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第五話 西方から来た司祭

 ラドニール王国の収穫祭。

 たこ焼きが大盛況なところまでは良かったのだが、幼い子が食べて火傷をしてしまったようだ。

 俺は急いで司祭を呼ぶように頼んだが、一人の白いローブの少女が任せてくれと名乗り出た。


「女神ミルスよ、我が願いを聞き入れたまえ」


 その少女が右手をかざすと、白い光が手に宿り、ぴたりと子供が泣き止んだ。


「ママー、もう一個」


「まあ。もう平気なの?」


「うん!」


 子供はけろっとしている。回復したようだ。 


「そう。どうもありがとうございました」


「いいえ、お気になさらず。良かったですね」


 ピンク髪を三つ編みにしたその少女もニコニコ顔だ。

 とにかく、大事に至らなくて良かった。


「ローク、お客さんに熱いから気を付けるように言ってくれ」


「はい、ユーヤ様。皆さん、食べるときは中が熱々なので注意して下さいねー」


「ユーヤ……? ひょっとしてあなたがラドニール王国の勇者ですか?」


 さっきの司祭の少女が聞いてくる。


「ええ。そうです。さきほどは手を貸して頂き、ありがとうございました。一応、僕もここの屋台の責任者なので」


「そうでしたか。私も、一つ、食べてみてもいいですか?」


「もちろん。奢りますよ」


「いえ、ちゃんと払います」


 ピンク髪の司祭がたこ焼きをフーフーしながら食べる。いいね、心優しき美少女がフーフーする姿。


「ユーヤ、そろそろ次の場所に行こう」


 エマが後ろから言ったが、彼女は腕も回してきて俺の首をギリリと絞めた。

 こ、これはヘッドロック?


「エマ、な、なぜ首をロックする?」


「なんとなく」


 エー?


「あ、お待ち下さい」


 ピンク髪の少女が呼び止めた。


「何ですか?」


「その、ここでは話しにくいので、二人きりになれる場所に行きませんか」


 ウホッ!

 こ、これは、愛の告白ということだろうか。

 いや待て、いくらなんでも出会ったばかりでそれは無いだろう。

 でも、この子、俺の名と職業を知ってたよな?


「だが、断る! 話ならここですれば良いだろう」

 

「おいエマ、勝手に断らないでくれ」


「だがな……」


 どうもエマが不機嫌そうだ。

 婚約者の俺に嫉妬してくれたというのなら、それはそれで嬉しいのだが、エマがここまで目立った行動をするのは何かそれとは違う理由がある気がした。


「じゃ、城の応接間で話すって事で良いだろう」


「……」


「ありがとうございます♪ ふふっ」


 少女は嬉しそうにやや弾んだ声で微笑むと、自分のお腹を右手でナデナデした。お腹いっぱいになりましたというジェスチャかな?




 城の応接間に案内し、ソファーに向かい合って座る。

 彼女がさっそく自己紹介してきた。


「私は西のほう(・・・・)からやってきた司祭のジャンヌと言います」


「なぜオルバの司祭だと名乗らない?」


 後ろに立ったエマが言って、ようやく俺も理解した。


「ああ、聖法国の司祭か!」


 竜人族の話では、お腹をさする挨拶で聖法国と揉めたようだが。それでエマが嫌がっていたのか。


「ええ、それは今、そう名乗ろうと思っていたところなのですが……ところで、エマさんでしたか? 失礼ですけど、さっきからやたら出しゃばってるあなたは、ユーヤさんとはどういったご関係ですか?」


「私はラドニールの盟友、竜人族の里からやってきた、勇者ユーヤの婚約者だ」


「えっ? 婚約者ですか? 竜人族って、それはそれは傲慢で、飛べない人間をまるで虫けらのように忌み嫌っていたと聞いていましたけど……」


「ふん、別に忌み嫌ってなどいない。それにお前達のような怪しげな聖法国と違い、ユーヤやラドニール王国は信頼できるのでな」


「ええー? オルバは割とオープンでまともな国だと思いますけど……」


「まともな国が他所(よそ)の国の風習にあれこれ文句を言うものか」


「ははあ、何やらうちの宣教師と揉めちゃったようですね。私は担当が違うのですが、そこはまあ謝罪させて下さい。うちの国って、中には熱心な方もいてちょっとこうなるときがあるんですよ」


 そう言って顔の前で両手を前に振り、視野が狭いとジェスチャするジャンヌ。


「ふん、それで判断には充分だ」


 このままではエマが追い返してしまいそうな勢いなので、俺は片手を上げて合図し、エマに一歩引いてもらった。


「それで、僕に何かご用ですか」


「ええ、聖法国は勇者のあなたにとっても興味があるんです! だって、千年前に魔王を倒したっていうじゃないですか。あの魔王ですよ?」


「はあ、その話は知ってますけど、僕は初代とは別人ですし、それにこちらの世界の魔王がどういう物かも良く知らないので」


「そうですか。オルバの聖書には魔王についても記されていますが、その一節には『血の海を造り、大地を枯らし、人々に絶望をもたらす大災厄』とあります。とても一国では太刀打ちできないような強大な相手です」


「ふうむ」


 ま、何代目かの魔王は大陸の半分を侵略して支配したこともあるそうだから、そのくらいのレベルの話になるだろう。


「だから、是非とも、勇者さんとは仲良くして、共に魔王と戦いたいですね」


 宗教系国家としてはごくごく当たり前の目的のようだ。


「あと、個人的にも私、ユーヤさんにとっても興味があります、ふふっ」


 やべえ、こんな可愛い美少女が好意的な目で見つめてくると、なんか照れる。


「むう。レム、リリーシュとアンジェリカを今すぐここに連れてきてくれ」


 エマが言う。


「分かった!」


 レムが妙にやる気を出してダッシュしていったが。


「リリーシュとアンジェリカ……ひょっとしてこの国の王女殿下ですか?」


「……」


「そうだよ」


 エマが答えないので俺が答えた。


「わあ、お会いしたいですけど、お二人ともお忙しいのでは?」


「まあ、忙しいとは思うんだけどね」


「でしたら、また次の機会ということで。どうですか、ユーヤさん、収穫祭、私を案内していただけませんか」


「ああ、別にそれくらいなら……おい、エマ、君の右手が俺の肩に凄い力で食い込んでるんだが。痛いよ?」


「食い込ませてるんだ。もう少し待て。というか、その女と行動を共にするのは止めて欲しい。私のお願いだ」


「ううむ」


 エマが俺に頼み事をするのは珍しいな。


「えー? 嫉妬なのか独占欲なのか分かりませんけど、なんか重ーい婚約者ですね。ユーヤさん、可哀想」


「ぐっ」


「いや、別にエマが重いとは思ってないけど」


「そうですか。へえ、仲がいいんですね。ちょっと羨ましいです。ふふっ、分かりました。じゃあ、ここで一緒に王女殿下を待たせて頂きますね」


「ああ。二人とも、聖法国とは一度話してみたいと思っていたみたいだし」


「あっ、私はタダの司祭なので、外交のお話はちょっと、ごめんなさい」


 ジャンヌが少し慌てた感じで両手を振ったが、ま、そうだよな。いくら聖法国と言っても、身分や役割やら、色々あるだろう。



「ユーヤ、聖法国の司祭が来たって聞いたけど」


 リリーシュがまずやって来た。


「ああ、紹介しよう。こちらが聖法国司祭、ジャンヌさんだ」


「お初にお目に掛かり、光栄に存じます、王女殿下」


「ああ、こちらこそ。いえ、そんなに畏まらなくても無礼講で良いわ」


「ありがとうございます」


「それで、うちの国に何しに来たの?」


「はい、こちらに勇者さんがいると聞いてやって来ました。それと、苦しんでいる人々を救い、神の教えを広げるのが私の使命ですので」


 先程までの少しはしゃいだ感じがなりを潜め、胸に手を当て、目を閉じて淡々とした声で言ったジャンヌは真面目にそう思っているのだろう。


「あー、司祭って感じ。うん、まあ、いいんじゃないかしら」


 リリーシュが布教活動を簡単に許可してしまったが、それを聞いたジャンヌがニヤリとほくそ笑む。

 その表情はとても心優しき司祭のものでは無かった。


「待った!」


「え? ユーヤ、ダメだった?」


「この件は将軍の君が答える管轄じゃないからね。内政長官のアンジェリカの管轄だ」


「あー、それもそうね」


「さて、アンジェリカは忙しそうだし、ジャンヌ、屋台を案内するよ」


「わ、ありがとうございます!」


「へー、随分と親切ね、ユーヤ」


「そりゃ、うちの屋台でちょっと火傷した子供を治療してくれたからね」


「ああ、そうなんだ、ありがとう」


「いえ、当たり前のことをしただけですから、ふふっ」


 ジャンヌが人当たりの良い笑みを浮かべる。


「じゃ、行こう」


「はい」


 エマが渋い顔をしたが、今度は引き止めたりしなかった。

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