第十話 身代金
さすがに俺もカチンと来たね。
こっちは三百万ゴールドの大金をふいにして、約束の品ももらえなかったというのに、さらにこの上、身代金の面倒を見ろだって?
冗談じゃ無い。
「お前、それは無理筋ってもんだぜ。この取引を依頼したのは確かに俺だが、バッグス商会は危険を承知で東へ向かったんだろう。現に、ミツリン商会はちゃんと北や西で種を手に入れて無事に持ち帰っているぞ? 失敗はバッグス商会の責任だ」
手数料や輸送料も諸々込みでの約束だ。
当然、俺は道中の危険手当も込みのつもりで言ったし、なにせモンスターが当たり前に徘徊しているこの世界だ。
行商が危険度の高い職業だというのはこちらの世界の人間なら、誰でも知っていることだろう。
「ええ、お怒りはごもっともで。ですが、うちの商会は親分のワンマン商会で、親分がいないとどうにもならねえんで。もちろん、親分の命が助かれば、報酬は必ずお渡しします。あっしを人質に取ってもらっても構いやせん」
「そう言われてもなあ。ローク、ラドニール王国に海軍なんて無いよな?」
「はい、船は一隻も持っていません。海に接していない国ですから」
逆に海賊王国は海に囲まれた島国だそうだから、そこに兵を送るにしてもヴェネトかミストラ王国の船が必要だ。
ミストラ王国は戦争したばかりの相手だから協力してくれるはずがない。
竜人族に空を渡ってもらうのも難しいだろう。
彼らも長距離飛行は苦手と言うし、結んだ防衛条約は敵から侵略されないとどちらも出動しない約束だからだ。
何でも無い時に空軍を領土内へ動かされると逆におっかないもんな。
「兵は要りませんぜ。フィヨードの奴らも腕が立つし、海上じゃ敵無しと言って良いでしょう。戦をして欲しいわけじゃねえんで」
「つまり、金か」
「ええ、まあ、そう言うことです」
これでバッグスと海賊が裏で手を結んでの狂言だったり、バッグスの一人芝居だったとしたら馬鹿馬鹿しいな。
「却下だ。だいたい、俺はもう金は持ってないぞ」
「いえ、連中もそこまで高い通行料金は要求してねえんです。奴ら種の価値が分かってねえみたいで」
「ふむ、ちなみにいくら?」
そう聞くと、子分の顔がパッと明るくなった。
「一万ゴールドでさぁ」
日本円でおよそ百万円(俺調べ)
「待て。それなら、お前ら子分だけで何とか払える額なんじゃないのか?」
「それが、あっしは有り金を叩いて通行料金を払ったばかりで、貯金もしてなくて。六千なら何とか払えるんですがね。他の連中はてめえの金が惜しくなって船長と同じく人質を決め込んでる始末で」
「船長は金を持ってないのか」
「商売用に十万は持ち歩いてるはずですぜ。ただ、『盗人にくれてやる金は一ゴールドもねえ!』と」
だんだん話が見えてきた。
捕まった船長が意地を張って、監禁が長引いているようだ。
「アホらし。海賊もさっさと皆殺しで金を奪っちゃえばいいだろうに」
「ええ?」
「ユーヤ様……」
うっ、二人の視線がちょっと痛い。
「分かった分かった。この件は上に報告しておく。それでいいな」
外交ルートでフィヨード王国に解放を呼びかければ、それで事が解決するかもしれない。
もちろん、王女殿下に動いてもらうからには、必ず船長に後で相応の礼を金で納めてもらうけど!
「へい、何とか、お願いいたしやす」
ひとまず子分を家に帰し、俺とロークはアンジェリカの執務室へと足を運んだ。
なんだろう? 足取りが重い。
そりゃそうだ、いまいち納得がいかない話だものな。
ノックをすると、やはりアンジェリカは執務室にいた。王女様、仕事しすぎじゃね?
「失礼します」
「ああ、ユーヤ様。次は何をお見せしましょうか。すべて見せて構わないと陛下も仰せでしたので、なんなりと」
「すべてを……じゃあ、君のパン……ゲホッ!オホン! 危ない、今、誘惑に負けてすべてを失うところだった……!」
王女に向かって下着を見せろとか、処刑とまでいかなくても追放間違い無いわ。
危なかった!
「んん? パンですか?」
「何でも無いです。実は――」
アンジェリカにバッグス船長の事情を話す。
「分かりました。フィヨード国王宛の手紙を一通したためておきます。ただ、彼らがこちらの要求を飲むとは思えませんね……」
「そうですか。ま、そりゃそうだよなあ。相手はテロリストみたいなもんだろうし」
「いえ、彼らは海賊を気取っていますが、必要な物はお金を払って購入しますし、遭難者を助けたり、子供水泳教室を無料で開いたり、犯罪者とは違う気がします」
「いや、でも、誘拐して身代金を……」
「身代金ではありません。通行税です。我が国でも関税を払わない者は牢獄行きですから」
「んんん? ああ、ラドニール王国以外は、承認してる国家なのか……」
「ええ。まあ、他の国々も、一律に襲われるので、特に外交関係がある国はいないようですが」
「怪我人が出たら外交問題になるんじゃないのか?」
「ええ、怪我人が出れば当然です。ただ、彼らもプロフェッショナルの海賊なので、怪我人も出ません。抵抗した場合は別ですけど」
なんだか混乱しそうだが、『海賊』や『テロリスト』というイメージはいったん忘れた方が良いのだろう。
すると、残るイメージは……
島国で、領海に入った船から通行税を徴収する国と。
「あれ? やっぱり船長が全面的に悪いな?」
「ええ。ですが、話が確かなら彼は種を持っているはずです。ここは私たちが動いて船長を取り戻すべきでしょう」
ま、子分も珍しい種を手に入れたと言っていたものな。
文官の俺としては上司の内政長官であるアンジェリカが方針を固めたなら、気が進まなくても従うべきだろう。
アンジェリカと実行部隊を誰にするか話し合った俺は、自室でエマに説明した。
「――というわけで、エマ、別にこれは引き受けてくれなくてもいい話で――」
「分かった。私は船長を助けてくれば良いのだな?」
「そうだけど、どう考えても危険な任務だぞ?」
「望むところだ。それでこそ、頂いた種子の恩義を返せるというものだ」
「うーん、恩義に感じてくれるのはありがたいけど、それで君が死んだり怪我をするのは俺もねえ……」
「いや、ユーヤが頼むからではない。海賊などと、他人から物を盗むのが当たり前だと思っている輩があなたの邪魔をしたのだ。どちらにしても天罰が必要だろう」
「あー、月に代わってお仕置きしたいのね。竜人族も厄介だなあ」
「どういう意味だ」
「いや、『自分の正義は正しい』理論で拳を振り下ろしてくる者は、価値観の違う相手からすると、いつ襲いかかられるか分からないから厄介だって事」
「ユーヤは、海賊が正しいと言うのか?」
「そうじゃないけど、フィヨード王国ね。海賊と呼ぶのは止めよう」
「むむ。開戦はさすがに頭領の許可がいるぞ」
「開戦はやらない。基本的に交渉、それでダメなら隠密作戦ってところ。今から交渉の方向を教えるから」
――二時間後。
「ええい、面倒だ! それならユーヤ、お前が一緒に来れば良いだろう!」
想定問答をやっているとエマが突然キレた。
「いや、これは恩返しで、俺を危険にさらすのは君も望んでいることじゃないだろう」
「だが、面倒だ。あまり私を怒らせない方が良い」
エー。
「それに、いざとなればお前を連れて飛んで逃げれば良い。お前の命は必ず守る」
「まあ、その手もあるか。レム、お前も行くか?」
レムは今、あぐらを組んだ俺の腹に背中を預けたままリバーシをやっている。
リバーシは本当に素晴らしいな、相手と向かい合っていなくてもできるんだぜ?
もちろん、あくまでレムが俺の側に寄ってきただけで、こうしろと言ったわけじゃあない。不可抗力だ。
「行く!」
「よしっ!」
いざとなれば、レムもドラゴンに変身して逃げれば良い。危険なところへ幼女を連れて行くなど普通なら絶対にやってはいけないことだ。
でも、彼女はドラゴンの幼女だもの。
いざとなったときにレムが竜に変身して逃げるのは仕方ないことなんだ。服が破れるのも仕方ない。
そして逃げ終わった後で彼女はまた人間の姿に戻る。いや、戻らなくてはいけない!
ドラゴンの姿で街に入ったら大騒ぎだし。
そして、オホン、保護者である俺がレムのあられも無い幼女姿を斜め下のアングルから目撃してしまうのはやはり不可抗力なのだ!
「おお……なんという完璧な計画。フヒッ」
「なーにが完璧な計画なのかしら?」
「うおっ、リリーシュ! の、ノックくらいしろよ」
「したわよ。レム、そこから離れなさい。リバーシなら向かい合ってできるでしょ」
「はぁーい……」
「リリーシュ、レムは今、寂しいんだ。そう厳しくしなくたっていいだろう」
親ドラゴンを失ってひとりぼっちのレムが人間に慣れ親しむのは決して、悪いことでは無いはずだ。
「ええ、そうね。こっちにいらっしゃいレム」
「うん!」
リリーシュに抱きついたレムの頭を優しく撫でるリリーシュ。レムも撫でられて嬉しそうにはにかむ。
「えへへ……」
「これで文句ないわね」
「あ、ああ……」
「船長の話は姉様から聞いたわ。フィヨード王国へは私も連れてって」
「なっ! いやいや、待ってくれ、リリーシュ。王女はさすがにまずいだろう」
「平気よ。身分は黙っていれば良いし、私の剣の腕はもう知ってるでしょう? いざという時にも役立つわよ?」
「いやいやいや、君はいざという時にレムのそばにいてもらっちゃ困るから」
「は? 何であなたのそばじゃなくて、レムのそばなのよ。この子ならドラゴンに変身して――ああ、レム、変身するときはユーヤの目を焼くか、目に付かないところでやってね」
くそう、気づかれた。さらば変身シーン……。
「お、おう、ユーヤの目に付かないところで変身する」
「うん、良い子ね」
かくしてバッグス船長救出作戦が実行された。