第二十話 それは笑顔のために
(視点がユーヤに戻ります)
ミストラ軍の歩兵部隊が降伏したことで、糧食隊も荷車を捨てて逃走。
すでに攻城兵器部隊はリリーシュが燃やして壊滅させていたので、残るはラドニール城を包囲している敵の騎馬隊のみとなった。
これは偵察と伝令を買って出てくれたエマがもたらしてくれた情報だ。
「姫様の部隊です!」
城の物見の兵から報告が入ったので、俺も急いで三階のバルコニーに向かった。
街道方向、リリーシュが笑顔でこちらに手を大きく振っているが、すべて上手く行ったようだ。
「良かった……!」
エマからリリーシュが無事だとは聞いていたが。
実際にその姿が見えて、俺は全身の力が抜けた。その場に両膝を突いてほっとしてしまう。
リリーシュは二つ返事で引き受けてくれたが、敵兵の数の方が多いのに奇襲というのはリスクが高かった。
危険な任務だ。
いくら優れた将軍であろうとも、二倍の敵に勝利するのは難しいとクラウゼヴィッツ先生も本で言ってるからな。
上手く敵の隙を突ければ良いが、バレたり包囲されたらあっという間に不利になる。
この世界に衛星写真なんて無いのだから、リアルタイムマップも参照できないわけで、現場指揮官の状況判断能力が問われる。
奇襲とは、多数の敵に向かって仕掛ける物では無いのだ。
桶狭間で勝利した信長も、今川軍の本隊のみを狙って攻撃し、その時点、その範囲での兵数は拮抗していたという。
決定的な戦闘において、一時であろうとも、相手より多くの兵を集中させる。
少ない部隊を狙い、相対的な数の優位を作り出す。
それこそが奇襲の要点である。
逆に言えば、部隊はできるだけ分散させない方が良く、兵科による行軍スピードの違いにも注意を払わなくてはならない。
敵の動きを先読みして警戒せねばならない。
だから、今回はガチガチに退いて守っている、という印象を相手に持たせなければ奇襲作戦は成功しなかった。
砦も空にして本城まで易々と敵に侵入させたのも、すべてはその為だ。
リリーシュは砦をすべて空にする俺の作戦を聞き「途中の砦は防御力があるから、敵を少しでも損耗させる目的のために要所にあるのに……」と渋い顔をしていたけれど。
「ユーヤ、リリーシュが指示を求めているぞ」
エマが飛んできて言う。
「あ、じゃあ、『絶対に何もするな、待て! 手を出したらマジブッコロス! 久々にキレて屋上呼び出すぞ!』って言っておいて」
リリーシュとすれば自分の家であるお城を敵兵に囲まれ、ラスボスと対決する前みたいな気分でやる気満々だろう。しかも可愛い顔をしてるくせに中身は剛胆な強者だ。
「屋上? それは何かの符牒か? まあいい、一字一句そのまま伝えてきてやる」
「ああ、とにかく、仕掛けないように言っておいて」
エマから指示を聞いたリリーシュが拳を振り上げて不満を訴えてきてるが、華麗にスルーで。
まだミストラの騎馬隊は統率が取れており士気が高い。
しかし、攻城兵器が無くなった以上、もはや彼らには勝利の目は無いのだ。
糧食も無い以上、時間と共に彼らも不利になっていく。
ミストラ兵は大真面目で必死に頑張って戦っているつもりでも、勝利という目標地点にはもう辿り着けない。
それはつまり、遊んでいるのと何も変わらないのだ。
攻撃側が無駄な時間を過ごせば、それだけ守備側にとっての利得になる。
だから焦らない方が良い。
戦争は短い方が良いのだが、こういう矛盾するときはどちらの方が良いかきちんと見極める必要がある。
短期決戦で失ってしまう味方の兵士の命と比べれば、非生産的な戦争が数日長くなるくらい、どうということはない。
「ユーヤー。ヒ!マ! だからオレ様とリバーシするぞ!」
「おお、レム、ちょうど俺もそう思ってたところだぞ、気が合うな」
「なぬ? よし、リバーシ! リバーシ!」
「リバーシ! リバーシ!」
二日後、ついに城の攻略を諦めたミストラ王国の騎馬隊が何もせずに撤退した。
略奪を始められたり、決死の覚悟で攻められたら恐いなあと俺は思っていたが、それもなかった。
ガルバス将軍は常識的で、しかもまだ次の機会を諦めてはいないのだ。
「あれは手強いな……」
俺は撤退していく黒い鎧の老将軍を眺めつつ、頭の中の要注意人物リストにその名を刻み込んだ。
「ユーヤ、なんで私にお預けさせたの? ねえ、なんで?」
「うっ、ここにも手強いのが……とりあえずちゃんと説明するから、綺麗な顔をそれ以上近づけないでくれ」
理由を丁寧にリリーシュに説明したが、彼女は「それならガルバスが撤退する時がチャンスだった!」と言い張り、議論が平行線になってしまった。
危険度を減らそうとする俺と、成果を最大化しようとする彼女では、見えている物も、行動も違ってくるのだ。
「まあ、君の考えも一理あるから否定はできないし、間違いでも無いと思う」
「じゃ、次は私の好きにさせてもらうわね」
「ううむ……」
立場としては圧倒的にリリーシュが上だから、本来、俺に許可をもらうことでも無いのだが。
だが常に先頭を切るリリーシュの身に何かあってはと俺の心に一抹の不安がよぎる。
「よかろう」
「お父様!」
現れた国王にリリーシュがパッと明るい笑顔を見せた。まあ、国王陛下に出てこられちゃあ、さすがに俺も我は通せないしな。
次はリリーシュに譲るとしよう。
にんまりと勝ち誇った笑みをこちらに向けてくるリリーシュに、俺は肩をすくめてみせた。
だが、国王は続けて言った。
「今日よりユーヤ殿をラドニールの軍師として迎えることにする」
「えっ、そ、それって……」
「そうだ。軍師は将軍に指示する立場。戦場においてはユーヤの言葉をもって、余の言葉とする」
「ええぇー?」
「やってくれるな、勇者ユーヤよ」
「ははっ! 身に余る光栄、ご期待に全力全開で取り組む所存」
跪いて片膝を突き、臣下の礼を取る。
「うむ。ついでにこのじゃじゃ馬の手綱を握っておいてくれ。余も戦となる度にこのような思いをするのは耐えがたいのでな」
戦の最中は一度も口に出さなかった王様だけど、そりゃ父親としても娘が心配だったろうな。
「ち、父上! 私を馬みたいに言うの止めて下さい!」
「リリー、あなたはもう少し、王女として、いえ、人間の女性として振る舞うことを覚えていった方がいいわね」
「うわなんかもっと酷いこと言われた。姉様ぁ!」
「クックックッ、あ、いや失礼。ぷふっ」
エマもツボに入ったようで、笑いをこらえているが、リリーシュはむくれ顔だ。
兵士達も笑っているが、久しぶりに城の中でみんなの笑い声を聞いた気がする。
やっぱり、笑顔が絶えない国ってのが一番良いよな。
それもできるだけ多くの人の。
俺は目指すべき軍師の最終目標を早くも見つけた気がしていた。