表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/126

第四話 勇者の金の使い道

 王女様との楽しいお茶会の後、俺が図書室で調べ物をしているとレッドドラゴンが戻ってきた。

 その鋭い爪の足には大きな宝箱を掴んでいる。


「おい、勇者、金貨を持って来てやったぞ!」


 どさっと地面に宝箱を乱暴に投げて寄越すドラゴン。蓋が外れた宝箱の中には金貨の他に宝石や剣なども混ざっているが、まあ、竜にとっては自分で装備できないモノだろうから、どうでもいいのだろう。


「ああ、ありがとう」


「礼など不要だ。約束の品だからな。ちょっと待て、まだあるぞ。オエエー!」


 竜が豪快に金貨を吐き出してくれたが、彼は他にもお昼ご飯も食べてきていたようで、丸ごとの狼の死体が何匹も一緒に出て来た。

 オエー。


「では、さらばだ勇者よ! 帝王の称号を返して欲しくば、火竜山脈まで来るのだな! もちろん、そう簡単には返してやらんぞ。ハーッハッハッハッ! ハーッハッハッハッ! GHOoOOOOO――――!」


 ご機嫌のレッドドラゴンは空に向かって炎を吐くと、また羽ばたいて帰って行った。

 力比べの事はすっかり忘れてしまっているようで、うん、良いことだ。

 ずーっと千年くらい、リバーシ帝王の座をしっかり守ってくれ。

 もう二度と会うこともないだろうが、達者で暮らせ。アデュー。



 庭を見ると兵士達がせっせと金貨を拾い集め、布で一生懸命拭いてくれている。


「ご安心を、勇者様。拭いてあなた様にお渡しするだけなので」


 隊長がニッコリ笑って言う。


「ああ、時間はいくらでもあるので、焦らず慎重に。消化液で火傷しないよう、手には気を付けて下さい」


 誰だって無理はしなくて良いからね。


「分かりました。お気遣い、ありがとうございます。聞いたな、お前達、手には気を付けろ!」


「「「 はいっ! 」」」



「んー、これもダメね」


 一方、『剣姫』リリーシュはお宝の剣を手にとって確かめていたが、金ぴかの剣も、武器としてはいまいちのようだ。


「魔法の剣は無い?」


 聞いてみる。妹姫様には敬語禁止令を出されてしまっているので、タメ口だ。兵士たちに聞かれないよう、小声で。


「ええ、どれも儀礼用の装飾品ね。いいのがあるかと期待したんだけど……」


「そう。ま、売れば金になるさ」


「そうだけど、全部売るつもりなの? これなんかはその辺の店よりは良いと思うけど。研げば使えるわ」


「いや、使いたいならもらってくれて良いけど、僕は要らない」


「そ。剣は使えないんだったわね」


「ああ」


 それに戦闘用の武器なら、金ぴかより無骨な鋼の方が良いだろう。盗まれる心配をしなくて済む。



「ローク、商人達を呼んでくれ。できるだけ名のある、行商人が良いな」


 俺は側付きのロークに頼んだ。


「分かりました。では大商人を集めて参ります」


「これくらいの剣なら、普通の商人でも買ってくれると思うわよ。一本ずつならだけど」


 リリーシュが言うが、剣一本しか買えないような商人ではダメだ。

 手広くやってる商人でないとね。


「いや、大商人の方が良い。一度に売る方が手間も省ける。金も要るからね」


「そう。でもユーヤ、この金貨も本当に全部、アレに(・・・)使っちゃう気なの? 結構な量があるけど」


「ああ、全部使う。出し惜しみは無しだ」


「……ありがとう。この国のために」


 リリーシュが神妙な顔になって言う。すでに第一王女のアンジェリカを交え、レッドドラゴンのお宝についての使い道はお茶会の時に相談し決めてあった。


「いや、一宿一飯と言ったらご馳走に少し失礼かもしれないけど、この国にはそれだけの恩義があるからね。危ないところで命も救ってもらった」


 彼らはトラックに跳ねられる直前の俺を異世界に召喚して命を救ってくれたのだ。

 クロフォード先生の話では、召喚魔術は魂を転生させたりするものではなく、場所をワープさせるものらしい。

 ただし百年に一度だけの一方通行だそうで、クロフォード先生はその点を謝罪していた。


「じゃあ、ふふ、何日でも好きなだけ泊まっていって。あなたはきっと幸運の妖精みたいなスキルなんでしょ?」


「さあ、それはどうだろうね」


 俺はモナ=リザばりのアルカイックスマイルで答える。


「もー、いい加減、教えてくれたって良いのに」


「ま、この買い物が終わって、商品が届いたらね。その時にはちゃんと教えるよ」


「ホント!? やった!」


 リリーシュが拳を握りしめて喜ぶが、その頃ならもう教えても問題ないはずだ。


 少しして、やってきた大商人はたった二組だけだった。思ったより少ないが、この国の規模を考えると、国外と大口の取引ができる商人は限られているのだろう。

 もちろん、彼らは部下を何人も連れてやってきている。大商人だ。


「ミツリン商会のホードルと申します、ヌフッ。本日はお日柄も良く、ヌフフ」


 モミ手でやってきた恰幅の良い男は、垂れた犬耳だ。シッポもぱたぱたと振っているし、この世界には獣人がいるからな。福の神のお面みたいな笑顔が信用できるのか少し不安になるが、名の知れた商会だろうし、そこはロークを信頼するとしよう。


「オレはバッグスだ。よろしくな、勇者さんよ」


 二人目、あごひげの大男は人間族だったが海賊船長のような服を着ていて、日に焼けた頬には傷もある。

 俺はちらりとロークを見たが、彼は慌てて首を横に振った。つまり、俺の正体はまだバラしていなかったか。


「どうして僕が勇者だと?」


「そりゃ、ドラゴンを追い払ったんだ、いくらやんちゃな剣姫でもそりゃ無理だろうと思ってな。案の定、当たったわけだ」


 ニッと笑った海賊船長、いや、大商人バッグスだが、やはりやり手みたいだな。自信満々に鎌を掛けてくるから、してやられた。


「そうですか。では、いくつか相場を聞いた後、商談と行きましょう」


「ああ」

「ハイです、ヌフフッ」


 俺は大商人の二人にいくつかの商品について値段を尋ねた。

 矢に使う羽根、剣、鎧。

 それはほぼ予想通りに値上がりしていた。

 特に南の獣人部族連合の地域で。


「そうですか……」


 戦は近いと見ていいだろう。となれば準備を急ぐ必要がある。

 次に、二人に剣や宝石など、金貨以外の物をそれぞれ鑑定してもらい、見積もりを出してもらった。


「よし、全部ひっくるめて210万ってところでどうだ?」

「ヌフフッ、こちら全部で212万5千ゴールドになります、ハイ。即金で売却をご希望されますか?」


 金貨も合わせると600万ゴールドくらいか。屋台の串肉が一本一ゴールドくらいと聞いたから、結構な額だな。

 日本円だとざっくりで6億円くらいだろうか。大金だ。

 まぁ、お金ってどう使うかが問題だからね。

 俺は言う。


「いえ、それも元手に、ある品物を仕入れて欲しいんです。それも国外から、手数料や輸送料も諸々込みで」


「ほう?」

「いったい何をお望みですかな? ヌフ」


「種となるものです。この国に無い品種で、すぐに食べられずとも畑に植えて育てれば収穫が望めるような食物。紅芋、トウモロコシ、(アワ)(ヒエ)、大豆、小豆、エンドウ豆、ライ麦、米、そして――悪魔芋」


「なに? 食えない種もか?」


 バッグス船長――いや、まぁ、もう船長でいいや。どうせ船乗りだろうし。バッグス船長は怪訝な顔をして聞き返した。


「ええ。金はちゃんと払います。仕入れて下さい。ただし、芋はなるべく日光に当てないようにお願いしますね」


「分かった。こちとら商人だからな。金さえ積んでもらやぁ、何でも手に入れてやる。おっと、ただし、オレのところは奴隷は無しだ」


「ええ」


「ワタクシの方は奴隷もそろえますよ、ヌフッ。それと、一つご質問があります。先程の米というものについてもう少し詳しく」

「おお、オレもそれを聞きたかった」


 この二人の反応だと、この世界にはお米、無いのかなぁ。


「麦に似た穀物で、畑では無く水を入れた水田で育てる作物です。脱穀して煮込んで食べますが、白く、程良い弾力があり、ほかほかで少し甘みがあるとっても美味しい食べ物です。いや、味は薄いかな」


「ふうむ、水草か」

「存じ上げませんが、探してみます、ハイ」


 稲って水草なのか?

 まあ、こっちも植物については詳しくは知らないし、任せよう。


「よろしくお願いします。代金ですが、宝石類はすべてホードルさんにお渡しして、それに金貨を百万を上乗せってことで」


「ヌフッ、申し訳ないですね、バッグスさん」


「チッ、後出しで上手くやりやがったな」


「いえ、残り三百万ゴールドの金貨はバッグスさんに」


「おお、だが、本当にこれを全部、種に変えて良いんだな? 女や酒もたらふく買えるぞ?」


「いや、いいです」


「そうか、この額なら美人が買えるんだがなあ」


 ……それってひょっとして幼女の奴隷も?

 ゴクリ。


「よ――」


「ちょっと! ユーヤは女も酒もいらないって言ってるの! だから変な勧めはしないでよ。あなたのところ、奴隷は無しじゃなかったの?」


 リリーシュが横から口を挟んだ。

 うん、そうね、俺は勇者だものね。酒も幼女もいらないよ……ふう。


「まあそうだが、分かった分かった。じゃ、できるだけ多く、種に変えてきてやろう。待ってろ。――おい野郎共! そこの金貨を三百持って来い! 前金だ」


「「 うす! 」」


「ワタクシの方は、全額後払いで結構ですよ、ヌフフ」


「ええ、お願いします」


 後払いの方が安全だが、バッグスも名の知れた大商人、持ち逃げなんてことはしないだろう。本気で買い付ける気で質問していたようだし。


 さて、後は時間との闘いだ。

 まずは――


「寝よ。お休みぃ。ふあ」


 今日は色々あって精神的に疲れた。

 北欧神話の狂戦士ベルセルクも疲労で動けなくなったところをやられたというから、休息はとても大切なのだ。


「ええ? まだ夕方にもなってないわよ」


「だからどうした。俺の才能のパフォーマンスを最高に保つには、今寝るしか無い。疲労したまま24時間戦えるのか君は」


「いや、別に誰も一日中戦えとは言ってないけど。あ、ちょっと、待ちなさいよ!」


 王女の制止も無視して俺は(いと)しのベッドへ一直線に向かった。

次回は明日19時投稿予定です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ