第十二話 ドワーフと言えばやっぱりアレですよ
海賊気取りの国、フィヨード。
女王の代理だという髭面のドワーフに対して、俺は種を取り戻すべく交渉を始めた。
「ほう。良いだろう、貢ぎ物と言うのなら受け取ってやるぞ」
「いいえ、これは交換条件です」
「なんだと!」
うわ、おっかない。
ドワーフがいきなり立ち上がって怒鳴ったが、大丈夫、これはブラフのはず。
「おい、そんな声を出したら、子供が泣いちまう」
他のドワーフが代理の男に注意した。
「むむ、子供は席を外してもらおう」
「嫌だ、オレ様はユーヤと一緒にいるぞ!」
レムがしっかりと意思表示してしまったが、まあいいか。荒事になったら近くにいてもらわないと逃げるのにも困るからな。
泣き真似できる器用な奴でもないし。
「ほほう、随分と威勢の良いガキだな。姫様の小さい頃によく似ておるわ」
「そ、そこで私を見ないでよ」
俺はリリーシュの小さい頃はどうだったのだろうと思っただけなのだが、ばつの悪そうな彼女はたぶん、やんちゃ姫だったのだろう。
「ああ。オホン、食べ物が欲しくないなら無理にとは言いません。ですが、通行税ではなかなか欲しい食べ物は手に入らないのでは?」
襲撃して奪うやり方では、船を襲ってみるまではその船が何を積み込んでいるかは分からないはずだ。
「フン、代わりに何を求める?」
乗って来たな。
「通行の安全を」
「なに? ワシらは海賊を生業にしているのだぞ? 海賊が襲わなくなったらタダの漁師じゃねえか。生憎、この国は漁だけじゃやっていけねえんでな」
「一定の通行税は支払います。海賊を止めろとも言いません。ラドニール王国の通行証を持つ者だけ、安くしてくれと言う話です」
「はんっ、話にならんな。それはこっちに得が無い」
「安定供給の食べ物、色々と欲しい品を各種用意できますが?」
「がはは、ワシらは何も全部が全部奪っているわけではないぞ。欲しい物はちゃんと金を払ってヴェネトやジェスパに買い付けに行くこともあるのだ」
ま、それはそうだろうな。ジェスパというのは聞いたことが無い地名だが、東の未知の国かもしれない。
世界地図がまだそろっていない以上、こういう情報も重要だな。
「ヴェネトやジェスパにこれはありますか?」
俺は今はジェスパの情報には食いつかず、こちらの手札の二枚目としてS級レア食材、黒松露を懐から出した。
「んん? なんだその黒いのは」
玉座から降りてきたドワーフがこちらにやって来る。渡すと、それをひょいと口に放り込んだ。丸ごと。
豪快だなあ。
「あんまり旨くないな。だが、この匂い、どこかで……」
「これは黒松露、香り付けの高級食材のキノコです」
「おお! 黒松露! ステーキにまぶすヤツか!」
「オレにも食わせろ!」
「オレもオレも!」
後ろでドワーフたちが騒ぎ始めたが、食い意地が張ってるな。
「この契約が成立したら、また持って来ますよ。他にも色々とあるんですけどねえ」
具体的には言わない。最初に一番良いのを出して、含みを持たせた方が食いつきが良いだろう。
「よかろう。では、食べ物を持ってくるならうちの許可証をくれてやる。通行税は一割値下げだ」
それだと、もらえる許可証の数が少ないかもしれない。大規模な交易は不可能だ。
「ご冗談を。こちらが発行する許可証を認め、九割引でないと黒松露は付けませんよ」
「なにぃ?」
「ぼったくりだ!」
「割に合わんぞ」
これは交渉だからな。最初にふっかけられるだけふっかけて、勝負だ。
相手が怒るくらいで無いと、意味が無い。嫌なら取引しなければ良いだけなのだ。
「ドワーフの皆さんなら酒のつまみも欲しいでしょう。この国に無かった秘伝のつまみレシピもお教えしますよ」
「ぬう、つまみか!」
「この国に無いだと……!」
「それは本当なのか?」
反応がいいな。やはりドワーフは酒か。酒なのか。
「実は私、異世界から召喚された四代目勇者でして」
「勇者だと?」
「確か、昔、魔王を倒したとかいう……」
「人間族という話だったな」
「そう、その勇者です。ラドニール王国が勇者を呼び出せるのはご存じですね?」
知らなきゃ知らないでも良いが、今知ってもらおう。
「今、即断して下さるのなら、最高に強い蒸留酒も特別におつけします」
「「「 乗った! 」」」
あ、酒を最初に出せば良かったな。まあいいや。
「それでは契約書を、ヌフフ」
俺がほくそ笑みながら懐から羊皮紙を取り出すと、玉座の間に威勢の良い声が響いた。
「待ったぁ! その取引は無効だよ!」
振り返ると、やや小さめのバイキング兜を被った女戦士が、白いマントを翻して玉座に向かって歩いてくる。
くそう、コイツが女王か。
でも、あれ? なんかすらっとして背が高いな。
体型はどう見てもドワーフでは無い。
え? この世界の女ドワーフってみんなこうなの?
マジですか……それを早く言ってよ!
ドワーフワッショイ!
「あなたは?」
分かりきっているが、やはり名は聞いておかねばなるまい。可憐なドワーフ美少女の名だ。私の初めてのドワーフ。
「アタイはこの国の王、ブリュンヒルデさ」
ブリュンヒルデ。なんて高潔そうな名前だろう。おへその見えるビキニアーマーもグッドだ。そばかすもいいね!
「あなたって……いえ、失礼しました。女王陛下はドワーフ族なのですか?」
リリーシュが聞いた。
「いいや。アタイは人間族さ。この国には数は少ないが人間や獣人もいるんだよ」
「そうでしたか」
「ああ……なんだ」
まあ、美少女ならこの際、ドワーフで無くても良い。
「さて、仕切り直しだ! こいつら、酒の話になると目が無いからね。通行税の九割引なんて舐めた話に釣られてんじゃないよ、まったく」
「「「 すいやせん、姉御 」」」
「しかし、なんで竜人族が一緒なんだい?」
「ああ、彼女は――」
「私はユーヤの婚約者で、竜人族はラドニール王国と盟約を結んでいるのです」
エマが自分で説明した。
「へえ。竜人族は人間を『空も飛べないありんこと一緒だ』なんて言って馬鹿にしてた気がするんだが」
「そう言う者もいますが、私はユーヤの知恵と礼儀には敬意を払っております」
「知恵と礼儀ねえ? 見た目はフツーの男じゃないか」
「人物は見た目では測りきれません。特に知恵などは」
「ほう。ならば、その知恵を一つ腕試しといこうじゃないか」
女王ブリュンヒルデが玉座に片肘を突いたまま、ニヤニヤと笑った。
やべえ……。