第八話 勇者、医者の弟子になる
「ユーヤ、私、可愛いわよね?」
リリーシュが城の食堂に入ってくると、少し落ち込んだ顔で聞いてくる。
「ぬっ!? お、おう、それは可愛いが、いったいどうした」
「それが、聞いてよ。今日も化け物みたいにデカい大女って言われてさあ」
「ああ、噂か。まあ、戦で派手に活躍したからね。『鬼のように強い』 → 『オーガみたいな大女』 って連想するのは仕方ないと言えば仕方ないというか……」
そこは乙女である。大女は許容できても、化け物みたいになんて言われたらそりゃへこむわな。
「訂正するのも面倒になってきたんだけど、どうしたら良いと思う?」
「じゃ、もっと活躍して『可愛いけど強いお姫様!』という情報を広めたらいいかもな」
「ああ、なるほど、そうね、うん、それがいいわね!」
前向きでよろしい。
「ほら、お前らも、姫君を褒めて褒めて」
「うむ、王女殿下は見た目はちゃんと可愛いらしいぞ」
「ありがとー、エマ! 見た目はってところが少し引っかかるけど」
「リリーシュは口うるさいけど、エサをくれるから良い奴だ!」
「んー、ありがとう、レム、でも……ごはんや食べ物って言おうね、人間の時は」
「おう、飯だな!」
「ご、は、ん」
「むう、ごはん。どっちも同じだろ」
「そうだけど、今は女の子ですからね、あなたは」
「はーい……」
「あら、リリーシュ、今、戻ったの?」
アンジェリカも食堂にやってきた。
「ええ、姉様。さっき戻ったばかりよ。姉様も、今、仕事が終わったの? お昼くらいはみんなとゆっくり食べればいいのに」
「そのつもりだったけど、切りの良いところでって思ってたら時間が過ぎちゃって。でも、ちょうど一緒に食べられそうで良かったわ。さ、頂きましょう」
「ええ」
これで国王もそろえば一家団欒と言えるのだろうが、残念ながら貴族との会食だそうで、陛下もお忙しいな。
「豊穣の女神フレイアよ、大地の恵みを与えたもうたことに感謝を」
王女二人が手を合わせ目を閉じ、静かに祈りを捧げる。
「さっ、食べるわよー。今日はキノコスープに、パンに――えっ! ステーキがある!? しかも、この香り、味は……んぐ……牛だと!?」
リリーシュがやたら驚くが、うん、今日はしっかり心ゆくまで牛肉食べて。
「ふふ、黒松露が取引できたおかげで、ヴェネトやオルバからお肉や家畜も買えたのよ」
アンジェリカがニッコリ笑う。
「でも、家畜ってすぐ潰したらまずいんじゃ……」
「ああ、大丈夫、買い付けた家畜は潰してないから」
「そ、ならいいけど、でも、ステーキかぁ。実はね、今日、国境で医者が入国してきたの」
流れの医者だそうだが、道具も不思議なのをたくさん持っていたという。
「それは雇いたいな」
俺は言う。この国には司祭は結構いるみたいだが、医者はいないようだし。
「雇いたいですね」
アンジェリカも言う。
「でも、お金がね……」
リリーシュが肩をすくめる。
「給金を黒松露にしてお願いしてみてはどうでしょうか」
ロークが提案するが、あれだけもらっても食べきれないし、金でもらった方が使いやすいだろうからな。
ただ、無類のグルメ好きなら引っかかるかも。
「その手があったかぁ。でも、しばらくこの国に滞在するという話だったし、特別滞在許可証を渡しておいたから、探せばすぐ見つかると思うわ」
リリーシュが言う。
「よし、ちょっとお邪魔して道具を見せてもらおうかな。あ、そうだ、アンジェリカ、医者になりたい奴を集めて、弟子にしてもらおう」
俺は言う。弟子なら安く雇えるだろうから。
「ええ、ユーヤ様、そのように。お医者様のほうも無給で手伝いをしてくれる者がいた方が便利でしょうし。あと、リリー、彼は一人? 独身だった?」
「ええ、一人でやって来てたし、流れでやってるなら奥さんはいないんじゃないかしら」
「フフ、なら綺麗どころのグラマーな弟子も用意しておきましょう」
アンジェリカがニヤリと含み笑いをする。
「なるほど」
「さーて、ごちそうさまでした! レムはエマとお留守番しててくれな」
俺は手早く昼食を済ませて言う。
「わかったー」
「承知」
「じゃ、ローク、さっそくその医者の所へ行ってみよう」
「はい、ユーヤ様」
馬車で国境近くの街に向かったが、その医者はすぐに見つかった。
彼は病人を集めて診察を始めていたからだ。
「クラウス先生」
「ああ、うん、何かね? 急患でないなら、その列に並んで待っててくれ」
「いえ、王女殿下に話を聞き、お手伝いにやって参りました。文官のユーヤです」
「その小姓のロークです」
「そのお付きのラテスです!」
「独身のエイアよ、うふん」
「おお、それはありがたい。では、さっそく、頼む」
指示された薬草を煎じたり、材料を探したり、傷の手当てや包帯の巻き方を教わった。
「じゃ、お大事に」
「ありがとうございました、先生」
手当てしてもらった人が何度も頭を下げて帰っていく。
「さて、これで今日はお終いだ」
「お疲れ様でした、先生、お茶をどうぞ、うふん」
「ああ、エイア、ありがとう。私だけがもらっても悪いから、手伝ってくれたユーヤ君達にも用意してくれるとありがたいが」
「まあ、先生ったら、お優しい御方。ええ、もちろん、ご用意いたしますわ」
「うん、ありがとう」
「「「 お気遣い、ありがとうございます、先生! 」」」
「いやいや。ところで、ユーヤ君、君は文官ということだが、城ではどういった仕事を?」
「はい、そうですね、特に決まった仕事があるわけではないのですが……まあ、雑用係といったところでしょうか」
「雑用? 小姓持ちの高官が?」
「ええ、そこは厚遇してもらっていますが、書類仕事を手伝ったり、森の巡回に出たり、幼女の教育なんてこともしてたりしますからね。色々です」
アンジェリカの書類仕事を手伝ったり、リリーシュにくっついて巡回したり、レムの遊び相手兼教育係も引き受けていたり。
その日その日に思いついた事を好きにやらせてもらっている。
「ですがユーヤ様は内政長官を務める王女殿下に献策もなさったりと、多才な御方です」
ロークが褒めてくれるが、クラウス先生に対して、「あなたには王女付きの文官を手伝いに回してるんですのよ」ってアピールなのかな。
「おお、重臣であられたか。ちなみに、ラドニール王国には錬金術師はおられるのかな?」
「錬金術師ですか? それなら……クロフォード先生は錬金術も嗜んでおられるんじゃないのか?」
ロークに聞いてみる。
「ええ、そう名乗られたことは無いですが、一流の魔導師ですからね。ガラスのビーカーなどを用いて、色々、実験なさっています。肥料や、食品を長持ちさせるお香なども開発されましたから」
「おお」
科学者も欲しいと思っていたが、身近なところにいたな。
「だとすると、この国では錬金術は禁止ではないわけだ。それとも、よそ者はだめで、許可制かな?」
その辺は俺も知らないのでロークを見たが、彼も分からないようで首をひねった。それにしても、クラウス先生は何でそんなことを聞くのだろうか。
「私も知らないのでアンジェリカ様に聞いてみないと、今すぐお答えはできませんが……なぜ錬金術のことを?」
「実は、私は錬金術もやっていてね。神殿に通って司祭に祈祷も教わったが、患者の治療のために色々と手広くやってるわけなんだ」
ようやく合点が行ったが、クラウス先生はこの国で許可が下りるかどうかを気にしたようだ。
地球史における錬金術は化学の研究でもあったが、一方でオカルトの面も有り、キリスト教が行った魔女狩りの対象になったこともある。
それを心配したのだろう。
患者のために錬金術や神殿通いとは、実に熱心なお医者さんだな。
「ああ、なるほど。それでしたら、まず間違い無く許可が下りると思います。ローク、確認を取ってきてもらえるかな」
「はい、すぐに」
ロークがそう言い残して馬にひらりと飛び乗ると、城へと向かった。