第一話 そんなの、ありえないからっ!(あとがきに地図があります)
「これは、別の人だとどうなるのですか」
俺は微妙な空気の中、気になって聞いてみる。
「ああ、うむ、例えばワシは魔法の才能を持っている」
ローブの老人、クロフォードが石版に手を当てたが、二つ、表示された。
【魔法の才 ★★★】【王佐の才 ★】
「このように才能は星の数でランクが示される。三つ星が最高ランクじゃ。大勢いるわけでは無いが、例えば剣の才能の三つ星であれば国一番の剣豪レベル、戦場では一騎当千の働きをすることになる」
「なるほど……」
「たいていは誰でもスキルを一つは持っているはずなのだが、まさか百年に一度きりしか呼べぬ勇者が何も無しとは、ふーうう……」
クロフォードが深いため息をついた。
……気まずいな。
「では、その才能は秘密と言うことにして下さい。国民に希望を与えたいなら、百年に一度の勇者が能なしでは困るでしょう」
俺は言う。
「やむを得ませんな」
「うむ、このことは他言無用とする。これは王命である。皆の者、良いな?」
「ははっ!」
その後は豪華な料理を振る舞ってもらったが、明るいのはお酌してくれた女性だけで、同席した国王は顔が暗かった。
居たたまれないな。
翌日、朝食の後、俺付きの小姓だという少年に「書物を見る許可をもらえないか」と頼んでみた。彼はロークという名前で、侯爵家の血筋だそうだ。品のある金髪に空色の瞳で、気の良さそうな美少年だ。
俺もこんな美形に生まれたかった!
「分かりました。書物ですね。頼んでみます」
彼はすぐに頷き、部屋を出ていった。
しばらくして昨日の老人、クロフォードがやってきた。彼はここの宮廷魔術士だそうだ。俺を術式で呼び出したのもこの人だという。
「勇者殿、書物を見たいと言うことだったが、何を調べたいのかね? 言ってくれればこちらで調べるが」
「いえ、その勇者についてですが、できれば自分で調べたいのです。それとこの国の成り立ちや簡単な状況が分かればと」
石版のあの文字が読めたのだから、この国の言葉は全く問題ない。
となれば複数の情報源で能動的に調べた方が安全だ。王様の話を疑うわけでは無いが、誰かから与えられた情報だけでは都合良く操られる可能性があるものね。
無能なら、無能なりの戦い方がある。
そのためにも情報だ。
俺のじいちゃんが教えてくれた七つの秘訣、その一番目も『真の情報は自分で動いて集めろ! 裏取りも忘れるな!』だったからな。
ここで見せてもらえる情報は限界があるだろうが、それを見せてもらえるかどうかだけでも、俺の立ち位置が分かる。
渋られたらちょっと危うい。
「ふむ、学ぶということであれば、それもよろしかろう。ローク、書庫へ案内して差し上げろ。陛下には私から許可を取っておく。断られることはあるまい」
良かった。宮廷魔術士クロフォードはすぐに許可してくれた。
さて、ロークに案内してもらったこの部屋にある史書によると――この国で過去に呼ばれた勇者は全部で三人。
一人目の勇者は偶然だったという。
本当はドラゴンを呼び出すつもりが失敗し、偶然にも人を呼び出したということらしかった。
彼は『剣の才』に優れ、見事、魔王まで倒して大陸に平安をもたらしたそうだ。
以後、これを『勇者召喚の儀式』と呼び、召喚された一人目の勇者は『伝説の勇者』と語り継がれるようになった。ただし、一人目は千年も昔の話で、残念ながら記録はほとんど残っていない。
文字通り伝説だ。
二人目の勇者は『魔法の才』があったようだが、元の世界に帰れないと知って激怒し、国王に火傷を負わせて暴れ回った挙げ句、最後には反逆の罪で討たれて死亡したのだという。
人々は彼のことを『憤逆の勇者』と名付けた。憤怒で逆賊、あるいは噴火した火山みたいなどうしようもない災厄ということらしい。
これが三百年前。
王様も最初にそんなことを言っていたな。
三人目は『他人の心が読める才能』を持ち、魔王こそ倒せなかったものの、国に貢献し、爵位と領地をもらって平和に暮らしたという。これが二百年前のこと。
『子爵の勇者』だ。子爵とは、この世界の貴族の序列では七段階の中の第六位で、まあ不合格ではないものの今ひとつ……と言う意味も込められているのだろう。
それ以降、才能も何が出てくるか分からないようなランダム勇者で、呼ぶ側も危険があるから、勇者召喚は行われていなかったようだ。
いくら才能があっても敵対的になったり野心があるとそりゃ面倒だからな。
ただ、俺のように無能というのは毒にも薬にもならない。
食い扶持が一人増えた分、期待していた国王にとっては頭が痛い事だろう。
俺もガッカリだ。
老魔術師クロフォードによると召喚は二つの月が重なる時、百年に一度の日しか成功しないようで、すぐにもう一回というわけにもいかないそうだ。
これもなんともしがたい。
ま、俺は俺なりにやっていくとしよう。
国王から期待されていない分、のんびりと自由に行動できるってのは、逆に好条件だ。
次に、王国について書物や地図で調べてみよう。
ここラドニール王国は大陸の東の辺境に位置しており、地図で見る限りはかなり小さな国だ。
周りを大国に囲まれていないだけマシだが、大陸の隅っこで交易路や海からも外れており、なんだかパッとしない場所だ。
めぼしい特産も無いと言う。
この世界では他に、竜が住まう国や、魔石の産地、聖銀が採掘できる国など、資源に恵まれた国があるだけに、何も無いのは相対的に厳しい。
「あ、ここはユニコーンの騎兵がいた国ですけど、三十年前に滅んでいます」
ロークが地図の左上を指差して言う。そこには狼牙王国と記されていた。
(◆あとがきに簡単な地図を入れています)
「滅んだ? 魔王にやられたのか?」
「いいえ、隣の国、狼牙王国が戦争で征服してしまったんです」
俺達が今いるこの国も、十年前に隣国と、何度目になるか分からない戦争をやったそうだ。敵が魔王だけじゃないってのが、なんとも。
他にもこの世界には獣人だけの国や、エルフの魔法王国などがあり、人間族よりも戦闘能力に優れている。
人間族は人数だけはたくさんいるようだが、弱い分、奴隷としてこき使われていることが多いのだという。
なんにせよ、人間が奴隷で無い国に召喚されて助かった。
ここラドニール王国は人間優位というか、各地から追われた人間族が集まって成り立ったようだが、山脈を越えて西に行ったところにもオルバ聖法国という人間族中心の新興国家があり、そちらが今は人気を集めて大きくなっているという。
前は獣人国家だったようだが、反乱を起こした人間族が国を乗っ取ったそうだ。
なんでも聖女様が奇跡を起こして病や怪我を治してくれるそうで、そりゃ救いを求めて人も集まってくるだろう。
強国として名高い狼牙国とも同盟を結んだといい、軍事的にも安定しているらしい。
まあ、宗教国家なんて、ろくでもないのばっかりと相場が決まってるから、俺は行きたくないけどさ。
それよりも、だ。
「ローク、ラドニール王国はどこかと同盟は結んでいないのか?」
俺は重要な事を聞いた。魔王も復活し、人間同士の戦争も普通にある世界だ。この乱世で小国が生き残るためには、同盟や従属しかない。
「それが……、南の獣人部族連合とは同盟を結んでいたのですが、先月、破棄されてしまっていて…」
「え? 何か、外交問題でも?」
「いえ、今も理由は分からずじまいです。双方の食糧難から交易が減って疎遠になっていたのは事実ですが、関係は悪くなかったはずです。だから、皆も不思議がっているのです」
「その獣人連合がどこか他の国と同盟を結んだりしたかい?」
「いえ、元々地理的に孤立している半島の国で、うち以外の国とは交流も無いようです」
それって、ちょっときな臭いな。
こちらが原因でないなら、相手の事情だろう。特に、理由も無いのに同盟を切るというのは、近々宣戦布告をしてくるって事じゃないのか。
孤立している半島の国というのもマズい気がする。
戦略ゲーで端っこの国に陣取ったら、防衛なんて気にせず一方向に全兵力で侵攻できるからな。
彼らにとって他の方向から攻められる心配など無いのだ。
しかし、ここで考えても答えは出ないので、地図に目を戻す。
この国の南がロークの言うさっきの獣人国、と。
次はその反対側に目を向ける。北はミストラ王国だ。この国は四年前に代替わりしてからどんどん軍国化しているという。十年前にも国境線の線引きを巡ってラドニールと戦争しており、元々険悪な関係っと。
東は海に面し港を持つ自由交易都市ヴェネトで、ここに国王はおらず、商人による議会制を取っているそうだ。永世中立の理念を掲げているという。
西は険しい山岳地帯で、「竜人」と呼ばれるドラゴニュートが部族単位で支配している地域だそうだ。
さらにその西に行くと癒やしの聖女がいるという聖法国オルバ。
「ふうん。となると、北と南が要注意ってことかな」
「ええ。特に北ですね」
軍備についても調べてみたが、騎兵や槍、剣、弓などが主力で、銃は無い。ここでは中世の戦い方のようだ。
ただし、魔法があるため、音や光に驚きやすい馬よりも歩兵が重視される。
幸い、グリフォンやワイバーン、竜騎兵といった強力な空軍を持つ国はこの近くにはいないそうだ。
でも、せっかくファンタジー世界に来たんだから、一度は見てみたいよな。
「ローク、さっき言った竜人ってどんな感じの種族なんだ?」
ついでに俺は気になった種族について聞いてみた。
「はい、ドラゴニュートはコウモリのような翼を持っていて、飛べることは飛べるんですが、長くはダメみたいです」
「飛べるのか……彼らを傭兵として雇えないのか?」
「いいえ、雇うだけの資金も食料も無いですし、彼らはそれでなくとも人間の下に付くことを良しとしません。より竜種に近いという彼らのプライドがあるので。彼らは山で同種族のみの伝統的な生活を送っているそうです」
「ふうん」
ま、だいたい分かった。
俺がこの国に必要とされるためには、現代知識で食糧難を解決すればいいだろう。
有益な人間となれば、これからも衣食住を提供し続けてくれるはずだ。帰る家も無いし、この世界も初めてなのだから俺の生活能力の低さを考えると、それが一番だ。というか、それしか無い。
冒険?
勇者がちまちま冒険しなきゃいけないって誰が決めたよ?
さあ、まずは内政だ。現代知識チートの実力、とくと見せてやるぜ!
「ローク君、食料のことだけど、まずは、木の実を集めてみたらどうだろう」
さっそく提案してみる。もちろんこれは、ほんの小手調べだ。チートでも何でも無い。
「ええ、それはすでに女子供が中心に森に入ってやっています。たた、あまり深く入ると手に負えないモンスターがいますから。他国領に入ってもトラブルです」
「ふむ。じゃあ、二期作って知ってるかね」
「ええ、春と秋に種をまくやり方ですね。一期作と比べて収穫量が倍になるわけではありませんが、すでにやっています」
「むむ……木の根っこを食べるというのは……」
「貧しい人たちがやっているようです。普通は食べられませんが、煮込んで細く切ればなんとか食べられるようです」
馬鹿な、日本人の切り札、ゴボウも通じぬだとッ!?
「は、畑に、家畜の糞尿や、貝殻をすり潰した粉を――」
「肥料ですね」
おお、なんと言うことでしょう。
俺が知っている現代知識はこの国ではすでにやっているようだ。
それ以上の詳しい知識は生憎、知らない。
タダの高校生の俺にはそれが限界だった。
「参りました」
「いえいえ」
「あ、病原菌って知ってる?」
「病原菌……病に関係する何かですか?」
「そうそう。強い酒で清めると、伝染病も恐くなーい」
「ああ、ええ、破傷風を防ぐために怪我をしたときは酒の清めをよくやりますね。血、排泄物、死体、ネズミなどは、不浄な物として特に気を付けます」
「そうか……」
完敗だ。現代の地球が負けた!
いや、俺が物事を知らなさすぎただけなんだけども。
うちひしがれて背中が煤けている俺の、さらに後ろから、少女の声がした。
「失礼する!」
「あっ、ひ、姫様」
図書室に入ってきた人物を見て、ロークが驚いた顔をした。