第七話 ラドニール王国の大女
時々、投稿を忘れます……(;´Д`)
(視点がまだ医師クラウスです)
「さて、この国の患者もだいたい治療が終わったな。後は神殿に任せるか」
回復魔法で病気を治すのは難しいのだが、軽い病気や進行が遅い病気なら、彼らでも対応が可能だ。
他の国にも手遅れになりそうな患者がいるので、次の国へ向かわねばならない。
特に『政策』で処刑されてしまった患者は、もうクラウスの手では救えない。
失われてしまった命は、どんな治療法を用いようとも取り返しが付かないのだ。
他の国も同じようなことをやり始める前に動かねばならなかった。
「クラウスよ」
「おお、これはこの前の」
名前は聞いていなかったが、リーディス病を患った貴族だった。今は鼻が赤くなく、自分の足で歩けるようだ。
「アイスマーだ」
「お元気そうで何よりです、閣下」
「うむ、お前のおかげだ。私の他にも大勢の重病人を救ったそうだな。その腕を見込んで、この国の侍医に推薦したいのだが」
他の国でもお抱え医師にならないかと誘われることは多い。だが、クラウスの答えは決まっていた。
「お気持ちは光栄ですが、私は一人でも多くの患者を治療したいのです。一カ所には留まれません」
「そうか。だが、陛下からの褒美は受け取って行け」
「はあ、分かりました」
有無を言わせない感じで少々強引だが、路銀や薬代はクラウスも必要なのでありがたく頂戴することにする。
ミストラ王城へ入ったが、やたら物々しい警備で、衛兵があちこちに配置されている。
「お待ち下さい、大臣。その者のボディーチェックを」
「またか! さっきもやったし、彼は私の客人だぞ?」
「陛下より、何人であろうとチェックしろとのご命令です」
「仕方ないな」
とっくに手術用のナイフは取り上げられ、ポーションを入れた背負い袋もダメだと言われたので預けてある。
ポーションが持ち込み禁止と言われたのはこの国が初めてだが、どうやら毒と疑ったらしい。
「何か、暗殺の情報でもあるのですか?」
「無い。だが、陛下は心配しておられてな」
「そうですか」
「では、ここが陛下の執務室だ。お前は何も喋らなくていい」
「は」
大臣がノックして中に入る。
「陛下、アイスマーでございます。街で多くの病人を治した医者を連れて参りました」
「医者だと? ふむ」
まだ若い王がこちらを見た。
「クラウスは神殿の司祭も諦めた重病人も治しております。これほどの名医、召し抱えられてはいかがかと」
やれやれ、どうやら大臣に嵌められてしまったようだ。
「不要だ。余は健康だからな」
「しかし、いつ病になるか分かりませぬぞ」
「ふん、そうなってから心配すれば良い。アイスマー、貴様、余に毒を盛ろうというつもりではあるまいな?」
「ご冗談を。では、せめて褒美だけこの者にお与え頂きたく」
「よかろう。持って行け」
コインの入った袋を投げて寄越された。
「ありがたき幸せ」
「下がれ」
「「 はっ 」」
背負い袋を返してもらい、城を出た。
そのまま宿に戻り、国王からもらった金を別の袋に移そうとしたが、出て来たのは銅貨ばかりだった。
「なんと! 銀貨詰めという国もあったが、銅貨などと。あれだけ大きな城のくせに、見栄だけでケチくさい国だな」
こんな国はごめんだとばかりにクラウスは次の国へと急いだ。
交易都市ヴェネトで病人を診つつ、周辺国の話を聞いたが、南西のラドニール王国は防衛戦で勝利し、南の獣人国を属国にしたという。
人間族はその多くが奴隷になっている事が多いので、人間族のクラウスとしてはやはり人間の王が勝利すると嬉しいものだ。
「先生、あそこは『剣姫』と呼ばれる姫様がいて、そりゃもう国で一番の剣の使い手だそうですよ。鬼みたいに強いそうで」
「ほう、なにかスキルをお持ちなのかな」
「私は知りませんが、きっとそうでしょう。戦場では先頭を切って敵に突っ込んだそうで、猛将顔負けですよ。ドラゴンも追い払った大女とか」
クラウスは筋肉質のゴツい巨人女を頭に思い浮かべたが、思わず吹き出して笑ってしまった。
「いやいや、ホントの話ですよ? 先生」
「や、すまない、嘘だと思ったわけじゃないんだ。じゃ、この薬を夕食後に飲んでね」
「ありがとうございます」
「それと、もう少し栄養の付くものを食べた方が良い」
「はあ、そうしたいところですがねえ」
大陸の南東地方では三年も大飢饉が続き、栄養状態が悪い者が多かった。だからこそ、クラウスは南東へやってきたのだが。
「これも持って行きなさい」
銀貨を渡す。
「いや、先生、治療代は?」
「それはツケでいいさ。また余裕のあるときに払ってくれ」
「ありがとうございます、ありがとうございます、うう」
泣いて拝まれてしまったが、病人が金に困って治療代も払えずに病気を悪化させる悪循環は見ていてもどかしい。
それに、しっかり食べて栄養を取らねば、病気になりやすいのだ。
「これは飢饉をなんとかした方が早いかもなあ」
クラウスはそう思ったが、名医の彼も、良い手立ては思い浮かばなかった。
雨がぽつぽつと降り始めているが、大陸の南東では雨期もあり、麦が元々育ちにくいのだ。
その上、天候不良となれば彼にもどうしようもない。
「さて、やれることはやった。この国ももういいな」
次の国へ出発だ。
「ほう、人通りが多いな」
ラドニール王国領。
その国境の関所で行列ができていたが、人が集まる国というのはたいてい良い国だ。
各地を旅してきた経験上、クラウスはそれを良く知っている。
並んでいる種族も様々だ。人間族、犬耳族、猫耳族、ウサ耳族、ドワーフ、それにあれは……竜人族か? 竜人族はクラウスも初めて見た。コウモリ型の羽にトカゲのようなシッポで額の上には短い一本角もある。書物の記述と同じだ。
「はい、次の人、どうぞー。入国目的は?」
まだ若い女騎士が兵士に混じって受付をやっていた。
「はい、あの、この国で畑を借りられると聞いたので、移住しにやってきたのですが」
猫耳族の男が言う。
「却下。悪いけど、貸してあげられるのはうちの国の人間だけよ」
「そんな」
「でも、南の獣人国でも同じことをやり始めたから、そっちで聞いてみるといいかもね。はいこれ通行許可証。この国を出るまでは必ず持っているように。無くすと兵士に捕まって問答無用で追い出されるわよ」
「わ、分かりました」
「荷物を見せて。着替えと干し肉ね、はいオッケー、次!」
「商売目的の行商人です。荷はすべて麻服です」
次の行商人はそう言うと持っていた木札を見せた。
「ああ、通って良いわ」
「おや、関税は取らないんですか?」
クラウスはちょっと意外だったので思わず聞いた。
「うちの国は入国税は取らないわ。ただし、出るときには出国税を大銅貨一枚ね。文無しなら取らないけど。はい、次、あなた」
「私は医者で、病人の治療目的にやって来ました」
「誰かに手紙で頼まれたの?」
「いいえ、各地を旅して治療して回ってるんです。流れの医者ですよ」
「へえ、珍しいわね。じゃ、荷物を見せてもらうわね」
「ええ。これは手術用のナイフ、これは体の音を聞く聴診筒、これは傷薬、これは毒消し草、これは止血帯、あとこれは――」
「あー、もう良いわ。本当にお医者さんみたいだし。はい、これ、特別滞在許可証。期間は一年間だけど、城に手続きに来てくれたらそのまま延長できるから。手数料は無しよ」
金色の札を渡してもらった。なかなかの好待遇だ。
「ありがとうございます」
「このまま街に行くのでしょう? 馬車を用意して! あと護衛も念のため二人、付けておきましょう」
騎士が兵に命じて馬車と護衛まで用意してくれるようだ。
「はっ!」
「おお、そこまでとは、ありがとうございます」
「高度な人材はどんどん集めないとね! 本当なら高給を出して雇いたいところだけど、うちの国は貧乏なのよね……とほほ」
「まあでも、この国には化け物みたいに強くてデカい姫様がいると聞きましたよ。ええと確か名前は……そうだ剣姫! そんな強い人がいていいじゃないですか」
「だっ、れっ、がっ、化け物みたいにデカい姫様ですってぇ?」
女騎士が拳をプルプルさせながら怒った。
「え? おっと、ご本人で? や、これは申し訳ない」
まさか王女が入国管理の受付をやっているとは思いもしなかったので、クラウスも平謝りで苦笑するしかなかった。
周りの兵も笑っているので、処刑と言うことはあるまい。
見るからに和やかな国だ。