第十一話 フィヨード王国の荒くれ者
大陸歴527年、7月2日。
バッグス商会が持っている小型帆船で俺達五人は港町ヴェネトを出発し、今、海の上にいる。
メンバーは俺、リリーシュ、レム、エマ、そして案内役の子分だ。
空は雲一つ無い快晴で、少し暑いほどだ。風も吹いているので気持ちが良い。
潮の香りが漂い、キラキラと日の光を反射する青い海が何物にも遮られることなく無限に広がっている。
乗り物酔いを覚悟して乗り込んだ俺だったが、不思議と平気だ。
「でも、この船、本当に大丈夫なんだろうな?」
俺は聞いた。
さきほどから風が吹く度に船がギイギイ言っていて、木造という点も気になる。
「なあに、少し古い船ですが、点検はちゃんとしてますから大丈夫ですぜ」
操舵している子分が答える。
「ユーヤは心配しすぎ。天気も良いし、風もよく吹いてる。これならすぐにフィヨード王国へ辿り着けそうだわ」
リリーシュはまったく心配していないようで、明るい笑顔で言う。
「何もしないのに勝手に進んでて、船は面白いな!」
レムは風力という概念が今ひとつ分かっていないようだ。さっきも教えてやったんだけど。
「進むのは良いが、帰りはどうするのだ?」
エマが疑問を持ったが、確かに、風任せだと反対側へ行きたいときは不都合だな。
「心配は要りませんぜ。帰りは帆を畳んで海流に乗ってヴェネトへ向かうんでさぁ」
「海流か、なるほどな」
「この風でフィヨードへ着くのは何日後なの?」
「へい、この調子なら一週間というところでさぁ」
「帰りは?」
「十日は見ておいて下せぇ。海流のスピードと方向は安定してるんで、行きよりは楽ですが、ここには化け物共がいるんでさぁ。だから出くわしたらその度に奴らから逃げなきゃいけねえ。その出くわした回数で日にちも変わっちまうんで」
「なら、うーん、結構、時間が掛かっちゃうわねえ」
リリーシュが渋い顔をしたが、王女や将軍としての仕事が溜まってしまうのだろう。
ミストラ王国はあれから不気味なほど静かで、戦の兆候は今のところ、無いのだが。
「リリーシュ、今なら私が連れて港へ戻れるが」
エマが言う。
「いい! この二人だけにしたら、事案が発生するかもしれないもの」
事案って。
「酷い言いぐさだな」
「リリーシュー、事案ってなんだ?」
「まずい事件よ、レム」
「ふーん。じゃあ、オレ様に任せろ! この船のスピードを上げてやるぞ!」
「「 え? 」」
「エマ、ちょっとユーヤの目を塞いでてくれー」
レムがそう言って服を脱ぎ始める。
「承知した」
「おい、何をする気だ、レム! 俺はなんだか嫌な予感がするぞ」
「そうよレム、ここで変身するのはダメよ! 船が壊れたらあなたは良くても私たちは溺れるのよ?」
「平気だ。壊さない。GOoOOOO―――」
うわ、ホントに変身しやがった。
「ちょっと!」
慌てて俺も後ろを見るが、レッドドラゴンになったレムは羽ばたきながら船を足の爪で掴んでいて、海に向かって炎を吐いている。
アフターバーナーかよ!
「どどどど、ドラゴンんんん―――!!!」
バッグス商会の子分が度肝を抜かれているが。
「おい、操舵手はちゃんと前を見て運転してろ! このドラゴンは人を襲わないから、心配は要らない。それより、このスピードで船は平気なのか?」
俺は心配な点を問いただす。
「へい、やたら速いですが、この船の竜骨は衝突戦闘もできるように太くて丈夫なのを使ってあるんでさぁ。このきしみ具合なら、まだまだ大丈夫でさぁ」
「よし。レム、もうちょっとスピードを出しても良いぞ」
「分かった! GOoOOOO―――」
まるでモーターボートの勢いで海を突っ切る船は爽快だ。
レムのアフターバーナーにより、俺達は翌日の昼にはフィヨード王国へ到着した。
さすがにレムはへばっていたが、よくやってくれた。
「ここが、フィヨード王国ね。うーん、なんだか寂れた漁村って感じだけど」
リリーシュが言う通り、砂浜には二艘の手こぎボートがあるほかは、干し魚が吊してあるだけで、特に何も無い砂浜だ。
人の姿も見えない。
「裏側の港町へ行けば、もうちょっと活気がありますぜ。ただ、連中に見つかると通行税を取られちまうんで」
「それもそうね」
船の碇を降ろし、俺達は密かに上陸を果たした。
「陸に上がっちまえばもう見つかっても平気でさぁ。連中が徴収するのは海の上だけなんで」
「ええ。じゃ、船長が入れられている牢へ案内して」
「こっちでさぁ」
砂浜を過ぎると短い草の生えた丘になり、その向こうに石造りの城が見えた。ラドニール城よりはかなり小さいが、それでも造りはちゃんとした城だ。
「なるほど、確かに王国だな」
「ええ。これなら話し合いで上手く行くかも」
リリーシュが期待するが、そこはなんとも言えないので、俺は何も答えずに付いていく。
城の門番兵士は、背の低い髭もじゃの男で、バイキングの兜を被っていた。
「城に何の用だ」
「私はラドニール王国の騎士よ。この国の王に会いに来たんだけど」
「なに? では、そこで少し待っていろ。聞いてくる」
「ええ、分かったわ」
門番の男が城の中に引っ込んだ。
「今の、ドワーフよね?」
リリーシュが俺に向かって聞いてくるが、俺はこの世界のドワーフを見たことが無いので答えようがない。
ただ、身長は子供程度しかなく、たぶん、そうなのだろう。
「ドワーフだ」
エマが代わりに答えた。
「この国はほとんどがドワーフ族ですぜ」
子分も言う。
「ドワーフが海賊なんてやってるの? 彼らは強盗なんてあまりやらないと思ってたんだけど」
「さあ? 海の掟だそうで、あっしにはその辺はよく分かりません」
「よし、女王がお前達にお会いになるそうだ。オレに付いてこい」
戻ってきたドワーフ・バイキングが言う。
「じゃ、あっしはここで。船の番をしてますんで」
バッグス船長の子分はこの場でそそくさと去って行く。
お前の親分を助けに来たって言うのに、なんだか丸投げ感が凄いな……。
まあ、誰か一人は船にいないと困るか。仕方ないので俺達だけで城に入ることにする。
正直、俺もあんまりこの城には入りたくない。海賊の巣窟だぜ?
城の中の衛兵も皆同じような兜を被っており、全員ドワーフだった。
「おい見ろ、人間族だ」
「ここは一丁、脅しておかないとな」
「おお、そうだな」
「いや、待て、子供もいるぞ」
「おお、本当だ」
「では、泣かせては事だし、やめておくか」
「それがいい」
「いかん、斧を仕舞え、笑顔だ笑顔」
「おっと、いけねえ。オレとしたことが、子供を怖がらせちまう」
なんだろう……?
見た目は荒くれ者なんだけど、中身は優しい人たち、かな?
いや、不良がちょっといい一面を見せたら良い人に見えちゃうギャップ萌えパターンもあるから、気を引き締めて掛からないと。
なにせ相手は海賊だ。
殺風景な玉座の間に入った。掃除はきちんとやっているようだが、装飾品が極端に少ない。
しかし燭台は精巧な形で、そこはやはりドワーフ、細工物の技術は高いと見た。
玉座には髭面のドワーフが座っており、それを見た俺は力が抜けた。
床に両手を突く。
「そんな、この世界の女ドワーフはヒゲだと……! あり得ぬ!」
「ちょっと、ユーヤ、失礼でしょ」
「勘違いするな。オレは姫様の代理だ。うちの女共はヒゲは無いぞ」
「おお」
世界に希望が出て来た。
リリーシュが隣でジト目になっているが、気にしなーい。
「では、さっそく、交渉と行きましょうか。こちらのカードは秋の収穫の食べ物です」
俺は自信満々で一枚目のカードを切った。