第一話 収穫の季節
大陸歴527年9月2日。
ラドニール王国では一週間後に収穫祭を控え、城の中も街の中も浮ついた空気になっていた。
「ユーヤー、収穫祭、収穫祭ってみんな言ってるけど、収穫祭ってなんだ?」
レムも話を聞きつけたようで、リバーシを指しながら聞いてきた。
現在、黒石が優勢。
「ああ、収穫祭ってのは今年取れた収穫のことを、神様に感謝するお祭りなんだよ」
俺は白石を置きながら言う。
「ふーん」
「旨いものがたくさん食えるぞ、レム」
「おお! 収穫祭が楽しみだな!」
「ああ。九月に入ったし、そろそろ、畑の様子を見てみるか。レム、行こう」
「分かった!」
トウモロコシや枝豆などは見て状態がすぐ分かるのだが、芋類は掘り起こさないとどうなってるか分からない。
「まずは紅芋から見てみよう」
城の外にある畑にレムと一緒にお出かけだ。
芋畑は土の上には葉っぱが茂っていて、今のところ順調なようだ。
外は太陽も燦々と照っていて、まだまだ夏だな。歩いていると暑い。
「どれ」
イノシシ対策用に仕掛けられているトラバサミに注意しつつ、畑に入り土を小さいスコップで掘ってみる。
「お、できてる、できてる」
赤紫色で、形は不格好だが太い芋が出て来た。
自分で植えるのを手伝ったので、ちょっと感動。しかも植えたときよりも大きい芋がたくさん成っている。
「見てみろ、レム、植えたらたくさん増えただろう」
俺は自慢げに芋を見せようとしたが。
「んぐんぐ、ゴックン。でもユーヤ、これあんまり美味しく無い」
「おい。生で食うなよ。これは蒸して食べるんだぞ」
「へー」
「それに洗わないと土の味だろう」
「うん。土の味ー」
今度はミミズを手づかみで捕まえているレムを俺は慌てて止め、芋掘りを手伝わせた。
「ユーヤ様!」
「おお、ロークか」
「このようなこと、言って下さればこちらでやりますのに……」
「まあ、芋掘りもたまには面白いんだよ。麦畑の様子はどうだ?」
「ええ、今年は天候も良くて、育ちも順調でしたからね。農民達も今年は豊作だろうって喜んでますよ」
「それは良かった。見てくれ、紅芋も豊作みたいだ」
俺は取れた紅芋をロークに見せた。
「これは……随分と大きいですね。味が楽しみです。あっ、先程リリーシュ様がユーヤ様をお捜しでしたよ」
「ああ、じゃあ……お、噂をすればなんとやらだな」
「ユーヤ~!」
リリーシュが手を振って自分からやって来た。
「やあ」
「もう、どこに行ったかと思ったら、ここだったのね。紅芋はどんな感じ?」
「この通り、思った以上にたくさん取れそうだ」
掘った芋を見せてやる。
「ホント、大きいわね! ふふっ、でも変な形。これなんて人の足みたい」
「そうだな。ま、形はどうあれ、味は問題ないはずだから。レム、ここはもう良いぞ。次の『悪魔芋』を見てみよう」
「分かったー!」
「その前に。ユーヤ、私に言うことがあるわよね?」
「んん? 何をだ?」
「もう、とぼけないで。あなたのスキル、芋を掘ったら教えてくれるって言ったじゃない。もう延期は無しよ」
リリーシュが腰に手を当てて言う。
大商人が戻った後に教えるという約束だったが、芋を収穫した後でと一度変更してもらったしな。
「あー、そうだったな。よし、じゃあ、重大な国家機密を教えよう。俺のスキルは『スキル無し』だ!」
「は?」
「だから、ハズレ。何も無かったんだ」
「ええっ!? 私を騙してるわけじゃないのよね?」
リリーシュが半信半疑の顔で聞き返してくるが。
「もちろん本当の話さ。だから国民に動揺を与えないように、秘密にしてたってわけ。良いことじゃないのは分かってたけど、王様から国民に希望を与えてくれって頼まれちゃったからね。収穫が取れたなら、公表する予定だった」
「そう。あー、なるほどねー……」
リリーシュも事情を理解してくれたようだ。
「君も騙したようで悪かった。ごめん」
「ううん、だってちゃんとした理由があっての事じゃない。ユーヤは何も悪いことをしたわけじゃ無いし、そういうことならいいわ」
リリーシュが微笑みながら頷いてくれるが、嘘が悪いんじゃ無くて、人を怒らせるのが本当の悪いことなんだろうな。
俺のじっちゃんは嘘を凄く嫌っていたけれど、その理由はたぶん、嘘が人を不幸にするからだと思うんだ。
「でも、俺が思ってたより、国民は勇者なんて当てにしてなかったみたいだな」
「そうね。なんというか、戦争や飢饉でそれどころじゃ無かったって感じだし。魔王も復活は確認されたけど、特に動きが無いみたいだから」
魔王の動向は気になるところだが、十六年前、ここからずっと西にあるという『死の谷』で冒険者に目撃された後は、ぷっつりと消息が途絶えているという。
魔王なんて復活した途端に魔王軍を率いて攻めてくるものだと俺は思っていたが、どうやらこの世界では違うようだ。
ただ、三百年前に復活した魔王は魔物の群れを従えて大陸の半分を侵略し、神竜に倒されるまでさんざん暴れ回ったというから、引き続き魔王の動向には注意が必要だ。
「ああ。まあ、神竜なんてものがいるなら、またそいつに倒してもらえば良いさ」
「うーん、竜って人間に都合良く動いてくれるものでも無いから」
「オレ様はちゃんと言いつけは守ってるぞ!」
レムが抗議した。
「ああ、レムはもちろん良い子よ?」
「さっき、竜って言ったー」
「ごめんごめん、私が間違えたわ。今のは神竜の話ね。神竜は使者を送っても、姿も見せず門前払いが普通だそうよ」
コンタクトも取れないのでは、どうしようもないか。
「そうか。この話はまたにしよう。リリーシュ、次は悪魔芋を掘りにいくけど、一緒に来るかい?」
「私に食べさせないなら、ええ、付いて行くわ」
「食べさせないよ」
悪魔芋は食べると腹痛を起こすそうだが、普通のジャガイモだって芽は有毒だからな。
芽を取って食べられるかどうかは調べておきたい。
ロークとリリーシュも加わって隣の畑に行き、悪魔芋を掘り返してみる。
「うーん、やっぱりグロいな」
表面は鱗みたいなざらざらで黒光りして何かの卵みたいに見える。芽の部分はぷっくり膨らみ、悪魔の閉じた目みたいになってるし。
今にもピギー!とか言って目が開きそうで恐い。
「知らないわよ? 他の畑まで広がり始めたら」
「ええ? そうなったらクロフォード先生にもお出まし頂いて焼き払うしかないな」
ちょっと心配になったが、葉や蔓は区画から飛び出していないので今のところ問題は無さそうだ。
「んぐんぐ、これはまあまあだ」
「あっ、レム、食うなよ……」
油断した。まさかコレを食うとは。レッドドラゴンの食い意地、恐るべし。
「ちょっと、吐き出しなさい、レム。お腹を壊すわよ」
「えー? 嫌だ。お腹痛くないもん」
「いいから」
「まあまあ、リリーシュ、レッドドラゴンなら死ぬことは無いだろう」
「ええ? うーん。でも、何かあったら、あなたの責任ですからね、ユーヤ」
「ああ。ヤバかったら、悪魔芋は栽培も禁止にしてもらおう。だが、動物も食べないのか?」
「さあ?」
「なら、何事も実験だな」
芽と皮を切り取って煮込み、子豚とレムに毒味してもらった。
いや、レムには元々食わせるつもりは無かったのだが、よだれを流して「それ食べたい!食べたい!」とせがまれて、まあ良いかと思ってしまったのだ。
「ユーヤ! これ、無茶苦茶、美味しいよ!」
「そうか、まあ、煮込んだら良い匂いだな」
ジャガイモそっくりの匂いだ。
「もっと食べるぅー!」
「あー、今夜、腹痛にならなかったらな」
夜中、レムがうるさいのでまた煮込んでやり、今度は俺も一口、口に含んで問題が無いか確かめてみる。
「お、これはいけるな」
「だろ? 煮た方が美味しいんだねー」
「ああ。料理は人間の得意分野だぞ」
「おおー」
よしよし、レムが尊敬の目で俺を見てる。人間が自分にとって有益だと分かれば竜も襲いかかってくることも無いだろう。
ま、レムは言いつけを良く守ってるし、そんな心配もいらないけど。
翌朝、腹痛にもならなかったので、ふかした悪魔芋にマヨネーズなどを添えてレムと俺で朝食を取る。
マヨネーズはすでにこの世界にある調味料なので問題が無い。ただし、作るのは料理長にやってもらった。
「やべえ、これ旨いわ。止まらん」
熱々ほくほくの芋に、マヨネーズをたっぷりと掛け、さらに醤油をひとたらし。
「うまうま! バターも美味しいよ!」
俺は一つだけの予定だったが、ままよとばかりに三つ分をばくばく食べる。レムはすでに十個分だろう。
皮を剥けば実の色も普通にジャガイモの色なので、あのグロい見た目は気にしなくても良い。
「うっ……わ、私も一つ頂いていいかしら? その、食べないなんて言ってしまったけど」
リリーシュがそれを見て心苦しそうにお願いをしてきた。
「いいが、まだ毒味中だ。王女殿下にはまた後でな」
「毒味係はちゃんと別にいるでしょう。なんでユーヤが食べて私はダメなのよぅ」
「いや、これを他人に食わせるのもなあ。毒味係も通してないし」
書物の記述で腹痛止まりとは分かっているが、食おうと決めたのは俺だしな。
「ユーヤとオレ様で独り占め~♪ んふー♪」
レムが頬張りながらご機嫌の顔をするが、そうじゃないっての。
「それはなんか許せないんだけど」
リリーシュが手を伸ばす。
「ダメよ、リリー。ユーヤ様が体を張って毒味して下さっているのだから、もう少し待ちなさい。今日の夕方なら食べても良いでしょう」
アンジェリカが言う。
「わ、やった」
その夕方。
「それでは結果発表です。デレデレデレデレ……ジャジャン! 悪魔芋は芽と皮を取れば食えーる!」
俺はテーブルを前に拳を握りしめて宣言した。
「待ってました!」
本当は長期的なデータを取ってからなのだが、腹痛も起きてないし、たぶん大丈夫だろう。
見た目とネーミングのせいで、今まで敬遠されてきたと考えられる。
なら飢え死にするかどうかの国民にはもう解禁して食べてもらった方がいい。
専門の毒味係の人にもちゃんとオーケーをもらった。
「んー、何コレ、美味しい! マヨネーズ最高! バター醤油ヤバすぎ!」
リリーシュも口に含んで幸せそうな顔になる。
アンジェリカがそれを見て苦笑したが、彼女は安全面を考えて当分は食べないつもりのようだ。次期女王の身だものな。
「本当に美味しいです。この紅芋もまた違った味で、こちらはそのままの味が美味しいですね」
ロークもニコニコ顔だ。
「これで我が国の食糧難は一気に改善されることでしょう。本当に、良かった」
アンジェリカが目を潤ませながら微笑んだ。
「ああ。竜人族の里も、獣人族も国もな」
エマも力強く頷き、そして穏やかな表情になった。
さあ、次の手だ。




