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第十九話 本当の虚報

 ガルバス将軍は、正直なところ、内心では驚いていた。

 ここラドニール城に到着するまで、敵兵と一度も斬り結ばずに来てしまったのだ。

 軍歴の長い彼でも、このような経験は初めてのことだった。


 もちろん、相手が無駄な兵の損失を抑え、すべて戦力を本城に集中させたのは理解している。

 だが、戦の常識として、国境の砦に兵を置き、少しでも時間を稼ぎ、相手の行軍を邪魔して嫌がらせするのは、なんというか……しきたり(・・・・)のようなものなのだ。

 だから、多少の居心地悪さも感じつつ、ガルバスは城に向けて大声で張り上げた。


「聞け! ラドニールの臆病者よ! 我はミストラ王国軍の総大将を預かるガルバスである! 開門して許しを請うならば、偉大なる我らが国王陛下のご慈悲により、楽に(・・)殺される(・・・・)権利を与えてやろう!」


 少し間を置いて、城から返答があった。


「聞け! ならず者のミストラよ! 返答は、『だが、断るッ! 馬鹿め! なにそれおいしいの!』だ!」


「ぬう……」


 今まで聞いたことも無い変わった返答だったが、さんざん虚仮(コケ)にされていることは充分に分かった。 


「よかろう。攻城兵器が来てからと思ったが、そこまで我らの実力を味わいたいのであれば、軽く手合わせしてやるとしよう。全軍! 突撃せよ!」


 ガルバスが命じると、漆黒の毛色一色でそろえられた黒騎馬隊が大地を揺らしながら猛然と城に迫った。

 日々苛烈な訓練をこなしているミストラの精鋭部隊だ。

 その動きに一切の乱れは無い。

 

 だが、突撃し、城壁の上まで矢を飛ばしたところまでは良いのだが、さすがに騎馬隊では城壁をどうにかできるものではない。

 城壁の高さは人の身長の五倍以上。

 これでは馬も飛び越えられぬし、槍で突いても石の壁は崩せない。


 騎馬隊の武器は第一にそのスピードである。


 それを熟知しているガルバス将軍は、部隊を止めること無く城の脇を走らせ、一撃離脱戦法を()った。


「もう一度、仕掛けるぞ」


 大きく回り込んで再び城に迫る。向こうからも矢が飛んできたが、ガルバスはそれを剣で撥ね返した。


「ガルバス! ミストラ城が包囲されているぞ!」


 敵兵の一人が城壁の上から叫ぶ。


「なに? ふん、言うに事欠いて()(ごと)を! そんな嘘が通じると思ったか」


「ならば、伝令を出してみるが良い! もっとも、帰っては来ぬだろうがな!」


 伝令を出せと言ってくるのが気になったが、だが、あり得ぬ。

 ラドニールにそのような兵力は無いし、見てもいない。

 別働隊をすでに出しているという可能性はあるが、ここを包囲している限り、主力は動けぬだろう。


「見ろ! ガルバスが慌てて伝令を送ったぞ!」


「何を血迷い事を。デタラメを言うな!」


 伝令は出していない。

 完全な敵の嘘に腹が立ったが、城から敵兵を追い払いたいために相手も必死なのだろう。


「敵兵の寝言に耳を貸すな! 包囲したまま、攻撃を続けよ!」


 ミストラ軍は、部隊ごとに交互に一撃離脱を繰り返していく。

 高低差がある上に、ミストラの騎馬隊の主武装は槍なので、なかなか矢が上には届かない。

 だが、それでも技量に長けたミストラ兵は、ラドニール兵の十数人を射貫いて悲鳴を上げさせることに成功した。


 こちらの士気は高い。

 あとは攻城兵器さえ到着すれば、この戦はもらったな。

 ガルバスがそう考えて気を良くしたとき、伝令が慌ててやってきた。


「申し上げますッ! 攻城兵器部隊が敵の騎兵に襲われております!」


「なに?」


「申し上げますッ! 哀れな攻城兵器部隊が、勇猛なるラドニール騎兵部隊によって壊滅!」


 同時に城壁からも偽の伝令のつもりか、ラドニール兵も大声で伝えてくる。


「見ろ、慌ててガルバスが尻尾を巻いて逃げていくぞ! ワッハッハ」


「下らぬ事を。ワイロー将軍に伝えよ! 攻城兵器を守り、急ぎここに連れてくるのだ」


「はっ」


「見ろ、あそこに脱落兵がいるぞ!」

「一人で仲間を見捨てて逃げ出したぞ」

「ミストラの臆病者だ!」

「ほらほら捕まえろ、捕まえろ」



「ええい、敵の言葉に耳を貸すな! 良いな?」


「もちちろんです、将軍。ご心配なさらずとも、我らは阿呆ではありませぬぞ」


 配下の兵が不満げに言った。

 ま、それもそうだ。

 ガルバスは落ち着きを取り戻し、指揮に戻った。


 ――四時間後。

 いったん攻撃を止めたミストラ軍は、戻ってこない伝令に不審なものを感じた。


「それにしても遅い。足が遅い攻城兵器はともかく、ワイローの歩兵部隊は何をしているのだ?」


「申し上げます! 歩兵部隊が敵の奇襲を受け、劣勢! 援軍の要請が来ております」


 ガルバスはその報告に、しばし考える。

 奇襲は充分にありうる。

 だが、二千もの歩兵部隊が、劣勢ということは考えにくかった。

 なにしろこの兵数はラドニールの総兵力と同じだからだ。

 その情報は、戦のずっと前からラドニールに忍び込ませた複数の(スパイ)によってもたらされており、間違いは無い。


 ただ……ワイローは肝が据わっていない将軍で、ガルバスは気に入っていなかった。

 しかし人事は国王の専権事項、口は挟めるものでは無い。

 

「自力で何とかしろと伝えろ。早く攻城兵器を連れてくるのだ」


「はっ!」


 ワイロー一人でも何とかなると判断して、伝令を送り返したが、これがガルバスにとって生涯最大のミスとなる。

 見え透いた嘘の噴霧は、気づかぬうちにぼんやりと真実さえ包んでしまったのだ。


 戦場では何が起こるか、分からない。

 たとえ、晴れていようとも。


 

 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「ええい! 騎馬隊の援軍はまだか!」


 歩兵部隊を率いるワイローは自ら剣を振るいながら、怒鳴った。

 ラドニールの騎馬隊に背後から襲われ、あれよあれよという間に部隊が分断され、大混乱に陥っている。

 中には逃げようとする奴隷兵もいて、歩兵の隊長達は統率に苦労していた。


 しかし、こちらと違い、ガルバス率いるミストラ騎馬隊は、全員が騎士階級以上で構成され、練度も士気も高い精鋭だ。

 彼らが助けに来れば少数の騎馬隊などどうにでもなるのだが、ラドニールの騎馬隊も足が速く、包囲しようとすると逆にするすると離脱されてしまう。

 ハエのように鬱陶しい連中だ。


 それに――

 信じたくは無いが、すでに攻城兵器がすべて燃やされたという報も入ってきている。

 最初に攻城兵器が襲われたと聞いて、もちろんワイローはすぐ部下に五百の兵を与えて援軍に出した。

 だが彼らがまだ戻ってきていないのだ。


「冗談では無いぞ……虎の子の攻城兵器を失ったと陛下が知ったら、私は破滅だ」


 投石機(カタパルト)は元々、ミストラに無かったものだ。

 ドワーフの技術者を攫って拷問し、何年も失敗を重ねながらようやく完成させた代物だ。

 陛下がまだ子供の頃にそのプロジェクトを企画し、先代の国王から賞賛されたと聞いている。

 石竜一号と名付けられたそれは、竜と呼ぶにはあまりにもしょぼいので、陛下の前以外では誰もそう呼ばないのではあるが……とにかく陛下のお気に入りなのだ。


「ワイロー将軍! うさ耳どもが怯えてどうにもなりません! ご指示を!」


「それは……自分で何とかしろ! 無能どもめ!」


「名のある将軍とお見受けいたす! 我はラドニール第二王女にして総大将を預かるリリーシュ=メリグ=マケドーシュ! 貴殿との一騎打ちを所望(しょもう)する! いざ、尋常に勝負!」


 凛として戦場に響き渡る女性の声に、ぎくりとした。

 しかし、そこは武の国でありながら剣無しで出世したワイローである。


「おーい、将軍、呼んでるぞ!」


 すぐに何食わぬ顔でワイローは後ろに向かって言った。


「は? あなたでしょ」


「いやいや、私は違う。違うから。滅相も無い」


「一番立派な服を着て、さっきも将軍と呼ばれてたでしょうが」


「アレはフェイクなの。オッス、オラ実は影武者なんだ。本物はソイツ」


 隣の部下を指差す。


「むむ……」


 迷いやがった! よし! 頭弱いぞ、この王女。


「おい」


「はっ、私がワイロー将軍である!」


「ちょっと、今の絶対、言わせたわよね? 『はっ』て何よ、『はっ』て。まあいいわ、では、勝負!」


 しめしめ、今のうちに。

 抜き足差し足。


「どこ行くの、次はあなたの番よ」


「ええええっ?! もう倒したのか? 何それ、早すぎるだろう」


 倒れている部下を見てワイローもビビる。


「いいから、剣を抜きなさい」


「あ、いや、降参、降参で!」


「はあ?」


「あなた様とラドニール陛下に一生涯の忠誠を誓いますので、どうか命ばかりはお助けを! このとーり!」


「なんか嘘っぽいなあ。忠誠を誓うと言うのなら、まず攻撃停止命令を出しなさい」


「ははっ、全軍、攻撃停止! ワイロー将軍の命令だぞ! 武器を捨てろ!」


 周りの兵士が言われたとおりに武器を捨てた。


「うわ、本物だった……信じられない。こんなのが将軍で、あなたいいの?」


「は、それは陛下のご任命ですので……」


 兵士が弱り顔で言う。


「まあ、私もね、向いてないと前々から思ったので、次は文官ってことで一つよろしくー、チース!」


「えぇ?」


 晴れやかな笑顔で言うワイロー将軍に、敵味方含めて周りの全員が(あき)れかえった。

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