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第三話 大事なもの

 異世界に召喚された俺は、急に押しかけてきたレッドドラゴンとの腕試しをやることになった。

 レベル1でレッドドラゴンといきなり遭遇する不運な勇者もそうたくさんはいないだろう。

 しかもチート無しで!


 だが、勝てる。

 相手は人間界に疎そうな幼いドラゴンだ。

 そんな奴、ちょちょいと人間様の知恵でひとひねりだってばよ!


「では、リバーシのルールを簡単に説明しますね。勇者ユーヤは白色の石、レッドドラゴンさんは黒色の石を交互にマスの上に置いてもらいます。

 こうして自分の石で相手の石を挟めば、ひっくり返して自分の陣地にすることができます」


 ロークが碁盤の上で実際に石を置いて説明した。

 簡単だな。オ○ロだ。


「ふむ、最後に黒色一色にするか、こちらの石が多ければ勝ちだな?」


 レッドドラゴンがルールを確認する。


「その通りです」


「簡単だな。では、こちらから行くぞ」


 先手を取ったレッドドラゴンは念力も使えるようで、石を空中に浮かせて碁盤の上に置いた。

 こちらも石を置く。


 十分後――


 ブフッ! とドラゴンが鼻息を荒くした。


「俺の勝ちだな」


 勇者ユーヤは静かに微笑む。そこは二割増しで格好良く、ポージング付きで。


「くそっ! 最初は調子良かったのに。角を取らねばダメだったか……!」


 そう、このゲームの肝はそこだ。そして、それを知っているかどうかで勝負は付く。

 人間世界を良く知らない、若いドラゴンだから上手く行った。

 もちろん、コイツがリバーシをよく知っていると言ったら、俺が知らないと言って別のゲームにしたがね。ヒヒ。


「だが、良い戦いだった。竜よ、『リバーシ帝王』の自称を持つこの私に初めて挑んだにしてはなかなかだ。初めは負けるかと思った。最後まで諦めない姿勢も感服だ。ナイスファイト!」


 全然チョロかったけど、相手を怒らせてはまずいので、俺は敗者を(たた)えておく。もちろんこの称号は今、俺が勝手に作ったものだ。自称だもの。


「うぬ、帝王であったか……不覚!」


「それで……竜よ、約束は覚えているな?」


「チッ、仕方ない。親父様から譲り受けた一族の宝だが、約束は約束だ。『封印石』をお前にくれてやる。オエッ」


 ドラゴンはその場で石を吐き出した。五センチくらいの紫色の球体だが、粘液がくっついていて、うへえ、触りたくねえな。


「確かに受け取った。では、百年後の再戦を楽しみにしているぞ」


 俺はたぶん生きていないけどね。五代目勇者、後は任せたぞ!


 だが、ドラゴンが背を向けて羽ばたき始めたかと思うと、また降りて来た。

 なんだろ?


「やっぱり、もう一戦だ。もう一回やらせろ」


「ええ?」


「いいだろう。今度は賭けなくても良い。いや、金貨をタダでくれてやろう」


「まあ、一回くらいなら付き合うが、こっちもさあ、あんまりヒマじゃないんだぞ?」


 俺は首を横に振り振り言う。

 特に予定があるわけでは無いのだが、時間があるなら読書したいし。


「分かっている。すぐ済む」


 五回ほど付き合ってやったが、なかなか帰ろうとしないので、もうわざと負けてやった。


「GHOoOOOOO――――! よしっ! 帝王に勝った! 今日からこのオレ様が帝王だーっ!」


「あー、ハイハイ良かったね。『リバーシ帝王』就任おめでとう。そこっ、拍手!」


 のんびり観戦していた兵士達が慌てて拍手する。


「フフン。弱きモノに賞賛されるのもなかなか良い気分だな! では、約束通り、金貨を持って来てやろう」


「いや、別に要らないかなー……。君と俺の友情の証と言うことでもう帰って良いぞ」


「そうはいかん。ドラゴンは約束を守るのだ」


 ぐいとそのデカい顔を近づけられると、こっちは心臓ドキドキで震えが来るのだが、俺もそれを必死で押し隠して頷く。

 そしてドラゴンはバサバサと羽ばたいて巣に戻っていった。



 その場にいた全員が大きな安堵(あんど)のため息をつく。


「いや、一時はどうなるかと。ユーヤ様、見事な機転を利かせましたね」


 ロークが笑顔で言う。


「ああ。正直、ちょっとちびった。着替えてくる」


「待って! ああいえ、着替えてからで良いわ」


 軍服のお姫様が呼び止めたが、そこは配慮してくれた。


 着替えて俺が城の中庭に戻ってくると、兵士がばっちぃ『封印石』を布で拭いて綺麗にして渡してくれた。

 封印石って、何かを封印しているのだろうか? それとも、何かを封印できるのだろうか?

 分からん。

 スキルが一つも無い俺は『鑑定』も不可能だからな。

 使い道は分からないが、レッドドラゴンが守っていたのなら価値はあるだろう。後で王様にでも献上するかな。

 懐に入れておく。


「改めて、お礼を言わせてもらうわ、勇者ユーヤ。この城が焼き払われずに済みました」


 軍服の王女が笑顔で言う。


「いえ、姫様、もったいなきお言葉。礼には及びません。たまたま上手く行っただけで、勇者で無くとも誰でもできたことでしょう。私は人として当たり前のことをしただけですから。ええ、人として」


 俺としては今後も勇者としてドラゴン退治に駆り出されては敵わないので、一般人を強調しておく。


「ぐっ、そう言われてしまうと、人として知恵を出せなかった私は心苦しいのだけれど……」


「いえ、お気になさらず。本当にたまたまです。しかし、この近くにドラゴンが住んでいるのですか?」


 重要な事なので聞いておく。ブルードラゴンやスカイドラゴンまでやってきたら、全部あしらうのは無理そうだ。賢い年長組の竜だっているだろうし。


「いいえ、この近くで上位ドラゴンがいるなんて聞いたことは無いわ。たぶん、ずっと西の火竜山脈から来たのだと思うけど」


「そうですか。なら安心ですが、どうやってあのドラゴンは、勇者召喚を知ったのでしょうか?」


「それは……」


「おそらく、この国の伝承を伝え聞いておったのじゃろう。二連月食の日に異世界から勇者が呼べると」


「「 クロフォード先生! 」」


 宮廷魔術士のクロフォードがやってきたが、ロークだけでなく、王女リリーシュも先生と呼んだ。

 この人、教育係も兼ねてるのかね。そうなら弟子入りして魔法でも教えてもらおう。


「しかし殿下、あなたは王位継承権を持つ一人。この国の柱ですぞ? 柱を失えば国家という名の家は潰れます。王女としての立場をご自覚頂き、ご自重下され」


 クロフォードが言う。


「ええ、でも、(あね)様がいれば大丈夫です」


「その後の事もございますぞ」


 姉が死んだら、妹が次の女王か。


「ええ? 私は、王位なんて継ぐつもりは無いわ。あ、そうだ! ユーヤ、後で姉様を紹介するわね! すっごい美人だから! あと優しいし!」


 コイツ、今、俺を姉と結婚させて、子供も産ませて王位継承権を逃れようとしたな?

 初対面の男に姉を売るとは。


「ご自重下され」


「なんでユーヤまで老臣ぶるのよ、もう」


 いくら美人だろうと王位継承のごたごたに巻き込まれたら嫌だもの。


「まあいいわ。あのドラゴン、それほど凶暴というわけでも無かったし、あの様子ならここを襲う事はもう無いでしょうからね。火竜山脈ならすぐには戻ってこないでしょうし、良かったわ。ユーヤ、こっちよ」


「はあ」


 第二王女リリーシュが指で俺をクイクイっと呼んだが、地位からして拒否権はないだろうしな。

 大人しく付いて行く。


「でもあなた、よくあそこでリバーシゲームなんて思いついたわね」


「いや、普通に戦ったら即死なのは分かっていたので」


 相手の得意分野で勝負するのは美学かもしれないが、危険性(リスク)は最大になるだろう。

 やるならゼロリスクか、ローリスク・ローリターン、堅実が大好きな俺としては、勇者なんてやりたくない。

 肉体派でもないし。


 しかし、人間はたとえ肉体が弱くても、知恵と道具を使うことによって百獣の王ライオンにだって勝てるのだ。

 考える(アシ)である。



 それに、勝つことだけが正解では無い。


 さっきのレッドドラゴンに対しても、俺が完璧に勝利し続けていたら、きっとアイツはキレていただろう。


 選択肢は常に両方の結果を考えるべきだ。

 バラ色の成功報酬ばかり見て足下のリスクを軽視すると、落とし穴にはまる。

 じっちゃんもよく言っていた。

 勝ち負けの向こう側を見ろ、と。


「そう。それもそうね」


「それで、王女殿下、どちらに私を連れて行かれるのでしょうか?」


「私に堅苦しい敬語は要らないわ、いえ、敬語禁止にしておくわね」


「はあ」


「それに不安がらなくても――着いた。ここが姉様の執務室よ」


 リリーシュがそう言ってウインクするとドアをノックした。

 やはり俺を第一王女に会わせたいということか。



「はい、どうぞ」


 澄んだ声が中から聞こえ、ドアを開けると、銀髪の女性が机に向かって書類仕事をしているのが見えた。


「姉様! 勇者ユーヤがレッドドラゴンを追い払ってくれたわよ!」


 リリーシュが誇らしげに報告してくれた。


「そうですか。それは私からも礼を言います。よくやって下さいました、勇者様。私は第一王女のアンジェリカと申します。レッドドラゴンとなると、何か、褒美をお渡ししないといけませんね」


 そう言って立ち上がった第一王女は、優しげな目をした美人で、俺より一つ二つ年上と言ったところか。妹と比べ、落ち着きのある温厚な人物に見える。


「ふふっ、褒美は姉様自身でどう?」


 プッシュしすぎだ。


「ええ? ユーヤ様にも好みというものがあるでしょう。それに王位継承権第一位の私と婚姻すれば、この国を背負わせてしまうことになります」


「いや、何もそう難しい話にしなくてもさあ」


外交(・・)もあるのよ、リリー。他に何か、望みの物はありますか、勇者様」


「いえ、特には。それより、お仕事でしたか」


 大きな机の上には分厚い本と書類が山積みで、羊皮紙の束もラブレターという感じではない。数字が並んでいるのが見えた。


「ええ、お恥ずかしいことですが、我が国は貧しく、家臣に高給を払えない分、人手不足でして」


「それは……大変ですね。お察しします」


「でも、姉様は計算も速くて、並みの家臣よりずっと凄いのよ。内政のスキルも星二つだし」


 それなりに能力があっての適所適材か。


「もう一つ、星があれば良かったのだけれど。ユーヤ様はちなみに……」


 アンジェリカ王女が期待した瞳をこちらに向けてきたが、俺は慌てて首を横に振る。


「いえ、残念ながら、お役に立てそうもありません」


「そうですか……」


「あなた、いったいなんのスキル持ちなのよ?」


 リリーシュが怪訝そうな顔で聞いてくるが、ここはスルーだな。


「ああ、アンジェリカ様、ご褒美にお茶でも付き合って頂けると」


 俺は聞こえなかったフリをして言う。


「ええ、いいでしょう。お安いご用です」


「ちょっと、私を無視すんな」


 リリーシュにヘッドロックを掛けられてしまった。うぐぐ、王様に聞いてくれ。

 良い匂いがするが、背中に女性の膨らみを全く感じない。色々残念な妹姫様だ。 


「リリーシュ、失礼ですよ。おやめなさい。それと、ユーヤ様、あなたの才能(スキル)は国家機密なのですね?」


「ええ、その通りです。ゲホッ、ゲホッ」


「わ! それってもの凄いスキルじゃないの?」


「いや……」


 あまり期待値を上げられても困る。


「リリー、スキルに頼りすぎて自滅した者もいますよ。黄金王や甲殻英雄などですね。では、食堂に行きましょう。お茶を飲みながらでも話はできますよ」


「そうね!」


 ニッコリ笑って誘ったアンジェリカにすぐに同意したリリーシュだったが、当然、スキルの話は一切出なかった。

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