第四話 ラドニール収穫祭
ドン、ドン、と大砲のような音が外から聞こえてきた。
「これは!」
俺はその音に慌てて城の三階のバルコニーへと向かう。
国王から文官の役職をもらっている俺だが、戦時には軍師としての役割が期待されている。
当然、戦なら状況を知っておかねばならない。
「まさか、ミストラ軍が攻めてきた!?」
ここは城の周りを一望できる高さだが、しかし、城下の街を見る限り特に混乱は起きていない様子だ。
「ユーヤー、どうしたんだ? 次はユーヤの番だぞー」
のんきにリバーシをやっていたレムが涼しげなワンピース姿で歩いてきたが。
「レム、お前、目は良いよな?」
「んあ? んー、どうだろ? そんなこと、今まで気にしたことも無かったぞ」
「じゃあ、目が良い証拠だ。ちょっと城の周りを見て、敵兵がいないか見てくれないか」
「いいけど、今日はお祭りでみんな大騒ぎするんだろ? 食い物、早く食べに行きたい!」
「あー、後でいくらでも食べさせてやるから、とにかく兵を探してくれ」
「分かった。いくらでもだね!?」
ちょっと口が滑ったが、今は敵兵がいるかどうかが大事だ。
「いないよー。全部、うちの兵だけ」
「そうか……うおっ! またか」
空に再びドン、ドンと小さな爆発が起きた。
「おおー、誰か、魔術を使ってるな!」
レムがそれを見るなり言う。
「魔術? 大砲じゃ無いのか……あ、クロフォード先生」
中庭の方を見ると、空に向かって両手を広げている濃紺のローブの魔術士が見えた。この国では濃紺は最高位の魔術士を示す色だ。
「せんせー!」
レムが手を振る。するとクロフォード先生もこちらに気づいて笑顔で片手を上げた。爆発が止む。
ふむ、こりゃ、戦じゃなさそうだ。
「ユーヤ、今の音はなんだ?」
エマもやってきた。
「たぶん、クロフォード先生の爆裂呪文による空砲だな。お祭りが始まったっていう合図さ」
「おおーう、お祭りぃー!」
レムが嬉しそうだ。
「よし、じゃあ、俺達も行くか!」
「おー!」
レムとエマを連れて俺は城下町へと繰り出した。
街はあちこちで飾り付けがなされ、うん、お祭りだな。
派手なピエロの格好をした男がボールをいくつも放り投げてジャグリングの大道芸をやっていた。
「ユーヤぁー、あっちー!」
「はいはい」
俺の手を引っ張るレムのお目当ては最初から屋台のようだ。
「イカ焼き、三つ下さい」
香ばしい匂いに引かれ、まずはこれから試してみる。
ラドニールでは元々イカ料理は食べるそうだが、輪切りが主流で、こうして醤油を塗っての姿焼きはやらないという。
「あいよ!」
串に刺さったイカを受け取って食いちぎるが、ちょっと硬い。
「んまー!」
レムは小さな口で頬張っているが大満足のようだ。
「これは食べやすいように、次から表面に切れ目を入れて下さい」
「分かりました、ユーヤ様」
屋台のうちのいくつかは、俺が企画して兵士の皆さんにやってもらっている。もちろん、格好はハチマキの親父姿だ。
鎧姿で売ってちゃ、気分が出ない。
「親父、オレにもそのイカ一つくれ!」
「あたしももらおうかね」
「毎度!」
売れ行きはどうか聞こうとしたが、この調子なら上々のようだ。
「ユーヤー、次はあれがいい!」
「その前に、ああ、エマ、悪いな」
エマがハンカチを出してレムの口を拭いてやっていた。
「いえ。ほら、レム、拭いてるんだから動くな」
「うー」
口がべとべとになっているレムは拭かれるのが少し嫌そうだ。
前は見てるだけだったエマも最近はリリーシュの影響からか、レムに躾けのようなことも言い始めた。
「綺麗にしないとダメだぞ」
「はーい」
「良い子だ。じゃ、ほら、レム」
俺は次の食べ物を渡してやった。
「わーい! お魚ー! ぱくっ、んぐんぐ」
「お前、丸ごと一口で食うなよ……」
魚と言っても『鯛焼き』だから普通の幼女でもできないことは……いや、厳しいか。
だが、驚いてこちらを注目してる人間もいないし、屋台のおっちゃんは最初からレムの正体を知ってる兵士だから気にしなくても良い。
「ほう、これは小豆か?」
エマも一口かじって中身のあんを確かめている。小豆を今まで育てていなかった竜人族はあまり食べたことが無いはずだ。
「そうだよ。砂糖を入れた粒あんだね」
俺はこしあんが好みなのだが、手間がかかる上に時間もあまりなかったのでそこまではやらなかった。
鯛焼きの再現率はというと、魚の形だけで鱗は無くまだまだだが、フィヨード王国のドワーフあたりに頼めば、凄い型を作ってくれそうだ。
「次ー!」
次は一番苦労した『たこ焼き』だ。
「どうだ、ローク」
ハチマキをして屋台の側にいるロークに俺は調子を聞いた。
「ええ、ユーヤ様、飛ぶように売れてますよ! 今、追加の小麦粉と卵を仕入れに兵を走らせたところです」
「そんなにか。タコが残らなくて良かった」
「ええ。じゃ、皆さんもどうぞ」
ロークからたこ焼きを受け取る。
さすがに発泡スチロール・トレーとは行かないので、大きめの葉っぱを船状に結んだ物を代用している。
爪楊枝は元からこの世界にあったので問題ない。
たこ焼きの形の大きさが不揃いなのはご愛敬だ。
タコを仕入れたのはいいが、たこ焼きにはあのへこんだ形の鉄板が必要だと気づいて俺は半分諦めかけていた。
レムがしつこく聞いてくるので「こーゆー形の鉄板が必要だ」と説明してやったら、どこからか鉄板を持って来て頭の角でガンガン突いて半球の穴を作ってくれた。普段気にならないが、ちょうど良い長さの角だ。
後で城の厨房のパン焼き鉄板が消えていたと判明し、料理長から小言を言われてしまったけれど。
これは正式にラドニールの鍛冶屋にも注文して、来年からはもっと綺麗な形で振る舞えるようにした方が良いな。
行列までできてしまって、一店舗ではちょっと捌ききれないほどだ。
「どれ」
一口食べてみる。
たこ焼きの実の方はピザっぽい感じの味だが、ソースの再現率が完璧すぎる。
最初に俺が告げた材料、牡蠣、トマト、タマネギその他野菜と塩を煮込んでもらったが、サラサラにしかならず、これも諦めかけていた。が、料理長が味を聞いてくれ、甘みのあるソースということで、ナツメヤシという物を入れてくれた。すると、ぴったりの味になった。
ナツメヤシを見せてもらったが、五センチくらいの楕円形のでっかいレーズンみたいなヤツだった。
ヤシの木から採れるそうだが、あれ? ヤシってココナッツも採れなかったっけか。
まあいい。
たこ焼きだ。
「くう、俺がたこ焼きごときで……」
目頭が熱くなる。
「んまーい!」
「ふむ、コレは中身を知らないと美味しく頂けるな」
エマもタコは食わない派らしい。ま、内陸の高山に住んでる竜人族は海の幸は縁遠いだろう。
「これは旨えな」
「美味しい!」
「兄ちゃん、もうひと皿、頼むわ」
他の人たちにも好評だ。
「はい」
「で、この中に入ってる肉ってなんなんだ?」
「それは……タコです」
ロークが小声で答える。
「だからよ、タコって何なんだって話だよ」
「う、海にいる生物です」
「ほー」
「魚にしちゃ、噛み応えがあるな。貝みたいなもんか」
「そうかもしれませんね、あ、あはは……」
ロークが心苦しそうに目をそらしているが、秘密にしておいた方が良いだろうな。
「はい、坊や、あーん」
「はむっ、はふっ、ひふっ! うぐっ、うわーん!」
お母さんがたこ焼きを一つ、幼い子供に食べさせたがその子が泣き出してしまった。
まずいな、中の方が熱いって事をよく知らなかったようだ。
「あ、あらあら、どうしましょう」
「ローク、冷たい水を。それと司祭を大至急、呼んできてくれ」
「いえ、私にお任せ下さい」
一人の少女が歩み出た。