれ? 小人の国じゃなかったっけ?」
「それはもっと東、その隣だ」
「そっか。じゃ、南は?」
「……それは聞くな」
「えっ?」
「知らない方が良いこともある」
「んー、軍事機密とか?」
「そうではない。だが、あそこには近づかない方が良い」
気になるな。
「何があるんだ?」
「聞くなと言ったぞ。もしもお前があそこに行きたいと言うなら、私は付いて行かんからな」
「ええと、もしかして、そこは竜人族の聖地で、行くとみんなが怒るのか?」
「そんなことは無い。ただ、そこは気持ち悪いモノがいるから、近づきたくないだけだ」
「危険なモノなのか?」
「いいや。弱い奴だ」
「じゃあ、レム、俺達だけで行ってみるか」
「行くー!」
「ふう、仕方のない奴だな……」
結局、エマも付いてきてくれた。
南へ向かうと、山がなだらかになり、紅葉が生い茂っている森に入った。
綺麗な色の紅葉で、眺めも良い。
「なんだ、綺麗なところじゃないか」
「景色だけは、な。そろそろいるはずだから注意しろ」
エマが言うので俺も緊張して周囲を見回す。
「襲いかかってくるのか?」
「いいや。初めて見るなら、心の準備をしておけということだ」
「うーん、それってひょっとしてグロ系? グロ系は俺もちょっと……」
「お前がここに来たいと言ったんだぞ! お前が! グロというのとはちょっと違うかもしれないが……」
エマがどう説明しようかと考え込んだとき、ガサッと茂みが揺れた。
出て来たソレは人間と同じくらいの大きさだが、形容しがたい容貌で――
「ひっ! きゃああ! 出たぁ―――! イヤ――!」
いや、俺の悲鳴ではない。念のため。
そいつの悲鳴だ。転んで慌てふためいている。
全身が蜂の巣みたいな変な形の体をしているが、言葉は話せるようだ。
「ええと、何もしないから落ち着いて」
「……ボクを食べたりしない?」
「食べない食べない。無理だから」
「オレ様もこれは無理……」
「誰もお前を食おうとは思わんぞ」
全員で素早く首を横に振る。
「良かった。ボクはアミガサタケ族のピギー。ちょっと起き上がるのを手伝ってくれないかな」
思わず俺達は顔を見合わせる。
「ねえ、頼むよー。仲間が見つけてくれたら良いけど、このままじゃ水分不足で死んじゃうし」
……まあ、見てくれはともかく知的生命体だ。見殺しにするのも可哀想だろう。
「分かった。触っても俺は死なないよな?」
エマに確認する。
「触っても問題ないぞ。ぶよぶよしてて、気持ちが悪いから、しばらく夢に出る程度だ」
彼女は一度触ったことがあるようで嫌そうな顔で言う。
「それも嫌だな……」
「頼むよー。ボクらは一人じゃ起きられないんだから」
「分かった分かった。じゃ、よっと」
着ぐるみみたいな柔らかい体が千切れないように抱えて起こしてやった。
体重は軽かったが、確かにこの感触は気持ちが悪い。
「ありがとう! いやー、助かったよ」
目も口も無いが、ピギーがくねくねして喜んでいるのが分かる。
「いや、近づかないでくれ」
「ああ、ごめんね。ボクらは平気なんだけど、みんなは気持ち悪いみたいで」
「正直に言うが、そうだ」
「残念だなあ。じゃ、君は命の恩人だからお礼にボクの体を少し食べさせてあげる。さ、一口どうぞ」
ずいっとピギーが体を寄せてくる。
「や、やめてくれ。だいたい、自分の体を食わせようとか、発想がおかしいだろ……」
「そう? ボクの体はまた生えてくるから少しくらいなら平気だけどね」
「俺が平気じゃないぞ。精神的に」
「分かったよ。あ、そうだ、じゃあ、代わりに蜂蜜をあげるよ。ボクらは蜂に刺されても全然へっちゃらだから」
そう言ってピギーがどこからか壺を出してくる。
「そうか。気を遣わなくて良いんだが……まあ、ありがたくもらっていくとしよう」
「うん! もらってくれて嬉しいよ。ボクら友達だね!」
「お、おう……」
「ボクらの家に寄っていく? 命の恩人をパパとママと弟たちを紹介したいんだ」
「いや、遠慮しておく。一人ずつじゃないと相手はできないぞ」
これが何匹も集まっていたら見るだけで卒倒しそうだ。
「そう。残念だなあ。まあいいや。じゃーねー!」
ピギーが去って行った。
「「「 ふう 」」」
俺達はほっとして帰路につくことにした。
エマの言った通り、確かに世の中には知らない方が良いこともあったな。
今夜、夢に出そう。