第三話 収穫祭の中止
(視点が別人に変わります)
ミストラ王国の城は近隣諸国ではもっとも大きな規模を誇る。
黒鳳城とも呼ばれるそれは、広大な敷地にそびえ立つ平城だ。
軍事上の観点から見れば山城の方がもっと堅牢なのだが、そこはミストラ王家のご威光と優雅さを示すためである。
山城では田舎者と馬鹿にされかねない。辺境の地ではあるのだが、ここミストラ王都は都会でなくてはならないのだ。
ここにミストラ王国の優先順位が明確に現れている。
経済よりも軍事、軍事よりも権力。
これは諸外国に対しての威圧であると同時に、国民に対する示威でもあるのだ。
だから、王家が関わる記念日にはやたらとこだわり、その日が近づくと農民や猟師達は必死になって献上の品をかき集めなければならない。
それは明確なノルマであり、もしも決められた数を集められなければ厳しい処罰が待っている。
その権力の中枢、玉座の間ーーでは無く、狭い執務室のほうで大臣アイスマーは、自分の耳をまず疑った。
「陛下、今、なんと仰いましたか?」
「中止だ! 何度も言わせるな。収穫祭は中止とせよ」
「し、しかし……すでに大半の準備は整っております。それに中止ともなれば異例のことですが」
「だが、食料がそろわぬのだろう? 各地で不満の声も上がっている。反乱の計画も見つかった」
「な、なんと!」
アイスマーは衝撃を受けた。監視者をあちこちに配置し、貴族高官すら監視対象となっているのだ。監視に対する監視も付けてある。この執拗な監視網をくぐり抜けての反乱計画など到底不可能だと思っていた。
まあ、露見しているから可能だったという訳でも無いのだが。
しかし、この警戒の中でも反乱を企てる者がいたというのも驚きだ。
「だから中止だ。話は終わりだ。下がれ」
「お待ちを。陛下、不満を抑えるためでしたら、何も中止になさらずとも、規模の縮小でよろしいのでは?」
「オレの代でみすぼらしい祭りをやったと記録に残せと言うのか!」
「い、いえ、そこは記録を改ざんすればよろしいですし」
「ふん、どのみち人の記憶までは改ざんできん。それもこれもあのラドニールのせいだ。あいつらさえ、邪魔しなければ……!」
若き王が杯を床に叩きつけた。
アイスマーはいつ腹いせに処刑されるかと、気が気では無かったが、そこは長年勤め上げた大臣である。何とか平伏して耐えた。
「だが、アレが完成すれば兵などいくらでもそろう。もうすぐだ。クックックッ」
国王の狂気じみた笑いに、アイスマーは主君がご乱心遊ばれたかと心配になってそちらを見た。
「陛下?」
「何でも無い。もう下がって良いぞ」
「ははっ」
真顔に戻ったドラン三世の瞳に、狂気の色は無かった。いつものムスッとした冷徹なむくれ顔だ。
執務室を出るとアイスマーは首をひねった。
「兵士がそろう? 陛下は新たな徴兵計画でも立てておられるのか」
無謀だ。
そう考えざるを得なかった。
すでに先の戦争で無制限徴兵までやっていて、年齢も問わず体格の良い者は根こそぎ動員した後だ。
農業に悪影響が出るのでアイスマーは反対したのだが、「戦争が終われば農民に戻せば良い」とドラン三世が言い、それで押し切られた。まあ、国王の発言が絶対であるので、押し切るも何も無いのだが。
結果、敗戦――おっと転戦だ――では多くの逃亡兵を出してしまい、農民が領地にすら戻らず深刻な人手不足が続いている。
これでは徴兵しようにも、頭数すらそろわないだろう。
また責任者の処刑で官吏が減ってしまうかと思うと胃が痛い。最近はまともな報告書を書ける者も少なくなり、業務が滞りがちになっているのだ。
「陛下もそのようなことくらい、お解りになっているはずだが……」
国王も決して馬鹿では無いのだ。
時には内政官を驚かせるほど良いアイディアを出してくることもある。
例えば不満が溜まる国民に歌や踊りを推奨し、演劇で楽しませる。健康増進のためにスポーツ大会を開いて優勝者には賞金を出したり。
だが、このようなときに徴兵などすれば、国民もまた戦なのかとうんざりしてしまうだろう。
あと十年は無理だ。
だからこそ、分からぬ。
陛下の真意が。
首をひねりながらアイスマーが自分の執務室へと向かっていると、黒い鎧を着た老将が廊下の向こうから歩いてきた。
「おお、ガルバス将軍、ちょうど良いところへ」
「何か」
「さきほど陛下が徴兵するようなことを仰っていたが、徴兵計画があるのですか?」
「なに? 徴兵だと!?」
ガルバスが目を見開いて驚いたが、この様子だと将軍も知らない様子だ。
「ええ。ちらりとですが。内政大臣代理として言わせて頂くが、なんとか陛下をお止めして下され。これ以上農民が減って生産力が落ちては国が持ちませぬ」
「分かった。戦を始めようにも、兵器を造る大工が減ってしまって、ろくに数がそろっていないからな。今、戦などどう考えても不可能だ。よし、かくなる上は、それがしがこの首に代えてもお止めしてこよう」
「あ、いや、卿が処刑されるのも困りますぞ?」
ガルバスは内政に理解のある数少ない将軍だ。糧食を寄越せと居丈高に怒鳴る将軍ばかりになってはこちらも身が持たない。
「難しい注文だな。近頃の陛下は我ら重臣にもあまり耳を傾けられなくなっておる。まあ、真意だけは確かめておこう」
「頼みますぞ」
「うむ。ああ、それとな、アイスマー殿、話は変わるが、昨日、王都でおかしな死体を見たのだが」
「おかしな死体?」
「そうだ。衛生担当は貴殿であろう。ひとつ、耳に入れておこうと思ってな」
「聞きましょう」
ガルバス将軍の話では、その死体は王家の墓の近くで、見回りの兵士が発見したという。
道の真ん中に放置されていたが、腐敗がかなり進んでいる状態で、鼻が曲がりそうなほどの異臭を放っていたという。
「そ、それは、王家に対する反逆では……!」
アイスマーはその所行に背筋が凍る思いだった。よりによって王家の墓に別の死体を持ち込むなどと。
この国においては最大級の侮辱と言って良い。
「かもしれぬな。そこまで行かずとも、そのような場所に死体を捨てるなどつまらぬ嫌がらせだ。もちろんすぐに兵に命じて別の場所で燃やしてやったぞ。だが、問題はそこではない」
「と言うと?」
「その死体、この季節だというのにハエもたからず鼻が赤かった」
「鼻が?」
アイスマーは鼻が赤いと聞いてドキリとした。リーディス病に違いない。自分も罹ってしまったのであれから詳しく調べたのだ。
だが、この国のリーディス病患者はアイスマーの『政策』により、すでに何年も前に根絶したはずだった。
もしもその当時の死体だとすれば、とっくに骨となっていなければおかしい。
「そうだ。ま、詳しい事はそれがしにも分からぬが、そのような病が前にあったことも思いだしてな。そこが少し気になるというか、頭に引っかかったのだ」
「了解しました。私としても気を付けておくとしましょう」
その死体、おそらく自分と同じく、新しく発症してしまった病人であろう。
それが普通に導き出される結論だ。
だが……アイスマーはガルバスと同じ引っかかりを覚えた。
「最近、放置されて見つかった死体を調査しろ」
執務室に戻ったアイスマーはそう部下に命じてから、机の上に積み上げられた書類に取りかかることにした。
「ええい、まったく、これは私の仕事では無いぞ! 新任の財務大臣はまだ決まらぬのか」
一分後、アイスマーは自分が出した命令のことなどすっかり忘れてしまっていた。




