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第二話 収穫祭の準備

 街の広場に綺麗に色とりどりの花が飾られ、屋台の設営のための板に釘を打ち付ける音があちこちで響いている。


「へえ、こっちも準備が進んでるんだな」


 俺が街並みを見て言うと、ロークが頷いた。


「ええ、このあたりの収穫祭は国が違っても全部同じ日ですからね」


 俺達が今いるのはラドニール王国ではなく、交易都市ヴェネトの港町だ。


 今日はとある食材を仕入れにここまで遠出してきた。


「よう、ユーヤ!」


 バッグス船長が馴れ馴れしく名前で呼んでくるが、まあ、勇者と呼ばれるよりはいいだろう。ここには下手をするとミストラ王国の人間だって仕入れにやって来ているかもしれないのだ。


「例のモノは?」


「ああ、用意はしたぜ? だが、本当にアレを食うのか?」


「まあ、うちの故郷じゃ食ってたから、同じモノなら大丈夫だと思う」


 俺は言う。


「異世界と一緒かどうかまではオレも保証できないぜ?」


「そこはこちらで見て判断するから。まずは見せてもらえますか」


「おう。こっちだ」


 港の波止場へ行き、すでに荷馬車に乗せられている樽を一つ、開けてもらう。

 きちんと注文通りに氷まで入れてあり、これは魔術で用意したのだろう。


「ほれ、デビルフィッシュのてんこ盛りだ」


 樽の中ではうねうねと触手が蠢いている。

 や、普通にキモいわ、これ。


 船長が無造作に一匹の頭を掴んで引っ張り上げたが、うん、灰色のタコだ。吸盤警戒!


「触手を少し切り取って、それを(あぶ)ってもらえますか」


「よし」


 船長がナイフで切り取り、それを七輪の網の上に置く。

 火で炙られ、反り返ったタコの触手は思った通りに色が赤く変わった。 


 その場にあった鉄の串を使って俺はタコを口に含む。


「はふはふ。うん、タコですね」


「タコ? しかし、本当に食うとはな……どれ、オレも一つ」


 船長も一口口に放り込んで咀嚼(そしゃく)する。


「僕も頂きます……」


 顔色が青ざめているロークも串でおっかなびっくりで口にする。


「おお? 普通にいけるな」


「意外に美味しいです……」


 驚く二人に俺はニッコリ笑って言う。


「ね? 見た目は気持ち悪いけど、食べられるでしょ?」


「そうだが、ゲテモノだな。商売にはならんぞ」


「加工すればいいんですよ。たこ焼きなんかはオススメですね」


「ほう。それはどう作るんだ?」


「これを細かくサイコロ大に切って、パンの中に入れるイメージですかね」


「なるほど、見えなきゃ、食えるか」


「ええ。その方向しか無いかなあ」


 元々食べる習慣が無いので、抵抗感も大きいだろう。見た目がまんま触手だし。

 俺だって訳の分からない物を出されたら遠慮するし。

 こちらの世界に縞々模様の果物があるのだが、気持ち悪くて未だに俺は手を付けたことが無い。


「じゃ、船長、代金は銀貨一枚ということで」


「いや、たこ焼きのレシピを教えてもらった礼に半値にしておいてやる。ただし、オレが売りに出しても怒らないでくれよ?」


「別にそれは構いませんよ。ただ、死んだタコは生ものなので早めに加熱するか、きちんと氷で管理して下さい」


「ああ、魚と一緒だろ? 分かってるって」


「それと、海藻はどうですか」


「それはこの樽だ。どれが良いのか分からないから、適当に詰め合わせてるぞ」


「ええ。緑、緑……あれ?」


 緑色の『ワカメ』なら一発で見抜けるぜ!

 と思って探すが、見つからない。

 赤や紫や茶色はあるんだけども。


「どれ、こいつも焼いて食ってみるか」


 船長が一枚を引っ張り出して、網の上に載せる。海藻は普通焼かないと思うんだが、まあいいか。

 すると、茶色だった海藻が緑色に変色した。


「あ、それだ」


「ほう、これか。んー、塩辛い草だな。普通の草よりは食べやすいか」


「それはサラダやあっさり系のスープに入れて煮て食べるのがオススメですね。乾燥させると長持ちします」


「干物か。なるほどな」


「こっちの代金はいくらですか」


「ああ、さっきのと込みでいいぞ。水魔法が使える奴なら、簡単に採れるからな。この辺じゃ、ホタテ貝と一緒に採れるんだが邪魔だから海藻は捨てるだけだったんだ」


 こちらの人間は見た目重視なのか食べない物が割とあるようだ。それはもったいないよね。


「じゃ、また何か欲しいものがあったらいつでも言ってくれ。奴隷以外なら何でもそろえてやるぞ」


 バッグス船長がニッとワイルドに笑い、自信満々に樽をたたく。


「どうも」


「ああ、それと」


「はい?」


 バッグス船長がなぜか手招きして、小声で耳打ちした。


「さっき酒場で小耳に挟んだんだが、ミストラで疫病らしき死体を目撃した奴がいた」


「えー……」


「そんな!」


 ロークが青ざめるが、やはりこの時代の疫病は国家レベルの脅威なのだろう。


「ま、この街には広がってないみたいだし、まだ確定情報じゃないからな」


「分かりました。何か分かればすぐに教えて下さい」


「ああ、もちろんだ」


 気にはなるが、確定情報じゃないなら続報を待つしか無い。

 うがいや酒の清めなんて対策はこの国でもやってるだろうし。



 バッグス船長と別れ、他に肉や果物、ホタテ貝やアサリ、スパイスなどを仕入れた。

 ヴェネトは交易都市というだけあって品の種類も多く、欲しいものはだいたいそろった。

 ここを領土に編入すれば港も手に入るし、関税も大幅に増えそうだが……。しかし、そうなるとラドニール王国の宿敵、ミストラ王国はこの港町との交易を辞めてしまうだろう。ミストラ側を通る北側の交易ルートが止まってしまうと、今より規模が縮小するし品揃えも悪くなるはずだ。占領したら占領したでここの領主を誰にするかで貴族達が揉めそうだし。

 直轄地にするにしても二日も離れていては代官がいるからな。

 それにヴェネトは港町と言っても港自体が狭く、泥のような浜――干潟と言うそうだが――が周りに広がっていて大型船はちょっと入りづらい感じだ。軍港には向かないだろう。 


 やっぱりここはこのままがいいか。


 俺がそう結論を出し、荷馬車を引いてラドニールに向かっていると、ボロボロの服を着た男達が岩陰からぬらりと出て来た。

 全員、棒きれや剣を持っている。

 しかも人数が多い。


 失敗したな。友好的な中立地帯だからと、エマもレムも今日は連れてきていなかった。


「な、何者だ!」


 こちらの護衛兵が緊張した声で剣を抜いて聞く。


「食べ物を置いていけ! そうすれば命だけは助けてやる!」


 金じゃ無くて、食べ物強盗か。よっぽど空腹なんだろうな。

 見れば強盗達は頬や体が痩せこけて骸骨みたいな感じだ。骨と皮だけというのはこういう状態を言うのだろう。


「じゃ、おいでおいで。食べられるなら好きなだけ分けてやろう」


 俺は手招きした。


「ユーヤ様、危険ですよ?」


 ロークが言うが、こいつらは根っからの盗賊という感じには見えない。体に刀傷が無いし、構えもへっぴり腰。それに全員が緊張しているようでにやけ(・・・)顔は一人もいない。

 これならバッグス船長の方がよほど危険人物に見えるくらいだ。


「大丈夫だろう」


「よ、よし、なら、剣を収めろ」


「ローク」


「ふう、分かりました。剣を収めて少し下がって」


「はっ」


 ロークの指示で兵士が剣を収めて荷から離れる。


 俺は樽の蓋を一つ開けて、どうぞどうぞのジェスチャー。

 近寄ってきた一人が樽の中に手を突っ込んで氷を掻きだし、そして悲鳴を上げた。


「うひい! な、なんだこれは」


「タコ――デビルフィッシュだ」


「な、何だってそんなモノを」


「食べるから」


「は?」


「食えるんだッ!」


「い、いやいやいや、頭おかしいんじゃねえのか? くそっ! まさか、これ、全部そうなのか?」


「そうだよ。こっちは海藻だけどね」


「畜生、引き上げだ! これは食い物じゃ無かった」


 盗賊達が意気消沈した感じで去って行く。


「……ド素人が!」


 目撃者をそのまま放置とか、あり得ん。通報がヴェネトの兵士に行くとは考えないのだろうか。


「ユーヤ様……プロの盗賊達だったら僕らは悲惨なことになってましたよ」


「そうだが、中途半端な奴らだ。生きるか死ぬかの瀬戸際なら、食って死ねと」


「さすがに僕はコレを生きたままで食えと言われたら泣きますよ」


 雑菌や寄生虫を考えると、刺身にするにしても解凍モノが良いだろうな。クロフォード先生に氷魔術をお願いして一度凍らせてもらおう。


「ああ、ま、食べやすくはしないとな。たこ焼きには期待しててくれ」


「はい。それは楽しみです」


 俺達は料理について色々とロークと話しながら、のんびりとラドニールに向かった。

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