第二話 ドラゴン、襲来
姫様、か。
図書室に入ってきたのは……腰まである長い金髪の少女で、歳は俺と同じ高校生くらいだろうか。
青い軍服を着て凜々しく見えるが、しかし小さな唇があどけなさを残していて可愛らしい。
透き通った瞳は水色で、思わず見とれてしまうほど綺麗だ。
「我が名はリリーシュ=メリグ=マケドーシュ。この国の第二王女です」
「ど、どうも、勇者のユーヤ=スドーです」
「ええ、あなたの名はもうお父様から聞いたわ。さっそくだけど、私と腕試しをして頂けるかしら、勇者殿」
軍服のお姫様がそう言うなり腰の鞘から剣を抜いた。
「え? いやいや、僕は生まれて一度も剣を握ったことは無いので」
ノーセンキューのポーズ。
「でも、初代の『伝説の勇者』は武勇に優れ、魔王を倒したと言われているわ。あなたも勇者でしょう。なら何か、特別な才能があるはず」
この子はまだ俺の『スキル無し』のことを国王から聞いていない様子だ。しかし、俺が提案し国王が王命で秘密と決定したことだ。いくら相手が王女様であろうと勝手には言えないな。
俺が「たぶん大丈夫だろう」と思って話す相手も、また大丈夫だと思って誰かに話す。
そうして内緒話が連鎖していけば、ここの国民もすぐさま希望が裏切られた事を知ってしまうことになる。だが、今はダメだ。
手立てを見つけるまでは。
国王も娘に対して秘密にしているのに、俺が軽々しく話すわけにはいかない。
「やはりお断りさせて頂きます。僕の力は、剣では無いので」
「では、魔法?」
「いいえ」
「では、何かしら?」
「それは……」
結構しつこく聞いてくるので困ったなと思っていると、城の外が騒がしくなった。
怒鳴り声があちこちから聞こえてくる。
「! これは何かあったわね!」
彼女は機敏に走って部屋を飛び出していく。
「あれが、この国の王女なの?」
俺はお付きのロークに聞いた。
「ええ、姫様は士官学校を主席で卒業され、剣の才能も国で一二を争う腕前で『剣姫』と呼ばれるようになった御方です。やあ、僕も凄いと思いますよ」
「やっぱり」
この国でも規格外のお姫様らしい。高貴なる義務で士官学校に入るまではいいとしても、お飾りのお姫様なら、いきなり剣を抜いて腕試しなんてするわけ無いし。しかも護衛も無しって。
その時、GHOOOOO――と地鳴りのような音が空から響いてきたので、さすがに俺も気になった。
「なんだ?」
「アレはまさか!」
ロークが何も答えずに顔色を変えて外に出て行く。
「お、おい、ローク、こんな時に俺を一人にしないでくれ! 待って待って!」
俺も慌てて追いかける。
先に城のバルコニーに出たロークは、それを見るなり、のけぞって驚いた。
「レッドドラゴン! しかも大きい。上位種が、なぜこんなところまで!」
見上げると、真っ赤なドラゴンが羽ばたき、城の近くでホバリングしていた。
羽を広げると二十メートルは優にあるだろう。デカい。
下で兵士達が陣形を組んでいるが、転んでいる者もいて相当な慌てようだ。
「怯むな! 城を守るのが我らの務めぞッ!」
あのお姫様が先頭に立って剣を抜いて先頭で身構えているが、いや本当に凄い人だな。
君は、守られる側の人でしょ。
ひょっとしてドラゴンも倒せちゃう?
「いけない! 姫様を止めないと。クロフォード先生の話では、上位竜は魔法の剣が無いと全く歯が立たないそうです! 普通の剣では傷すら付けられない、と」
ロークが焦りの声で叫んだ。
つまり、王女でも魔法の剣は所持していないのだろう。それって、この国には一本も無いと言うことだろうな。
これ、かなりマズい状況だ。
「娘、ひょっとしてお前が勇者か」
いきなりドラゴンが喋った。ほほう、この世界の上位ドラゴンは言葉が話せるのか。
「いいえ。私はこの国の王女よ!」
「王女? 人間の王女はひらひらのドレスを着ているものだと思ったが」
「そんな人もいるけど、私は剣を持つ軍人でもあるわ!」
「なるほど、武人であったか。気に入ったぞ! だが先に、勇者がこの国で呼び出されたはずだ。そいつをここに連れてこい!」
おいおいおい。
ロークがこちらを見るが、俺は全力で首を横に振る。
無理無理、あんなドラゴン、倒せるわけが無い。やめて。
「そうですよね、ちょっとアレは、勇者様にも無理だと思います……。初代の勇者も初めは弱く、強い敵と戦う前に各地で旅して魔法の武具を手に入れたり、強い仲間を加えたりしていたそうですから」
ロークが肩をすくめて頷く。才能があっても鍛えなきゃダメだよな。
ましてや、才能が無い俺は……
「その勇者を呼び出して、どうするつもりか言いなさい!」
バルコニーの下では姫がドラゴンと話を続けていた。格上の強敵相手に命令形で怒鳴るとか、色々と無双すぎです。脳筋? 脳筋なの?
「なに、手合わせをと思ってな。千年前の勇者は魔王すら倒したそうではないか。そうと聞いてじっとしている訳にはいかぬ!」
ドラゴンは怒らずに答えた。
「ああ……。実は私もさっき申し込んだけれど、断られてしまったわ。彼、剣は持ったことも無くて、文官の才能らしいわよ?」
「なに? いや、とにかく会わせろ。隠し立てするとこの城をオレ様のブレスで燃やし尽くしてやるぞ!」
「ちょっと! この私が嘘をついてるとでも言いたいの?」
「人間は嘘をつく生き物だ」
「私は違うわ」
「ふん、信用できぬ」
「くっ。分からず屋め。勇者はあそこよ!」
わぁ、一瞬で売られた!
それは無いよ、姫様!
恐ろしいドラゴンはこちらに頭を向けると、わっさわっさと羽ばたいてこっちに来た。
「お前か」
「い、いえ……」
ロークがブルブル震えながら首を横に振る。
「では、お前か」
俺も首を横に振りたくなったが、ここで嘘をつくと誰かが丸焦げになりかねない。
それはできないな。
「……そうだけど、戦えない、無理だから」
「うぬう、見るからにひ弱そうで、それっぽいオーラも無いな。とんだ肩すかしではないか」
「そういうことなので、お引き取りを」
「つまらん! つまらん!」
ドラゴンは地上に降りたが、まだ帰るつもりがなさそうだ。
シッポをバシバシ振って、駄々っ子かよ。
あ、その可能性はあるな。
「ローク、ドラゴンの寿命ってどれくらいだ?」
俺は聞く。
「さあ……かなりの長寿とは聞きますが、具体的な年数までは。上位竜なら三百年以上、いえ千年は軽く生きると思いますが」
「ふむ。となれば、勝機はあるかな」
「えっ?」
「竜よ!」
俺は呼びかけた。
「なんだ、ハズレ勇者よ」
「ハズレって言うな。その勝負、受けてやるっ!」
俺はここまでに手に入れていたいくつかの情報によって勝利を確信していた。
コイツは勇者に興味津々のくせに、過去に召喚された勇者三人とやり合ったことが無い。
それはつまり、コイツが生まれたばかりの若造で、人間界も良く知らないって証拠だ。
俺の見立てでは、その無知こそが、奴の致命的な弱点だ。
しかも、会話が可能なドラゴン。さらに威勢の良い武人が好きと来た。
「無茶です!」
「あなた、剣が使えなかったんじゃないの? しかも、そんな装備で!」
「お、お下がり下さい、勇者殿。あなたはまだ――」
周りの人たちが口々に言ってくるが、大丈夫だ。
「おお、GHOoOOOOO――――!」
うわ、吠えた、やっぱり恐っ。
「だが、条件が三つある!」
震えながらも俺はすかさず言う。
「なに? 言ってみろ」
「一つ! 勝負が終わったら、勝ち負けにかかわらず巣に帰ること!」
「うむ」
「二つ! 敗者は勝者に、自分が持っている中で一番の宝を渡すこと!」
「ぬう……よかろう。負けはせぬ」
俺の宝と呼べそうな大事なものは今穿いている下着かな。服しか持ってないし。だから負けたら脱ぎたてほっかほかの男子高校生のパンツをお前にプレゼントしてやんよ!
「三つ! 勝負は力勝負では無く、子供向けの遊具、知的ゲームとする!」
「断る! 我は強きものとやり合いに来たのだぞ!」
竜が怒りにまかせてまた咆哮した。炎も混じって、おっかない。だが、怯んでばかりもいられない。
「ここにそんな強者はいない! 力の強者を求めるなら、よその国で探してくれ」
「面倒だ。この国で一番強い者を出せ!」
「断る! 勇者との知恵比べの勝負をこそこそと逃げて、タダの弱い人間をいたぶろうとする邪竜に敬意は払えない」
「なんだと! いつこのオレ様がこそこそ勝負を逃げた!」
「じゃあ、俺が申し込んだ勝負、受けるんだな?」
「いいだろう。だが、その後はこっちの力勝負を――」
「ダメだ。百年経った後なら受けてやるが、こっちも勇者だから忙しい。すぐの再戦はやらないぞ」
「うぬう、百年は長いぞ。せめて十年に負けろ」
「なんだ、初めから負ける前提なのか。ドラゴンのくせに肝っ玉、小せえなぁ、うわ、ちっさ!」
「そうではない! ええい、よかろう! 知恵比べでも何でもしてやる!」
勝った!
「よし、決まりだ。ローク、一般的で分かりやすいこの国の遊戯を挙げてくれ」
「ドラゴンにも分かるとなると、リバーシでしょうか。白と黒の碁石で陣取りをやるゲームです」
そこは人間だけに分かるゲームでも良かったのだがまあいい。
お遊びに持ち込んだ時点で俺の勝ちだ。
負けても失うのはパンツだけ!