第十七話 黄金の国ジェスパ
バッグス船長は脱穀済みのお米も一袋持っていたので、それをヒルデの城で調理してもらい、みんなで一口ずつ食べてみた。
「あ、なんだか甘みがあるわね」
と、リリーシュ。
「なんだか粘りがあって、もちもちっとしているな。確かに麦とは違う」
と、エマ。
「全然、足りない!」
と、レム。
「ふむ、ま、食えるな」
と、ヒルデ。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
と、大感動の俺。
「え? そんなに? 良かったわね、ユーヤ、故郷の食べ物があって」
「ああ」
米があった。
これで白ご飯とおにぎりも食べられる。いや、海苔と梅干しも欲しいな。
「どーだ、待たせた甲斐があっただろう。オレ様とバッグス商会の名をちゃんと覚えておいてくれよ」
「覚えた」
悪い意味でも、だけど。
見た目が隻眼の海賊船長なのに海賊に捕まるって、もうそこからね。
「ちなみに、船長、味噌や醤油なんかは?」
「あー、悪いな、それもあったが、全部種にしてくれって依頼だっただろう。買い付けてないぞ」
「なっ! 頼んでおけば良かった……!」
こちらに来て毎朝洋風のスープを飲んでいるのだが、味噌汁が恋しくなってくる。
「じゃ、子分にお前らを送らせるから、オレがもう一度、買い付けてきてやろう。なあに、追加料金はいらねえよ。助けてもらったお礼だ」
「バッグス船長、ついでに、僕も連れて行ってくれませんか。そのジェスパに」
俺は頼んでみた。
「ああ、別に構わないぜ」
「あっ、私も……うーん、行きたいけど、軍務が溜まってるかしら……」
リリーシュが迷うが、彼女はラドニール王国の将軍として軍事も担当しているからな。
「心配ならリリーシュは一度戻った方が良いな。ついでに、米を植えといてもらえると助かる」
植える時期としてはもう遅いかもしれないが、物は試しだ。
「そうね、分かったわ」
「ただし米の種は失敗したときも考えて来年用に半分は残しておいて」
「ええ、分かってる」
「じゃ、リリーシュ、気を付けて」
「ええ、そっちもね、ユーヤ」
二人とも手を振って笑顔で別れた。
「よしっ、これで邪魔者が一人消えたぜ」
俺は拳を握りしめ、黒い笑みを浮かべる。
「お前と第二王女は仲が良いと思ったが」
エマが言うが。
「んーまあ、立場的にはかなり良い方だと思うけど、レムの養育方針でちょっとズレがあるというかね……俺はもっとのびのびと子供には育って欲しいんだ! 大自然の中で! 開放的に! ナチュラルに!」
「やはりそうか」
「ん?」
「安心しろ。リリーシュからは自分がいない時にもきっちり、お前を監視しておいてくれと頼まれたからな。ちゃんと事案が発生しないようにしてやるぞ」
「なぬっ! お前、リリーシュの手先に成り下がったのか……! み、見損なったぞ、エマ!」
「それはこちらの台詞だ、このロリコンめ」
「なあ、ロリコンってなんだ?」
無垢なレムが無邪気に聞いてくる。
「レムみたいな小さい子が大ちゅき!って意味だぞ」
「なんだ、良い奴じゃないか」
「いや、あのな……まあいい、いつ出発するのだ?」
エマが困って話題を変えたが、早いほうが良いだろう。何事も。
「こっちは早めに行きたいけど、船長の準備は?」
「なあに、船さえありゃあ、こっちはいつでも出られるぜ。食料や水ももう積み込んであるからな」
「じゃ、今からでも?」
「おう、出発だ」
バッグス船長と子分半分、それに俺とエマとレムで船に乗り込み、フィヨードの港を出港した。
「良い風だ。野郎共、帆をもっと張れ!」
「分かりやした、親分!」
「バッグス船長、ジェスパまでは何日くらいで?」
「そうだな、この風が続けば十五日ってところか」
結構かかるな。海の世界じゃ二週間なんて短い方なんだろうけど。
「バッグス船長、秘密を守ってもらえるなら、船を早く動かせるんですが」
「おお、オレ様は口が堅いぜ? 顧客の秘密は必ず守る。たとえ、相手がロリコンでもな」
ほう、この船長、信用できる。
「レム、アフターバーナー解禁だ」
「分かった!」
「んん? あふたーばーなー? なんだそりゃ」
「この船、衝突戦闘もできますよね?」
「ああ、そこはバッチリだぜ。並みの海賊船よりずっと堅い造りだ」
「なら、問題ないな」
俺はなぎ払え、のポーズをする。
少しして後ろで咆哮が轟いた。
「お、親分! どどどどドラゴンがぁあああ!」
「なにぃ?!」
あ、子分達に言ってなかった。まあいいや。
レムにアフターバーナーをやってもらったので、十五日の行程は三日に短縮できた。
「つ、疲れた……」
さすがに三日間、炎を吐くとレムもへとへとだ。もちろん夜はしっかり休んで眠ってもらい、果物もたくさん食べてもらったが。
「よく頑張ったな。おかげでこんなに早くジェスパについて、みんな大喜びだぞ、レム」
頭をナデナデしてやる。
「うん!」
「しかし、お前さんがレッドドラゴンとはなあ。ここまで連れてくるからには、何かあるとは思ったんだが」
「秘密ですよ、船長」
「おう、もちろんだ。二人にはオレの船にまた乗ってもらいたいからな」
船長もレムの頭を撫でたが、髪をくしゃくしゃにしたのでレムが嫌がって手をはねのけた。
「ぶー!」
「はは、悪かった。よし、野郎共、碇を降ろせ!」
港に入り、板を陸側に渡して降りる。
お米がある場所と聞いて中世の日本みたいな場所を予想していたのだが、建物は洋風のレンガ造りで、歩いている人間も洋服を着ている。
「ふうん、ここがジェスパか。思ってたのと違うなあ……」
「いや、ここだけ見てもこの国は分かんねえと思うぜ。ここは『出島』と言ってな、『西大陸』に合わせてあるんだ。オレ達にとっちゃ『中央大陸』だがこちらでは『西大陸』だ」
「ほう、出島ですか」
江戸時代の鎖国政策で長崎に作られていた現代の大使館のような場所だな。
キリスト教の平等の理念を権力者が嫌ったため――と言うのが教科書の通説だが、その頃のキリスト教は平等どころか、ローマ教皇ニコラウス五世が異教徒の奴隷売買を公認するなど、侵略者そのものだった。
信長が黒人を見て驚いて体を洗わせたという話があるが、そもそも宣教師が黒人奴隷を連れていたのである。
キリスト教の侵略は留まることを知らずフィリピンが十六世紀にスペインに武力制圧で植民地化され、インドも西欧列強によって支配されていく。
宣教師は布教だけでなく、敵地の情報収集の役割も担っていたのだ。
幕府は地図の持ち出しには神経を尖らせており、シーボルト事件では日本側高官の処刑者も出た。
進軍ルートや補給ルートを策定できる地図は軍事上最重要機密の一つと言って良い。
「知ってるのか?」
「まあ、似たような国の、いえ、異世界の話なので、違うかもしれません。出島の外へは行けるんですか?」
「行けることは行けるが、金はそのままじゃ使えないし、何より風習が違うからな。思わぬトラブルに巻き込まれたくなければ、出島の外には無闇に立ち入らない方が良いと思うぜ」
船長がそう言って肩をすくめた。
「ああ、そうですね」
俺は思わずエマを見る。竜人国では意図しない結婚申し込みという思わぬトラブルをすでに経験済みだ。
「他にもこの国は金山がたくさんあるらしくてな。ま、その場所もトップシークレットだから、どこにあるかはオレにも分からん」
「へえ」
「じゃ、オレはこのまま商店に買い付けに行くが、アンタ達は初めてここに来たんだろう。この辺をちょっくら散歩して物見遊山でもしてきたらどうだ」
「そうですね」
醤油と味噌と梅干しはもう頼んであるので、目利きと面倒な交渉は本職の船長に任せ、俺達は港町を散歩してみることにした。
「ユーヤ! あの店はなんだ?」
さっそくレムが食べ物系の店を見つけたようだ。
店の前に長椅子が置かれ、その後ろにビーチパラソルならぬ大傘が立ててある。
「あれはたぶん団子か『おしるこ』だね。どれ、一つ、食べてみようか」
「おー!」
「お供します」
俺とレムとエマの三人で、まずは茶店らしき店に寄ってみることとする。