第六話 エフェスの花
高級食材ってひょっとしてこの国、ラドニールの領地にもあるんじゃね?
と思ったので急遽『ユーヤ探検隊ブルーウィーク・スペシャル』を結成、森に入った。
「ユーヤ隊長率いる探検隊は深く生い茂る未知のジャングルに足を踏み入れた。ここでは誰も見たこともない凶悪な人食い虎が出没するという……人類の侵入を阻む大自然の奥深くでは何が起きても不思議ではない。弱肉強食、天使の嘲り、透明な宇宙人、あなた疲れてるのよと言われる何か……いずれにせよ一瞬の油断が命を奪うのだ。果たしてユーヤ達は無事に幻の高級食材を発見できるのか? その時、スタッフに衝撃が走る! 走れ、走れ、カメラもっと揺らして」
「カメラ? いえ、ユーヤ様、ここは城の裏の『王家の森』で危険なモンスターは全然出て来ませんよ? 城の兵士もよくここで狩りをしていますから」
「ローク、分かってる。ちょっとしたお遊びだから真面目なツッコミ止めて。雰囲気だから、雰囲気。ロマン」
「はあ、すみません」
「くっ、だが俺にはそれが高級食材かどうか、判断が付かないんだった……!」
森の中を探し始めて、ようやくそこに気づいてしまった俺。
「大丈夫ですよ、ユーヤ様。僕が判断しますので」
「おお、頼りになるなローク。一生、俺に付いてきてくれ」
「えっ! は、はい……その、ふつつか者ですが、よろしくお願いします……」
ロークが何やら顔を真っ赤にして、はにかみ幸せそうな顔をしているが、まあ、深く気にすまい。
あくまで俺達は男同士、君はお付きとして俺に付いてきてくれればそれでいいのだ。
もちろん一生大事にするし、幸せにしてやるとも……!
「いいのか……それは?」
エマが何か気にしているが、今は高級食材が先だ。俺にだって黒松露くらいは区別が付くので、それを探すとしよう。
「ぐへへ、さあ、黒光りするおっきいキノコを見つけてやるぜ! キノコキノコキノコちゃん~」
「なんだかイヤらしいな……」
エマがちょっと引き気味だが、今はとにかく資金を貯めたいからな。こっちも貪欲になるぜ?
「お、見て見てユーヤ! チョウチョがいるー」
「あー、そうだな。まあ、蝶はどうでも良いぞ、レム」
レムも一緒に付いてきたが、こういうときは人間の幼女と変わらないな。
まあ、俺とロークとエマ、それに護衛の兵士達で探せば良いか。
リリーシュも俺達と一緒に行きたそうな顔をしていたが、将軍の仕事もあって忙しいので来られなかった。
「あっ、見て下さい、ユーヤ様」
「なんだ、ローク。あと、今は隊長と呼んでくれ」
「はあ、じゃ、ユーヤ隊長、この花を見て下さい」
「花?」
見ると赤い花が地面に何本も咲いている。チューリップに似ているな。
「これはエフェスの花と言って、そこまで高値ではないですが、とても重要なんです」
「ふうん、なぜだ?」
「はい、それはリーディス病という病に効く特効薬になるからなんです」
「おお、病気を治す薬草だったか」
「ええ。リーディス病というのは、鼻が赤くなって全身がだるくなり、放っておくと気絶して死んでしまうという恐ろしい病気なんです」
「えぇ? ひょっとして他人に感染するのか?」
「いいえ、感染はしません。ただ、親がリーディス病だとその子も罹りやすくなりますね」
「遺伝病か……」
「遺伝……僕にはよく分かりませんが、そうかもしれませんね」
「よし、分かった。大事な薬なら、たくさん採って行こう」
「はい。ラドニールでも結構な人数の人がリーディス病で、三千人くらいはいると思われます」
「そんなにか。ん? この花で治療できるんだよな?」
「ええ、ただし、完治するわけじゃなくて、一時的に症状を消せるだけなんです。だから定期的に煎じて飲まないといけないので、結構大変なんですよ」
「なるほどなあ。確かに、それは大変だ」
「花は探せばこうしてあちこちに咲いてるんですが、集めるのが手間なので、そこそこの値段で取引されるんです」
「そこそこの値段なら、歩けないような人は、厳しくないか?」
「ええ、森に入れないようなお年寄りの病人には、城がお金を出したり、花を届けたりしてるんです」
「そうか……よし、レム! この花を採るのを手伝ってくれ。俺と競争だ! 勝ったら後で団子を買ってやろう」
「分かった! この赤い花だな!」
みんなで集め、背中に担いだカゴに入れていく。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇
(視点が別人に変わります)
「ここがミストラ王国か……」
茶色いローブに中折れハットを被った若い男が、国境の関所を見てそうつぶやいた。
「先生、本当に行く気ですかい? この国はあんまり良い噂を聞きませんぜ? 関税も高いし、オルバの方へ向かった方が」
「いや、それでは遠回りになってしまう。それに、ここにも病気の人はたくさんいるだろうしね」
「分かりました。じゃ、あっしはこのままヴェネトへ向かいますんで」
「ああ、馬車に乗せてくれてありがとう」
「いいえ、じゃ、幸運を! クラウス先生!」
行商人と別れ、クラウスは関所に向かって歩き出す。
普通、関所は行列ができているものだが、ここは行き来が少ないようで門番の兵士以外は誰もいない。
「なんだか気味が悪いな。まあ、何にせよ待たされないのは良いことだ。――すみません! 入国手続きをお願いします」
「ああ。名前と職業は?」
「クラウス、職業は、錬金術師と医者と薬師を掛け持ちでやってます」
「なに? 嘘をつくと牢屋行きだぞ?」
「本当ですよ。例えば、あなた、水虫で悩んでませんか?」
「な、なぜそれを」
「さっき、かゆそうにして足を自分で踏んづけてたでしょう。この塗り薬を差し上げますから朝と夜に塗ってみて下さい」
「おお! これはありがたい。いくらだ?」
「10ゴールドでどうですか」
「安いな。買った!」
「どうも。それと、そのブーツも新しいのに替えて、時々裸足で風通しを良くしておいた方がいいですよ」
「そうしたいのは山々だが、ブーツが買えなくてな…」
「ええ? オーダーメイドならともかく、50ゴールドも出せば買えるのでは?」
「いいや、うちの国はよそよりずっと高くてな。今は500くらいだろう」
「それは高すぎますね。じゃあ、私が予備のブーツを持ってるので、それを50でお譲りしますよ」
「おお。よし、だが、売ったというのは内緒だぞ。本当なら税金を300、納めないといけないんだ」
「それは……売り上げ税ですか」
「いや、買い取り税だ。取引する度に代金の五割を納める仕組みだ。靴はそれに贅沢税が加わって300になる」
「贅沢って、靴は必需品でしょう……」
「決めたのはオレじゃないからな。来月からまた税が上がるそうだが、上はいったい何を――おっと、危ない危ない。お前もこの国で死にたくなかったら、お上の批判はするなよ」
兵士がきょろきょろと周りを見回し、小声で言う。
「わかりました」
クラウスは各地を旅してきたが、これほど馬鹿馬鹿しい税を取る国は初めてだった。
「やれやれ、行商も通らない、馬車も来ないとは、旅人には辛い国だ」
愚痴ったが、クラウスは体力もずば抜けており、決して貧弱な体では無い。
だが、歩かなくて済むならその方が良いに決まっている。
街と村でそれぞれ一泊し、病人の治療に当たったが、意外にも病人は少なかった。
だが、村人達が健康的という訳では決して無く、やせこけて暗い顔ばかりだ。
服も家もボロボロで、活気も無い。
「おかしい。何か、こう……とんでもない予感がするが、ううむ、分からん」
クラウスは言いしれぬ不安を抱えつつも、とにかく次の街へと向かう。
病人は待ってくれるが、病人の病は待ってくれないのだ。
王都にやって来たクラウスは、市場で露天屋に混じってテントを張り、そこで病人を集めて出張診療をやり始めた。
すぐにその噂を聞きつけ、街の人々が悪いところを診てもらいにやってくる。
あっという間に行列ができた。
「じゃ、おばあちゃん、この葉を腰に貼っておいて。楽になるよ」
「ありがたや、ありがたや」
「じゃ、次の人! おや、あなたはどこが悪いんですか?」
健康そうな男だったので、クラウスも首をひねる。
「お前は流れの医者だそうだな」
「ええ、そうです」
「うちのお館様がお茶にお誘いだ。来てくれ」
「いえ、私はそう言うお誘いは……」
「いいから、医者なら来い。病人を集めて治療していると聞いたぞ」
「ええ、そうですが、病人がいるなら、どこにでも行きますよ。平民も貴族も関係ありません」
「黙って馬車に乗れ」
「はいはい」
立派なお屋敷に通されたが、ここの貴族は靴もたくさん買って普通に贅沢をしているようだ。
玄関に立派なブーツが十足、並べられていた。どれも同じイニシャルが刺繍してあるので、同一人物のものらしい。
「何も一人で十足も買わずとも、あの兵士に一足ほど分けてやればいいのに。どうせこの半分も履いたりしないだろう」
「何か言ったか」
「いいえ、何でも」
「こっちだ」
お館様の寝室まで通された。
「お館様、医者を連れて参りました。流れの者ですので、情報が漏れることはありません」
「うむ、その方、くれぐれも、私が病気であることは口外してはならんぞ?」
ベッドから起き上がった貴族は、意外に若く、クラウスと同い年くらいに思われた。
「それは構いませんが……ふむ、リーディス病ですな」
一目見た瞬間に病名が分かった。鼻の頭が赤い。
「くそっ! なぜ私が。親は健康だったのだぞ?」
「発症する原因はよく分かっていないんですよ。ただ、親がそうなら確率が高いというだけで。必ず発病するわけでもありませんからね」
「むう、そうであったか……発病しない者もいたとは……なんと言うことだ」
その男は苦い顔をして後悔した様子だったが、今は治療だ。
「薬を処方します。少々お待ちを」
リュックからすり鉢を出してエフェスの花をすり潰す。少し前に採取した花だったのでしなびていたが、花の芳香はちゃんと出ている。これなら効果は充分だ。
「どうぞ、お飲み下さい」
「うむ。ふう、悪くない味だ。これで治るのか?」
「いいえ、これからひと月に一度、エフェスの花をすり潰したものを飲んで下さい。花はこれです」
「どうにか完治させる方法は無いのか?」
「いえ、残念ながら。私も今、それを研究中なのです」
「そうか」
「ところで、この国でリーディス病の患者を見かけたのはあなたが初めてです。他の国はこの病の患者が山ほどいるのに、これはどうしたことなのでしょう。何か、特別な食べ物か何か習慣があるのですか?」
クラウスは身を乗り出すようにして聞く。是非とも、この国の健康法を知りたいものだ。
「ふっ、食べ物などでは無い。ここでリーディス病の患者がいないのは『政策』によるものよ。私が陛下に提言した『政策』でな」
「政策? そ、それはまさか……」
クラウスは一つ、その方法を思いついてしまい、顔を青ざめさせた。
「そのまさかよ。病人は国の足を引っ張る。面倒を見る余裕など、この国には無かった。ゆえに、すべて処刑した」
「なんてことを……花を与えれば、それで健康な人と何一つ変わらぬ生活が送れるのですよ? 働くこともできます」
「だが、花を取りに行くコストが掛かる。それを他のことに回せば、この国は豊かになるはずだ」
何かがおかしいとクラウスは感じた。花を与えられ、健康になった人々が働く方が、ずっと豊かになりそうなものだが。
「それで、豊かになりましたか?」
「いいや。だが、ラドニール王国との戦の後、奴隷共が逃げ出したり、色々あったからな。『政策』が間違っていたかどうかは検証しようがない」
「そうですか……」
政策の効果は知りたかったが、検証するためにまたどこかの国で大虐殺をやるわけにも行かないだろう。
少なくとも、効果が分からないというのは良かったかもしれない。
もしもコストが安く上がるという結果が出たら、賛成する人が大勢出てくるはずだ。
「お前は私を密告するか?」
貴族が聞いた。
「いいえ。正直、考えは相容れませんが、私は医者です。医者は人の命を救うのが使命ですから。もちろん、あなたの命も、です」
「なるほどな。立派なことだ。治療代を持って行くが良い」
「どうも」
金貨を一枚受け取り、クラウスはお屋敷を後にした。