第十三話 迷宮に潜む者
海の東にあるフィヨード王国。
その殺風景な玉座の間で、俺は女王ブリュンヒルデから知恵試しをやらされそうな気配になっている。
「ああ、それは良いわね! ユーヤ、見せてやりなさいよ、あなたの知恵」
と、小憎らしい笑顔でジャブをかますリリーシュ。
「期待しているぞ、ユーヤ、我が婚約者よ」
と、悠然と頷きながら腕組みしているエマ。
「リバーシか? リバーシか?」
と、目をキラキラさせているレム。
「お前らな……」
三人とも俺が勝つ前提で話をしてるが、あの時とはまるで状況が違う。
レッドドラゴンのレムは人間界にまだ疎く、子供遊戯のリバーシさえ知らなかったのだ。
だが今回の相手は立派な大人だ。リバーシですら勝てるかどうかも分からん。
俺は勇者として召喚されたが『スキル無し』、知恵も人並みだからな。
フツーの高校生が勝負していい場面じゃないぞ。
「いえ、女王陛下、ここであなたと知恵比べはできません。万が一、こちらが勝ってしまえば、あなたの臣下が怒ってしまいます」
「フフフ、あっはっはっはっ! こいつらはそんな殊勝なタマじゃないよ。アタイが負けたって笑うだけさ、な?」
「「「 応! 」」」
いや、そのあうんの呼吸がすでに恐いから。
「それに、勝負するのはアタイとじゃないよ。迷宮の化け物だ」
「ええ……?」
それがどうして知恵比べになるのか。
ひとまず俺達は女王の話を聞いてみることにした。
「この国にはちょっと人様には言えない醜聞があってな。もちろん、他言無用だぞ? お前らが国の奴に一言でも喋ったら、こうだぞ?」
ブリュンヒルデがクイッと自分の首を指で横に掻っ切る真似をした。
俺達はコクコクと頷く。
「よし。アタイもじっちゃんから子供の頃に聞いた話だから、詳しく覚えてるわけじゃないんだが、話はこうだ」
フィヨード王国には昔から年に一度、神に牛を一頭捧げるという風習があったそうな。
神の恵みに感謝する、まあ、どこにでもありそうな話だ。
だが、何代目かの王はこの風習に疑問を抱いた。
「別に捧げなくても、広い心を持った神ならば、怒らないのではないか。皆で牛を食べれば、エコだし、今時、生け贄って流行らないよね!」
そう思った王は家臣に牛について相談する。
「何を仰いますか。これも我が国の伝統、大切なお祭りの儀式ですぞ。神の怒りに触れたらどうなるか」
王は別に神などは信じていなかったが、ジジイ共がうるさいので、仕方なく牛を用意させた。
ところが、その年に限って、真っ白な子牛が生まれ、見るからに美味しそうな肉付きだった。
「これは一度味わってみねばなるまい」
王は老臣には内緒で別の子牛を用意させ、石灰を黒牛に塗りたくって白化粧を施し、祭りに使った。
もちろん、本物の白牛はみんなで美味しく頂きました。
哀れな身代わりの黒牛は祭りの後、岬の洞窟へと運ばれ、そこに縄でつながれた。一晩経つと、忽然と牛は消え、生け贄の儀式は無事に成功したかに思われた。
しかし、神を欺けるはずも無い。
しばらくして王妃がちょっとおかしくなり、「ケモナー最高! 牛可愛い、牛!」と寝室にまで牛を入れて可愛がり始めたという。
王は最初、ペットとして可愛がっているのだと思い、特に心配していなかったのだが、王妃が身ごもり子が生まれたときに仰天してしまう。
その王子は頭が牛、体は人間という半妖の――
「うわ、ホラーね」
リリーシュがそう言う話は苦手なようで、身震いして自分の両肩をさすっている。
「本当の話なのか? それは」
エマは半信半疑のようだ。
「うまそ――」
「レム! ダメよ!」
「レム、それはダメだぞ」
「エー?」
「しかし、ミノタウロスとは、こっちにもそんな伝説があるんだな」
俺がそう言うと、ブリュンヒルデが不満そうな顔で言い返してきた。
「おい、うちのご先祖様をモンスターと一緒にするな。その王子はアステリオスと名付けられた。気性は荒く言葉は話せなかったが、理解するだけの頭脳はあり、文字も書けたと言うぞ。ただ、ひらひらのドレスを見るとどうにも興奮が抑えきれずに相手に怪我をさせて、ついには大貴族の娘を死なせてしまったそうだ」
「あー、ひらひらのドレスはまずいですねえ」
「牛だものね」
「牛じゃ無い。だが、このような跡継ぎは困ると貴族達が反発し、国民も話を知って怖がり始めたので王はついに決断し、王子を幽閉することにしたのさ。だが、王子は力と立派な角があり、普通の扉ではすぐに壊して出てきてしまってな。だから扉では無く、抜け出せない迷宮を作り上げたのだ」
その迷宮の名はラビュリントスという。
「実際、この国の南に『星の島』とよばれる無人島が有る。中は複雑なダンジョンになっているのだ」
女王が言う。
「まさか、私にそのダンジョンに入って来いと?」
俺が顔を引きつらせながら言うと、女王がニッと笑った。
「話が早いな。毎年、牛をその迷宮に捧げねばならんのだが、困ったことに、うちの国にはもう牛が一匹もいないのだ。代わりに人の少女を生け贄にしろと占い師が言うが、そんなこと、できるはずもない」
ブリュンヒルデが苦々しそうに言った。
「豚ではダメなんですか?」
「アタイは構わないだろうと思うが、そういうのは白い牛のすり替えと一緒だからな。アタイの子が半分牛になっては、この国の王族がアタイ一人だけになってるし、まずいんだ」
「ああ……」
ブリュンヒルデが呪いでケモナーに目覚めたりしたら、ちょっとしゃれにならないか。
「エマ、手伝ってくれるか」
「もちろんだ」
すぐに引き受けてくれたエマは頼もしい。
「私も手伝うわよ」
リリーシュも言う。
「オレ様も食べに行くぞ」
「食べちゃダメだが、レムにも付いてきてもらおうか」
神だか伝統だか知らないが、幼女を生け贄などと、そんなこと、許されるはずが無い。
どうやらロリコン勇者として俺が立ち上がる時が来たようだ。